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レヌンの災難④


「頭出して」

「あ・た・ま・出して」


レヌンは鉄格子を両手で握り、檻から頭を渋々出した。

もちろん、レヌンは全裸のままだ。

結局、ラスティネルに服と靴は取り上げられ、着ることはできなかった。


ラスティネルがあやしい動きをしてないか、レヌンは顔を時々上げる。


「じっとして」

「じ・っ・と・し・て・て」



ラスティネルは指を組み、人差し指と親指で作った輪から虹色の玉を二つ出す。

それはふわっと舞い上がった後、レヌンの後頭部に吸い寄せられるように向かった。

さらに二つ出す。さきほどと同じ場所に吸い寄せられる。

さらに二つ出す。吸い寄せられることはなく、そのまま落ちて消えた。


ラスティネルはレヌンの後頭部をじっと見つめたまま固まる。


「まだ悪いところはあるはずなのに……」



レヌンの頭に手をかざす、ラスティネル。

レヌンは時々、目を開け、今の状況をなんとか確認しようとする。


「そのまま!」

ペチン


「いつまでこうしてりゃーいーんだ?」

「しゃべら・な・い」

ペチン



「おぉぉぉぉーー」


突然、レヌンは目を剥いて鉄格子を持つ両手を大きく震わせ絶叫した。

ラスティネルは、驚きの表情を抑えつつ、まばたき一つせずに見つめる。


しばらくして、レヌンがニコッと口角を上げた。

それを見たラスティネル。間髪入れずにビンタしようとした。

しかし、レヌンは寸前で首を下げてかわす。

ラスティネルの右手はレヌンの頬を捕らえることなく、鉄格子に直撃した。ゴォォンという鈍い音が響き渡る。

凍った目でレヌンをニラんで、左手に灯した光を、右手にかざした。


「冗談も通用しないのか」

「今度それやったら、緑のヒモでしばりあげて、キュッってするからね」

「やってみろ。勝手にそんなことしたら、旦那に怒られるじゃ済まんぞ」


ラスティネルはレヌンの頭頂部を掴むとグイッと下に向けさせた。


「治してあ・げ・て・る・の」

ペチン


レヌンは後頭部を触る。

少し黒いアザになっていた部分を何度も押す。


「後頭部の痛みはなくなったぞ。もう治すところはないだろ。終わりか?」

ペチン


ラスティネルはレヌンの頭頂部をなでたり、指でつまんでシワを作ってみたりしている。


「このくらいでちょうどいいんだ。余計なことをするな」

「髪の毛は増やそうとし・て・な・い・の……」

ペチン


「あなたの一番悪いところを治そうとしてるの……」


ラスティネルはレヌンの後頭部をじっと見つめ、手をかざし、オレンジ色の光のつぶつぶを出していく。

やがて、それは球体となり、レヌンの頭をすっぽりと覆った。

しかし、ラスティネルの手が離れると、その球体はゆっくりと床に落ちていき、消えていく。


「おかしいわね……」





ラスティネルは聖水の入った瓶を手に取った。

レヌンの後頭部の上に瓶を逆さにし、上下に激しく振る。


ジョボジョボジョボ……


「おい! なんだこれ!」


ラスティネルは何も答えず、空いた方の手の人差し指と中指の指先で聖水をまんべんなく付けていく。

聖水はレヌンの後頭部から目や鼻、口へと流れていく。

レヌンは呼吸が苦しくなり、思わず頭を振る。


ペチン!


「動かない!」



上下に振る瓶が勢い余って、レヌンの後頭部に強く当たった。


「ぉぅ……」


「おい! 当たったぞ!」

「動くからよ」

「ごめんなさいも言えないのか」


シュルルルルーーーー

ラスティネルの背中の羽が緑のヒモとなり、レヌンの手足を縛った。


「ふざけんな! またこれか! 動けねーだろうが!」

「動くから仕方ないでしょ。早く座りなさい」

「縛られたら、動けねーんだよ!」

「桶に水がたまるまでにうつぶせになりなさい。それまで待ってあげる……」


そう言うとラスティネルは聖水の入った瓶を次々と開けて桶に入れていく。

レヌンはあきらめたようにラスティネルを見つめる。

静かに息を吐いてから、レヌンはゆっくりお尻を下ろそうとする。が、うまくいかない。

お尻をヒザまで落とした時に尻もちをついてしまった。

後頭部を硬い床で強打してしまう。音は出なかった。


「ぉぅ……」


レヌンは大きく目を開けたり、閉じたりを繰り返す。

そして、ゆっくり目を開けると、肩と腰に力を入れ、仰向けから一気にうつぶせになった。


「頭こっち」


ラスティネルはしゃがんで、レヌンの体を回転させると、頭だけを檻の外へと出した。


「イヤな予感しかしないぞ……」


レヌンは水がたっぷりとたまった桶に目をやる。

ラスティネルがいつのまにか剣山を持っている。


「おい、なんだそれは? 何する気だ?」

「頭をしっかり水につけなさい」


ラスティネルはしゃがんでニコッと笑みを浮かべると、すぐに無表情になった。

聖水たっぷりの桶をレヌンの頭の下までズラす。

そして、ためらうことなく、剣山でレヌンの後頭部を押さえつけた。

レヌンの頭全体が聖水の中に入った。

しばらく聖水に浸かっていたが、勢いよく頭が上がり、後頭部に剣山が食い込んだ。


プッハァー


「なんだ、これは! 何の意味があるんだ!」


ラスティネルは剣山を使って力ずくで聖水の中にレヌンの頭を沈める。

聖水がレヌンの後頭部からにじみ出た血で少しだけ染まった。


「最初からこうすれば良かった……」

「痛っ!」


ザッパーーーン!

……


ハァーーーーー

「ふざけんな!」

ザッパーーーン!

……


ハァハァハァハァ


「やっぱり本物の聖水じゃないとダメみたいね」


「もうどこも悪くないだろ……ハァハァ……」

「あなたはまだおかしい……」

「お前の方がおかしいだろ……ハァハァ……」



ラスティネルはレヌンから少し離れ、振り返る。

手のひらの上に小さな光の棒を出した。

それは少しずつ長くなっていき、胸の高さくらいの細い一本の棒となった。

その棒のいちばん上に両手を重ね、目を閉じて、祈るようにブツブツと何かを唱え始める。


棒全体が徐々に白く、そして、黄色く光り始めた。


ラスティネルが静かに目を開ける。

そして、目の前で音を立てずにそっと手のひらを重ねた。

すると、棒を包んでいた強烈な光がレヌンを目がけ徐々に加速し、横に滑るように移動した。

その直後、ラスティネルはよろめいた。


レヌンはその神々しい光を目の当たりにして、久しぶりに悪寒が走った。


「なんだ、それは! 説明しろ!」

「おい!」


レヌンは強烈な光で照らされ視界がふさがれていく。

それにもかかわらず、まばたきすることなく、じっと見続ける。


スーーーーーゥ


レヌンを照らす光がだんだんと強くなっていく。

そして、何事もなく、その後ろへとすり抜けていった。



「……私にはムリみたい……」


ラスティネルは力なく肩を落とし、無念そうに座り込んだ。


「あの女、むちゃくちゃじゃねぇか」



◇◇◇



ミオンの部屋。

ミオンは地図模型の製作に夢中。

ノックとほぼ同時にラスティネルが入ってきた。


「ミオンくん! 刃物ない? できるだけ刃渡りが長いのがいい」

「ハサミしかないよ。ここにはそういうのはないと思う」

「そうなの?」


「何に使うの?」



ラスティネルはミオンの目線に合わせ、少しだけ笑みを浮かべた。


「ミオンくんは知らない方がいい」


真剣なまなざしでそう言うと急いで部屋を出て行った。


ミオンはラスティネルが見えなくなるまで待ってから、急いで連絡板に書き込んだ。


『おねえちゃんが大きな刃物をさがしています。たぶん、レヌンがあぶないです』



◇◇◇



レヌンの檻の前。

不死王が檻の扉を開けようとしていた。


「ミオンが教えてくれなかったら、切り落とされたかもな」

「?」


レヌンが目を剥いて不死王の眼窩を見つめる。


「のんきに昼寝しているとまた捕まるぞ」

「知ってたのか?」

「さっき、婆さんに教えてもらった」


不死王が人差し指をレヌンに向ける。


「もうしばらくここにいろ。黒い霧の中にいれば、女は手出しできん」


そう言うと不死王は扉を開け、霧が晴れていくように目の前から消えていった。


「これはほどいてくれないのか……」


レヌンは体中の緑のヒモをアゴを引いて見つめた。



◇◇◇



地下二階。生ぬるく、空気が重い。

そこには食べ物が入った大量の一斗缶が天井が見えないほど山積みにされ、その真ん中に檻があった。


そこに、近くの町まで買い物に行っていたラスティネルが帰ってきた。

しかし――

レヌンがいた檻はもぬけの殻になっていた。

ラスティネルはそれをしばし遠くから見つめる。

そして、手に持っていた紙に包まれた物を落とした。


バサッ……


紙からスッとのぞいた刃先が鈍く光る――

しばらくすると、ラスティネルの目に力が戻った。


「ミオンくーーーーーん!」


ラスティネルは地下一階にあるミオンの部屋へと向かった。

中の様子をうかがうように、部屋の扉をそっと開けたが、もうそこには誰も居なかった。


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