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不死王に救われた者たち


要塞都市アンシル。

そこはゴブリンの侵攻を食い止める防波堤。

住民は、ほとんど王軍関係者であり、兵たちは普段、剣を鍬に持ち替え、農作業に汗を流している。


私は、その要塞の実質的なトップ――指揮官のセヴァンス。


あの日、ゴブリンが一斉に攻勢を仕掛けてきた時、私はある程度の犠牲を覚悟していた。

ゴブリンの群れが、地響きを立て次々と丘を駆け上がってくる。

都市は硬いレンガの壁に囲まれてはいるが、あの狂った勢いを止められるかどうかわからない。

どこから、どのように侵入してくるか……あらゆる最悪のシナリオを想像していた。

……しかし。

ゴブリンたちはここまで来なかった。

目の前で、あっけなく引き返していったのだ。


ゴブリンたちの進路を遮ったのは、おぞましき化け物と骸骨。

私は、それを要塞都市で一番高い場所から見ていた。


戦いがはじまることもない。化け物が暴れることもない。ただ、そこにいるだけでゴブリンを退かせた。

ゴブリンの脅威は去ったが、また別の、それ以上の不安が生まれた。

――あれは何だ?


あの骸骨こそが、巷で噂される「新しい王」なのだろうか。

旧き王族を城もろとも始末し、一瞬で城を建て直したという、非道の支配者。


少なくともゴブリンとのやり取りを見る限り、そうは思えなかった。

自分の目で、近くで、確かめたい。


私は直接会うため、仇であるはずの新しい王のもとへ向かっていた。

信頼の置ける四人の部下を引き連れて。





漆黒の巨城に近づくにつれ、私の不安は強くなっていった。

間近で見上げた時にはその圧倒的な威圧感に、思わず小さな声を漏らしてしまった。


城門には、紫の肌をした異形の門番が立っていた。


「私は王軍の指揮官セヴァンス。王には会えるか?」


門番は私に視線を向けたが、無言のままだ。手のひらをこちらに向ける。

拒絶かと思ったが、城の中から一人の人間を連れてきた。

私はその男に、再び同じ問いを投げかけた。


「城に入って突き当たりの部屋にいらっしゃいますよ。扉が開いていれば、すぐに会えます」

「武器はどこに預ければいい?」

「そのままで問題ありません」

「は……? 王がそう言ったのか?」

「はい」


拍子抜けだった。丸腰にしないのか。

城内に足を踏み入れると、外見の禍々しさとは違い、壁は柔らかなクリーム色だった。

差し込む外光が広いホール全体を明るく照らしている。

想像していた雰囲気とあまりに違うため、私は少し戸惑った。


突き当たりの部屋の扉は、開いていた。

私は部下たちと目配せをし、覚悟を決めて扉をノックした。


「王軍の指揮官セヴァンスだ。王は居るか?」

「うむ」


中から聞こえてきたのは、案外軽い声だった。


「ん……?」


正面奥の机。

机の上に仰向けで寝ていた骸骨が、のそりと上半身を起こした。

空洞の眼窩がこちらを向く。


「面接に来たのか?」

「違う。入っていいか?」

「うむ」


骸骨は肩を上げ下げしてゴキゴキと鳴らすと、椅子に座り直した。


「まぁ、座りたまえ」

「ちょっと寄っただけだ。すぐに帰る」


「王軍ということは、アンシル方面から来たのか?」

「そうだ」

「今年の収穫はどうだ?」


私は眉をひそめる。


「聞いてどうする?」

「まさか、王都には今後一切の食べ物を下ろさないつもりか?」

「そんなことはしない」


私の答えに、不死王は悠長に言葉を継いだ。


「それで、どうした? 私を殺しに来たか? 逃げも隠れもしない。さあ……遠慮はいらんぞ」


私が言葉を返そうとした瞬間、後ろに控えていた部下が剣を振りかぶって前に出た。


「おい、やめろ!」


私の制止より早く、白光する刃が振り下ろされる。

不死王は避ける素振りもせず、頭頂部を少し差し出したように見えた。


パッコォォ――――ン!


乾いた、あまりに間の抜けた音が室内に響き渡った。

――弾かれた。振り下ろされた剣が宙を舞う。

剣を振り下ろした部下は唖然として両手を見つめている。


一瞬の静寂……。


私は急いでその部下を取り押さえると、他の部下一人を付け、部屋の外に出した。


「申し訳ない……」


不死王は、座ったまま右手をひらひらと上げた。


「それで、用件は?」

「王軍を、どうするつもりだ?」

「どうもしない。好きにやれ……」


骸骨は自らの首に交互に手をやり、肘を左右に動かし、パキパキと音を鳴らした。


「しばらくはゴブリンも来ないだろうが、念のため気をつけておけよ」

「そうか。この前はありがとう。おかげで犠牲が出ずに済んだ」


私はそれだけを告げると、踵を返した。


「おい」


低く短い声と共に、紐で束ねられた銭を放り投げた。


ズシャッ!


セヴァンスは不意に勢い良く投げられた銭を、腹で受け止める。


「これは?」


セヴァンスが眉をひそめ、その中の一枚を凝視する。

この漆黒の巨城を凝縮したような、どす黒い光沢を放つ銭。

一見するとただの黒い銭だが、角度を変えると色々な模様が浮き上がったり、消えたりを繰り返す。

今までの銀貨と同じ模様もある。


「取っておけ。この国の新しい硬貨だ」


不死王はセヴァンスを見据えたまま、言い放つ。


「これだけは変える」

「わかった。邪魔をした……。済まなかった」


私は深々と頭下げ、退室した。

部屋の外でうつむく部下の首元を掴み、引きずるようにして城門を出た。


城を後にし、漆黒の巨城を再び見上げる。

最初にあれほど感じた威圧感は、ほんの少しだけ、和らいだような気がした。



◇◇◇



王軍の指揮官たちが去った後。

漆黒の巨城、その最上階にある執務室。

不死王が黒い長机の前に座り、軽やかにペンを走らせていた。

次々と署名をし、次の書類を並べる。

そして、再び椅子に腰かけ、署名を始めようとした、その時だった。


――ドスッ。


鈍い音と共に、不死王の顔の右半分が、不意に滑り落ちた。


「ぉ、ぉぅ……」


慌てて手を添え、剥落しかけた顔を支える。

誰も見ていないとはいえ、あまりに情けない格好だ。

奥の棚から包帯と糊を持ってくると、まず糊をまんべんなく骸骨に塗りたくり、その上から包帯をグルグルと巻きつけていく。

仕上げに眼窩に宿る赤い焔をボッと一瞬輝かせ、目元に穴を開けた。


「よし」


満足した不死王は、再びペンを走らせ始めた。




しばらくして。

執務のロフトから婆さんが階段に手を付きながら、一段ずつ、ゆっくりと降りてきた。

婆さんは棚からお菓子を取り出し、お茶を注いで、いつものバルコニー席へ向かう。


不死王の背後を通り過ぎる瞬間、ふと足が止まった。


「……」


婆さんは気のせいかと思い直して一度は席に着くが、やはり気になって仕方ない。

用もないのに、不死王の背後を何度も行ったり来たり。


「禍々しさが、消えてるねぇ……」


不死王はそれに反応することなく、ペンを走らせていた。


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