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かつての貴族たちが向かうところ


昨日まで、そこは静寂だった。

突然、何の前触れもなく、朝から城門の前を民衆がざわざわと埋め尽くしていた。

そして、まるで申し合わせたかのように不死王を非難する罵声が始まった。


それにもかかわらず、定刻になると重厚な城門は開かれる。

しかし、民衆が城門から中へ入ろうとはしない。

城に向かう文官たちは迷惑そうに民衆の中をかき分け、城門の中を入っていく。



波打つ群衆の最後尾から、一筋の風が吹き抜けた。


「肩を借りるよ」


涼やかな声がしたかと思うと、一人の男――レヌンが地を蹴った。

彼は罵声を上げる民衆たちの上を、まるで石切りのように軽やかに踏みつけていく。

足場にされた者たちは、肩の感触で気づくもすでにレヌンの姿はない。


レヌンは民衆の頭上を飛ぶように駆け抜け、城門の直前で大きく地を蹴り上げた。

重力など存在しないかのような優雅な跳躍。

彼は高く、高く舞い上がり、誰もが仰ぎ見る城壁の端へと指先をかけると、そのまま吸い込まれるように壁の上へと腰かけた。


眼下に広がる怒号の海を前に、レヌンは民衆一人一人の目や口元を見ていく。

そして、一通り見終えると、落ち着いた突き抜けるような力のある声で言い放った。


「勘違いするな! 前の王とその一族を、一人残らず殺したのは私だ。不死王は関係ない!」


一瞬の静寂の後、貴族たちの息がかかった者たちが野次を飛ばす。


「嘘をつけ! 化け物に洗脳されたか!」「人殺しの肩を持つのか!」




レヌンはまばたき一つせず、民衆の一人一人の瞳を見つめる。


「では問おう。不死王が王になったことで、お前たちの暮らしに何か不便があったか? 何か不都合があったか?」


その問いは、民衆たち、ほぼすべての心を駆け抜けた。

民衆は口を無意味に開閉させるばかりで声を出せなかった。パンの値段は変わっていない。

衛兵はいなくなったが、小銭を巻き上げられることも、理不尽な暴行を受けることもなくなった。

次から次へと飛んでいた野次は、少しずつ小さくなった。


「沈黙は肯定と受け取るぞ」


レヌンは視線をさらに鋭くし、群衆の最後尾、馬の上で悠然としている身なりのいい人間たちを指差した。


「今、この国で一番不利益を被っているのは、お前たちの後ろにいる奴らだ」

「自分たちの『特権』を再び手にするため、お前たちを道具として利用しているだけだぞ」


レヌンは立ち上がり、民衆全員が聞き取れるよう、今までで一番大きな声を出した。


「生きたい者は今すぐ去れ! 残った『不利益を被っている者たち』を私が掃除する!」




レヌンの宣告が終わるか終わらないかのうちに、最前列の男が一人、弾かれたように背を向けて走り出した。

それを合図に、雪崩を打って民衆が散っていく。




背後で民衆の動きを見ていた元貴族たちの顔は褐色で引きつっている。

奥歯をガチガチと鳴らし、逃げる民衆たちの中を今にも馬で駆け抜けようとしている。


「一旦引くぞ……」


誰かが絞り出すように声を上げ、馬に乗ったまま民衆の列へと突っ込もうとした。


「シュルーーーーーーーーーー」


大量の白い糸が馬の上に乗る人間を捕らえようと、絡みついていく。


「あ?」

「あ、が……ッ!? なんだ、これは……」


もがけばもがくほど、白い糸は体に食い込んでいく。

馬から引きずり降ろされ、抗いようのなく、レヌンの足元へと運ばれた。

その白い繭を城の地下牢へとレヌンは引きずっていった。



数刻後。

騒乱の余韻すら消え失せた城門の前には、いつものように死霊兵が立っている。

また、馬に乗って城の周辺を巡回する死霊兵もいる。


通りには再び静寂が戻った。



◇◇◇



元貴族たちが声を上げながら、街中を練り歩いていた。


「不死王を捕まえろ! 我らは殉教者だ!」



城の最上階にて、不死王は黒いレースのカーテンの隙間からレヌンとともに彼らを見つめていた。


「あいつら、なりふり構わないようになってきたな……。しかし、殺してやるほど、温情はない」


不死王はカーテンの隙間を狭くして、心底、面倒そうに眼底の焔を小さくした。


「レヌン、いつものように元貴族だけを選別して地下牢に入れてくるか」

「御意……」


レヌンは窓から美しいフォームで飛び降りて行った。




◇◇◇



城壁の清掃作業に従事しているのは、昨日まで民衆を扇動していた元貴族たちだ。

彼らは死んでいない。

しかし、その瞳には強い憎しみと抵抗がにじみ出ていた。


「あいつら、死ぬよりきついんじゃないか?」


民衆は、黙々と働く元貴族たちの横を、気にすることもなく通り過ぎる。


街中では、死霊兵がところどころに立っている。

その横で、生きたまま人形となった元貴族たちが、震える手で街中を朝から掃除している。

街中をほうきで履き、落ちているゴミを拾い集め、時には川の中までキレイにする。

さらに、疲れと元貴族のプライドに顔を歪ませながら、石畳を雑巾で磨く。

そうして、朝から晩まで掃除をして、城の地下牢へと帰っていく。

元貴族たちのおかげで、街中がキレイになり、より治安が良くなるに違いない。

そして、限りある死霊兵をほかに回すこともできる。

一目、街は落ち着いているように見えた。


復讐を終え虚脱していたレヌンがようやく活力を取り戻しつつある。

それと、渋々玉座につき統治で時間に追われる不死王。

この二人の歯車が噛みあい始めると――それは一部の人間にとっては抗う術のない、恐ろしい空間になるはずだった。



◇◇◇



城の最上階にて。

元貴族たちを操っていた不死王が、稀代のネクロマンサーに対し、思わず音を上げる。


「婆さん……」

「なんじゃい」


婆さんが珍しくキレのある返答をした。


「頭がおかしくなりそうだ……」


不死王の眼窩に宿る赤い焔はない。


「生きてる人間を操るなんて、私に言わせれば狂気の沙汰だね。いっそのこと死人にしてしまいな。簡単に操れる」

「うぬ。その一線を超えてしまうと、婆さんみたいになるからな……」

「何言ってんのさ。私に言わせれば、あんたの方がとっくに一線を超えてしまってるよ」


不死王は頭を抱える。


「あんた。いつものように首輪付けて解放すればいいんだよ」

「うむ……。ありがとう。婆さん……」

「なんだい。気持ち悪いねぇ……」

「婆さん、死人でも三千人もよく操れるよ……」


婆さんは珍しく褒められて気まずくなったのか、最上階のロフトへとそそくさと上がっていった。

その後、不死王は元貴族たちの奉仕活動をあきらめ、首輪をつけて解放した。


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