文官のヨトフと不死王②
漆黒の巨城、二階打ち合わせスペース。
誰もいない部屋の片隅でいつものように二人の男が会っていた。
チージョイルは席に座る前、ヘロックの隣の席を見つめる。
「今日はお一人ですか? この前のパートナーの方はどうしたんですか?」
「高みの階段を登ってもらった」
ヘロックはチージョイルの言葉を遮るように答えた。
チージョイルは腰を浮かせた姿勢のまま一度動きを止め、少ししてから、ようやく座った。
「……さらりととんでもないことを言いますね。始末したんですか?」
「違う。勝手に居なくなっただけだ。殺してない……。心配するな、おまえは絶対殺さない」
「……気持ちが伝わらない言葉なら意味ありません」
ヘロックは突然立ち上がり、こめかみに血管を浮かべると、隣の椅子を振りかぶって床に叩きつけた。
あたりに大きな音が響き、椅子が転がる。
チージョイルは表情を変えず、転がる椅子を追いかけ拾いに行く。
そして、取ってきた椅子をそっと戻すと席に座った。
それを待ってから、すでに冷静に戻っていたヘロックがチージョイルの耳元でささやくように切り出す。
「おまえ、魂の器は知ってるか?」
「なんですか、それ?」
「不死王は不死じゃない。魂の器を破壊すれば死・ぬ・んだよ」
チージョイルはヘロックの片頬に手のひら、そして手の甲を当てると、両頬を包み込むようにその手のひらを当てた。
「初めて会った時、こうやって私の体温を確認して、温かい部屋に入れてくれましたね」
チージョイルは表情を引き締め、ヘロックをまっすぐ見つめて言った。
「それは知ってても言いません。知りませんけど」
「不死王は生かしたままにしておきたい。まだ使い道があるからな」
「何言ってるんですか? 自分の立場わかってるんですか? ヘロックさんは不死王に生かされているんですよ」
チージョイルは机の上を見つめ、考えながら、言葉をつづけた。
「私なら、ここから一番遠くて人が居ない場所に隠しておきますよ。そんな場所、行くだけでもムリですよ」
「そういうやり方もあるし、そうでないやり方もある」
「何が言いたいんですか?」
「つまりだ。可能性があるなら、あきらめないということだ」
「そうですか……目にすることもないので探ることもできませんけど……」
しばし、沈黙が流れる。
ふと、正面に視線を戻すと、ヘロックが天井を見つめている。
チージョイルも同じ方向を見る。しかし、何もない。
ヘロックがゆっくりと腕を上げ、天井を指さす。
「筆頭が天井をぴょんぴょん跳ねてたぞ……」
「……天罰が下るというお知らせかもしれませんね」
ヘロックは口を開けて天井を見上げ、体を回転させながら探している。
「ここにいれば何やっても首輪は締まりませんからね。監視しているかもしれませんね」
「どっちの味方だよ……」
◇◇◇
漆黒の巨城、最上階にある不死王の執務室。
不死王はバルコニーの薬草たちに水やりを終え、室内に戻ってきた。
水入れを脇に置くと、壁に掛けた連絡板が目に入った。
『母の具合が悪いため、今日は仕事できそうにありません。申し訳ありません』
ヨトフからだった。その文字を指先でなぞって消すと三階に向かった。
誰もいない。
しかし、念のためだ。ヨトフの姿になっておこう。
空間が波打つように不死王の紫のローブが白い法衣を着た小柄な老人へと変わっていく。
壁に掛けられた板でヨトフの本日の予定を確認する。
午後から内部の打ち合わせ。私の出番はこれだけだろう。
ヨトフは几帳面に午前にすることまでそこに書いてあった。
三階の床へ頭から潜り、二階の天井から顔を出した。
さらっと全体を見渡した。たぶん誰もいないだろう。
そのまま体全体を二階に移動させた。
逆さになったまま、天井を床に見立て、ぴょんぴょんとジャンプした。
今日一日ヨトフの体で過ごすことになる。
体の違和感をなくそうと少し動いてみたのだ。
◇◇◇
夕方。
古く小さな家――ヨトフの家の前に不死王とどこかの夫人の姿があった。
不死王は鉢植えを手にしている。
ノックすると家に入っていった。
「どうだ? 具合の方は?」
「あまり、よくありません……」
「チージョイルに探してもらった。経験と信用のある世話人だ。明日から来てもらえる」
不死王の後ろに控えた夫人が礼をする。
ヨトフも頭を下げる。
夫人がヨトフに近づく。
「遠くからでもいいので見たいのですが……」
ヨトフは頷くと、二人は早速奥の部屋へと向かった。
不死王はテーブルの上に鉢植えを置き、その葉をなでる。
鉢を持ち上げ、指先で文字を刻んだ。
『空腹時、黄色い若い葉を一枚、しっかりすりつぶして食す。明日は申し訳ない』
そう書き終えると、文字が書いてある鉢の向きをヨトフがいつも座る席の方向にした。
もう一度、葉を人差し指の表でなでると、静かに消えた。




