レヌンの頼み事③
ザッザッ
爺さんの案内で草や木々で先の見えない道なき道を行く。
背丈以上の草が顔にまとわりつき、まるで最後の抵抗のように行く手を阻む。
草をかき分ける右手がだんだん青臭くなっていく。
あの山の中にいる女が何をしたと言うのか。
そんなことを考えているうちに、数日前にさじを投げた場所――あの崖へと辿り着いていた。
まだあの女は無事生きているだろうか……。
「陛下、この上になります」
レヌンが不死王の耳元でささやき、指さす。
不死王は「うむ」とだけ答え、眼窩に赤い焔を灯した。
「陛下、ダメです」
「ん?」
「焔を灯すと禍々しさが……」
「わかった。ありがとう」
不死王は眼窩の焔を消し、音を立てず宙へと浮かび上がっていく。
その体からはまだ白い煙が出ている。
「レヌン。ここを監視しているのは若い女二人か?」
「そうです。まさか……彼女たちに気づかれましたか?」
「大丈夫だ。寝ていた」
「?」
レヌンは不死王の、今見てきたような発言に目を見開き、一旦思考が止まってしまった。
再び視線を戻した時には、不死王は崖の上にある洞窟跡にゆっくり降り立っていた。
不死王の動きが止まる。
そして、土の壁に足を踏み入れていった。
しばらく時間が経ったが、不死王はまだ戻らない。
不死王は大丈夫だろうが、中にいる女のことが心配でたまらなかった。
今か今かと待っているが不死王はなかなか出てこない。
自分の手首が刻む鼓動を手のひらで感じながら、時が過ぎるのを待つ――
突如、何の前触れもなく、少女を抱えた不死王が現れた。
目線を下に向け、しっかりと頷く。
その姿を見て、ようやくレヌンの中に張り詰めていた気持ちが解放された。
よかった……。
間に合って、本当によかった……。
その時だった。
突如、頭上から叩きつけられるように降りてきた強風に、身体ごと地面に吸い付けられそうになる。
思わず爺さんの肩を抱き寄せるも、風の勢いに負け、座り込んでしまった。
ふと目線を上げると、不死王に抱えられていた少女がいない。
不死王のさらに上、何もない宙に少女の体が浮いている。
「なっ、何だ!?」
不死王は何もない自分の腕の中を見ている。
「陛下! 上です!」
レヌンは不死王のさらに上を指さす。
その時、頭の奥に、氷の洞窟で響き渡るような凛とした声がはっきりと聞こえた。
《ありがとう。ずっと探してたんだ》
空から響いてきた声に、三人が同時に声の主を捜そうと目で追う。
少女が浮いている場所から、小さく白く輝く光の粒が振りまかれ、少女がさらに上へと昇っていく。
それは一瞬の出来事だった。
三人ともどうすることもできず、それを見届けるしかなかった。
不死王は片膝を落とすも、再び空を見上げる。
空に存在するであろう「何か」を見ようと眼窩に赤い焔をしっかりと灯していた。
レヌンは不死王の放つ禍々しさを感じた。
「陛下! 赤くなってます!」
レヌンの声が不死王に届いたのかわからない。
不死王は力尽きたように頭から崖の下へ転がり落ちた。
ザァッ、ザラザラ…………
レヌンが慌てて駆け寄り、その身体を抱き起こす。
もう、何の力も感じられない。
すぐに、不死王を背負い、顔を上げる。
「爺さん」
爺さんは黙って頷く。
レヌンたちは示し合わせたように、来た道を足早に引き返した。
◇◇◇
横たわる不死王の顔を、レヌンと爺さんが興味深そうに覗き込んでいる。
「さすがに緑の秘薬は効かないだろう?」
「やってみないとわからんぞ」
その間も、不死王の体からは白い煙が立ち上り続けていた。
「なんだ、あれは」
突然、不死王が言葉を発すると同時にバッと上体を起こした。
あまりの勢いに、レヌンと爺さんがギョッと振り返る。
二人の手には緑の秘薬がべっとりと付いている。
「二人は……体は大丈夫か?」
「は、はい……」
不死王の気遣いに、レヌンが戸惑いながら答える。
「陛下……体の方は……?」
「大丈夫ではないが、もう問題ない。それより……何だったのだ、あれは?」
「声の感じから、埋められた少女を探していたようですね」
「声……? そうか……久々に恐怖を感じたぞ……」
「わしも、悪いもののようには感じなかったし、何よりも少女を大切に運んでいるように見えた。……今はただ、助かったと信じるしかないな」
「そうだな……」
レヌンは小さくこぼすと、少女が埋められていた山の方向を、まぶしそうに見つめた。
◇◇◇
「なんで忘れたんだぃ! 楽しみにしておったのに……」
漆黒の巨城、最上階の執務室。
室内に婆さんの声が響く。
「明日! 明日の朝、買いに行くから……」
「そんなに待てんわい!」
「変わった事はなかったか?」
「知らん!……買ってきたら、思い出すかもしれんのぅ……」
「そう言わずに……」
不死王は机から離れると、婆さんの前でひざをついた。
「お土産だ」
不死王は婆さんを見上げ、手のひらを差し出す。
すると、緑の液体が入った透明な瓶が、陽炎のようにゆらめきながら、ゆっくりと姿を現した。
婆さんは瓶をつまみ、中の液体を見つめる。
「なんじゃい、これは」
「これは緑の秘薬と言ってな、こうやって塗ると……」
不死王は瓶の中の緑の液体を婆さんの手の甲に少しだけ落とし、すりこませた。
すると、黄色みがかった灰色だった婆さんの手の甲がシワひとつない瑞々しい肌色へと変わった。
「それで、変わった事はなかったか?」
「そんなに大したことは起こっとらん」
「そうか……それは良かった」
不死王はそそくさと立ち上がって、椅子に座った。
緑の秘薬の効果ですっかり機嫌が良くなった婆さん。
不死王の右耳に顔を近づけ、ささやく。
「今夜あたり、またレヌンがやるかもしれないね……」
「そうか……」
不死王の眼窩に赤い焔が静かに灯った。




