レヌンの災難⑤ 悪夢再来
湖の中、魔龍の腹の上。
レヌンは恍惚の表情を浮かべ、日光浴をしていた。
全裸で仰向け、足を組み、背中が少しだけ湖に浸かっていた。
黒いモヤが漂う中、その狭間から届く日差しが気持ちいい。
「ヴェルカトス……」
レヌンは独り言のようにつぶやいた。
魔龍の大きな顔がヌッと横から現れる。「なんだ?」と言わんばかりの表情でレヌンを見下ろす。
レヌンは何も反応しない。
しびれを切らした魔龍は口ヒゲでレヌンの頬をちょんと突っついた。
そして、たわしをレヌンの前に落とした。
「なんだ? 磨けってことか?」
レヌンはたわしを持つと、魔龍の鱗を一枚ずつ磨き始めた。
魔龍の顔がレヌンに近づくと、口ヒゲでレヌンの腰を掴んだ。
レヌンのたわしが鱗に触れるたびにレヌンの体の向きを変えていく。
レヌンは手を止め、魔龍の瞳を凝視する。
もう一度、鱗に目線を戻すと今度は鱗の筋に沿って丁寧にゆっくり、力を入れて磨く。
レヌンの腰を掴んでいた口ヒゲはゆっくり離れていった。
「お前もか……」
魔龍は口ヒゲでレヌンの肩にちょんと突いた。
レヌンは空を見上げる。そこには何も映っていない。
独り言を言うように言葉をこぼした。
「オレと同じだな……迷惑かけちまってる……」
魔龍の鱗磨きはまったく進んでいなかった。
背中の真ん中あたりから始めたにもかかわらず、日が沈んでも、まだ同じ場所にいる。
日が沈み、さらに黒いモヤもある。
しかし、手元の鱗だけははっきりと見えた。
鱗を磨くレヌンの手に力が入る。声が少し大きくなった。
「分かってても止められねーんだよ」
魔龍は口ヒゲでレヌンの肩にちょんと突いた。
「そうか……わかるか……」
レヌンの声は小さく、頼りなくなった。
魔龍の瞳を見ようと目を凝らしても、暗くて見えない。
しかし、レヌンをしっかり見ていることはなんとなくわかった。
その夜、レヌンは鱗を磨きながら、魔龍と一晩中語り合った――
明け方。
「オレの魂を預かってくれるか?」
それまであった口ヒゲの反応がない。
魔龍の顔が動く気配もない。
それから、いくら待っても口ヒゲのちょんが来ることはなかった。
「そういうことか……」
◇◇◇
ラスティネルは唇を噛みしめながら、丘の上から湖を見渡していた。
あの黒いモヤの中で一瞬だけ見えた。
それは絶対に今もいる。
でも、黒いモヤで近づけない。
ラスティネルはもどかしい思いを抱えたまま、湖を見続けるしかなかった。
ふいに風で漂ってきた黒いモヤが頬に触れる。
それは、頬をなでるようにヤケドのような状態に変えていった。
ラスティネルは左手を頬に当ててキレイにすると、すぐにその場を立ち去った。
ラスティネルはカエルのフードを深くかぶった。ヒモで口元をキュッと締める。
カエルの目が動く。ラスティネルの目の動きと連動する。
丘の上から、かすかに見えるレヌンの位置を改めて確認した。
浮き輪で滑るように丘を降りて、その勢いのまま、湖に着水。
黒いモヤの中、水しぶきを上げ、レヌンのところまで一気に突き進む。
そして、右足を左足で踏んで、カエルの羽を発射した。
レヌンがラスティネルに気づいた時には身動きが取れない状態になっていた。
レヌンは首を上げて、まぶしそうに目を開ける。
しばらくは恍惚の表情のままだったが、突如警戒心あらわな顔にパッと切り替わった。
「やっぱり、おまえか!」
「……」
ラスティネルは何の反応もしない。
緑のヒモでグルグル巻きにされたレヌンの足側を浮き輪に括り付ける。
「一瞬でいいから、ヒモをほどけ。足を組んでるから痛ぇんだよ!」
「……」
レヌンはラスティネルが全く反応しないので、魔龍の顔に向かって大声を出した。
「ヴェルカトス! 助けてくれ!」
「わかった。助けてあげる」
「おまえじゃねぇよ!」
魔龍は口ヒゲでレヌンの肩にちょんちょんと突いた。
「なんでだよ! あんだけ語り合った仲じゃねぇか!」
魔龍は口ヒゲでレヌンの肩にちょんと突いた。
レヌンの表情が期待に満ちあふれたのも束の間、ラスティネルが動き出した。
ラスティネルは再び浮き輪に乗ると、湖面をゆっくり移動し始めた。
ごわごわ……
レヌンは必死に湖面から顔を出そうとするが、口元を出すだけで精いっぱい。
ラスティネルは湖面から陸地に上陸すると、急に加速した。
レヌンの体が宙に浮く。
そして、体がしなるようにして後頭部から地面にドスッと叩きつけられ、何度もリバウンドした。
「ぉ、ぉぅ……」
レヌンはようやく目が覚めたのか、顔を振った。
青空に浮かぶ魔龍のような白い雲を見つめながら、自然と笑みがこぼれた。




