レヌンの災難②
「おい、なんだこれは?」
「食事」
ラスティネルはレヌンの檻の前に無造作に一斗缶を置いた。
「こんなに食えるか」
「3日くらいかけて食べなさい」
「途中で悪くなるだろうが」
「じゃあ悪くなる前に食べなさい」
「もう少しこっちに寄せろ」
ラスティネルは一斗缶を足で押し出そうとして寸前で止める。
しゃがんで一斗缶を手で押し、立ち上がって腰に手を当てる。
「あなたが王都の城を壊したのね?」
「そうだ」
「やっぱり……そんな顔してる」
「どんな顔だよ」
レヌンは座り込んで、一斗缶を手繰り寄せるのに必死だ。
「じゃあ、あなたが治癒師を殺したのよね?」
「……は? 治癒師? なんの話だ」
レヌンはそう言うと、一斗缶のフタを開け、フタについてたオタマですくった。
「漆黒の城ができる前の日の話よ」
「治癒師か……わからんが……いたかもしれん……」
「覚えてないの?」
「何千人も居たからメモを見ないとわからねぇ」
レヌンはオタマですくった具だくさんのスープを直接口に運んだ。
ラスティネルは黙って、レヌンの前に手のひらを差し出した。
そのメモを出しなさい、ということだろう。
「持ってるわけねぇだろ。よく見ろ。全裸だぞ、オレ」
「関係のない善人はなるべく巻き込まれないようにはした」
「は? 治癒師は悪人だから巻き込まれて当然だって言うの?」
ラスティネルは涙ぐみながら、レヌンに詰め寄る。
「いつも居る場所に居なかったんだから、死んじゃったに決まってるじゃないの!」
ラスティネルはそう言うと、しっかりと足音を立てながら、立ち去った。
レヌンは立ち上がり、ラスティネルの姿が見えなくなると、目をつぶり、頭を軽く振った。
◇◇◇
レヌンはトーンを抑えながらも歓喜の声を上げた。
「ミオォーーーン!」
レヌンは檻の向こうでちょこちょこしているミオンに向かって必死に手招きする。
「元気そうだな。こんなところで何してんだ?」
「龍を育ててる」
「……魔龍か。あれはもう大きくなってるだろ……まだ大きくなるのか?」
レヌンは怪訝そうな顔をしていたが、突然、目に力がみなぎった。
「ミオン。頼みがある。オレの服と靴を持ってきてくれないか? 丘の上の木の近くにある」
「それよりだ。あの女が来ないうちに、ここから出せ」
「お姉ちゃん、相当怒ってたよ。何したの?」
「わからん。陛下にはここに居たら牢に入れない約束だったんだよ」
「んー……、じゃあ聞いてみるね」
「おい。誰に聞くんだ? あの女には聞くなよ」
「旦那に聞いてみる」
「旦那? 誰だそれは?」
「ここの責任者」
「そうか! あの女が責任者じゃないのか! 死刑にならなくて済みそうだ」
レヌンは胸をなでおろした。
◇◇◇
レヌンのもとにミオンが走って戻ってきた。
レヌンが期待のまなざしを向け、ミオンと同じ目線で問いかけた。
「どうだった?」
ミオンが答えようと口を開けた瞬間。
「ミオンくん! ここに来ちゃダメ!」
ラスティネルが足音を立てながら、やってきた。
一気に空気が重くなる。
「あなた、ミオンくんに何かさせようとしてるんじゃないの? そんなことさせたら死刑だからね」
「なんでだよ! まだ天国に行きたくねーよ! おまえが決めるなよ」
ミオンが板をラスティネルに見せる。
それを読むと、ラスティネルはギッとレヌンをニラんだ。
ラスティネルが力強く自分の足を踏む。
すると、ラスティネルが着ていたカエルの羽が緑のヒモとなって、レヌンをグルグル巻きにしてしまった。
「これはどういうことだ?」
「旦那が少しなら外に出ていいって」
「旦那?」
「おまえら夫婦か。待て。これだと歩けねぇだろうが」
「死刑になるんだから、逃げるんでしょ!」
「落ち着け。逃げないし、そもそも死刑にもならないから……これは約束する」
「なんで、あなたが決めるのよ! 死刑は決まってるんだから!」
「そういうことじゃないだろう……」
「これに乗れば移動できるから……」
ラスティネルはレヌンに向かって、浮き輪のようなものを転がす。
「なんだこれ? 説明しろ」
「説明しなくてもわかる」
「説明しないとわからん」
「説明がなくても、私はできた」
「……。ミオン、教えてくれ」
「ミオンくん!」
「えっ……」
ミオンはレヌンとラスティネルの顔を交互に見るだけ。
最後にラスティネルはレヌンに忠告する。
「もし、逃げたら、首のヒモをキュッとするからね……ヒモがキュッとなるからね」
「ん……? おまえのさじ加減じゃねぇか」
ラスティネルは檻の鍵を開け、目を細めて、レヌンを見る。
ぼそっとつぶやいたレヌンの一言を聞いていたかどうかわからない。
「あなたは絶対に天国に行けない!」
「いや、天国には絶対に行く! ただ、すぐには行かんぞ」
レヌンは力強く反論すると、足をちょこちょこと交互に動かして浮き輪の上に移動し、お尻から座ろうとする。
その勢いで後頭部を床に打ち付けた。鈍い音が頭の中で響き、痛恨の表情で目を固く閉じた。
パッと目を開け、声を荒げる。
「縛られたままじゃ、どう考えても動かせるわけねーだろうが! 女!」
「ミオン、頼む。おまえ、動かせるんだろ?」
ラスティネルはレヌンを軽蔑の目で見つめたまま、まったく表情を変えない。
ミオンはラスティネルをチラッと見てから、レヌンの上にジャンプして跨ると、浮き輪の上に足を乗せて動き出した。




