表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/21

帰れなくなった治癒師⑤


『質問は二つだけだ。今度そっちに行くから、急ぎでないものは、その時にまとめてだ』


旦那が私の質問にすぐ答えてくれるチャンスがやってきた。ただし、二つだけ。

私は早速、連絡板に文字を書く。


『大聖堂にいた人たちのことを教えてください。まだ生きている人はいますか?』


返ってきた言葉は、予想外だった。


『そのことだが、向かっているよ』

「は?」


思わず声が漏れ、固まってしまった。

向かっている? 誰が? どこへ?

もしかして、生き残った人たちが、ここに向かっている?

それとも、あの漆黒の城の下に救出に向かっているのだろうか。

その意味を解読しようと色々と考えていたところで、板の文字はすぐに書き換えられた。


『次の質問は?』


もやもやを抱えたまま、今の自分にとって最も切実な願いを板に書いた。


『湖の黒いモヤが晴れたら、一度、神聖国に帰りたいです。許可してください』


すぐに返信があった。


『うむ』


私は連絡板を握りしめ、目を閉じ、声を出さずに叫んだ。


(もーぉ、どっちなの!)



◇◇◇



大切なことを確認するのを忘れていた。

三つ目になるけど、連絡板に書き込む。


『国境警備は何をしたらいいですか? 最初なので周りがどうなっているか、覚えようと思っています』


すぐに返事はこないだろうけど、書いておいた。

私は連絡板を置いて立った時に、扉の脇に見慣れないものがあるのに気づいた。


浮き輪のような形をした物が扉の後ろの壁に立てかけられていた。

やわらかい。ギュッと握るとプルプルする。

なんだろう、これ。

左右にそれぞれ黄色い部分があるのだが、そこだけがプルプルする。


上に乗ってみると面白いかも……と思い、床に置いた浮き輪の上に右足を乗せた。

その瞬間、浮き輪だけがまっすぐ動いた。


ドンッ


私は思わぬ反動で床におしりを着いてしまった。

重心をかけるだけで、前後に動く乗り物のようだ。


浮き輪に重心をかけてはすぐに足を外したり、時にはバランスを崩して後ろに倒れそうになりながら、何度もチャレンジした。

そして、ようやく行きたい方向に移動できるようになってきた。

慣れてくると、面白い。滑るように地面を移動できる。



机の上に置いていた連絡板に文字が浮かび上がっている。


『基本はそれでいい。あと、もし人を見かけたら、捕まえてほしい』


無茶を言わないでほしい……。


『私、強くないです。一人だと危険です』


部屋を一周していたら、もう返事がきていた。


『うむ』


まただ……。



思い通りに浮き輪で移動できるようになってきた。

楽しい。

早く外に飛び出して風を感じたい。


私は早速、黒いモヤがない時に、浮き輪に乗って外へと繰り出した。

外は床のように平らではないので、バランスを保ったまま移動するのが難しい。


時折、地面を蹴ってバランスを取りながらも、スイスイと滑る感覚に思わず頬が緩む。


どうか、誰もいませんように。

心の底から祈りながら、私は周辺の山を駆け巡った。

風を感じている間、国に戻れないかもしれない不安は限りなく小さくなった。



◇◇◇



四方を険しい山々に囲まれた盆地にある、人口二千人ほどの我が国――ヴェルトゥール神聖国。

治癒師の派遣と聖水の分配で成り立っている。


山に閉ざされたこの国から隣国へ向かうのは、それだけで一苦労だ。

そのため治癒師たちは、東西南北の担当に分かれて営業先へと赴く。



私は西側を担当する治癒師、シーチェルダ。三十歳。

二十歳そこそこのラスティネルとは一回り年が違う。

私にとって、彼女は妹のような存在だった。


現在、西側担当の治癒師六名は、全員がロレンスマーク王国に滞在している。

留守番を任されていた私は、予定日を過ぎても誰一人として帰ってこないことに業を煮やし、一人、国境まで来ていた。


異変は起きていた。

湖が黒い。そのせいで帰れないのかもしれないと思っていたのだが……。


私は稜線に立ち、遠筒を覗き込んだ。

レンズの向こう、黒い湖のさらに先。

そこには、奇妙な物体に乗って、楽しげに山を駆け巡るラスティネルの姿があった。


「何をやってるんだ。あの子は……」


こちらの心配をよそに、彼女は遊んでいるようだ。

その姿は、あまりにも呑気だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ