帰れなくなった治癒師④
「私の仕事内容知ってる?」
「国境警備」
「具体的には何をすればいいの?」
「知らない。たぶん、旦那が来るから、その時に聞くといいよ」
「もう一人、住んでる人がいるのね」
「住んでないよ。たまに様子を見に来るだけ」
「ねぇねぇ、こっち来て」
ミオンに手を引っ張られ、彼の部屋へと足を踏み入れる。
そこには、部屋の床を埋め尽くすほどの、恐ろしく本物そっくりな地図の模型が並んでいた。
山の起伏から、街並みまで、まるで神の視点で世界を切り取ったかのようだ。
「これ、ぼくの仕事。すごいでしょ?」
「ここが今いる場所」
ミオンが指さした地点には、ピンクのかけらが置かれていた。
「これ。全部、一人で作ったの?」
「うん!」
「お姉ちゃんはどこから来たの?」
「王都は……。ここか……。いいね、これ。すごくリアル」
「ぼくと一緒だ」
「そうなんだ。たまたま王都にいただけで、本当は……」
神聖国方面を見ていたら、まぶたが熱くなってきた。
本当によくできてる。
「どうしたの?」
「なんでもない……」
そうだ。湖を迂回すれば帰れるかもしれない。
なるべく近づいて覗き込み、湖の大きさと比べて、実際の高さや角度を想像してみる。
ダメだ。湖を北に迂回しても、南に迂回しても、切り立った崖を登らないといけない。
崖も登る技術も体力もない。
「何、考えてるの?」
「今の場所から、どうすれば湖を越えられるかなと思って……」
「湖を渡れないなら、王都の北から行くしかないと思うよ」
「それはダメ。その国は神聖国と仲が悪いから……」
私は地図の南から行く方法がないかルートを探す。
山ばかりで人が住んでいる場所がない、道がない。未踏の地を何日も歩くのは危険すぎる。
「えっ……じゃあ、黒いモヤがなくならないと、私は帰れないってこと?」
「黒いモヤが大丈夫なら、すぐ帰れるよ」
「うーーーん。今度、大丈夫かどうか試してみる。今試すと絶対ダメな気がする……」
「ところでミオン? これ、空から実際に見ないと作れないよね?」
「そうだねー。それは秘密」
「見たんでしょ?」
ミオンはニコニコしてるだけで何もしゃべらない。子供なのにしっかりしてる。
「旦那に印を付けられたんだね」
ミオンが私の右手首を見てつぶやく。
「これが何かわかるの? 知ってるなら教えて!」
詰め寄る私をよそに、ミオンは他人事のように呟く。
「お姉ちゃんがもし、逃げるようなことをしたら、右手がなくなっちゃうんじゃない?」
私は完全に動きが止まってしまった。
黒いモヤがなくなったら、すぐ帰れると思っていたのに……。
右手を失う覚悟で帰らないといけない?
失った手を治すなんて高額だし、もし右手を失ったら仕事ができなくなるかもしれない……。
「ぼくには印がないよ。いいでしょ? いつでもやめていいって言われてるんだ。やめないけどね!」
ミオンは手や足、おなかまで次々と私に見せてくれた。黒い印らしきものはない。
その後も楽しそうに喋っていたが、生返事ばかりで頭の中にまったく入らなかった。




