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幕間02.1989年(昭正四十四年)3月 東京

「週刊冬春(とうしゅん)の記者さんですか……?」


 警視庁本富士署刑事課新米刑事の西(にし)新司(しんじ)は、受け取った名刺を見て呟いた。


「はい。週刊冬春の藤木(ふじき)と申します」



 ──1989年(昭正(しょうせい)四十四年)3月上旬、八洲国(やしまこく)首都・東京。



 春の陽気が感じられるようになってきたけれど、まだ朝夕は肌寒い早春のある日、西は四十代ほどの白髪交じりの男と、喫茶店で向き合っていた。


「……捜査情報は話せませんよ」

「わかってますよ。週刊誌記者ってえのは、端々に漏れたことを想像を膨らませて記事を書く商売なんで」


 藤木は皮肉げに肩をすくめる。


「漏れたことって……」


 西はあからさまに眉間に皺を寄せる。


「刑事さん、あんた、本郷の変死体事件、担当してただろ?」

「いや、だから捜査情報は漏らせませんって」

「なんか出なかったか? 日記とか」

「何もありませんでしたよ。漏らせる情報もありません」


 ピシャリと言い切ると、藤木は小さく呻く。


「やっぱ、プロは、何も残さねえか……」

「……プロって、何の、ですか?」

「若い刑事さんっつうのは、ほんと何も知らねえんだなあ」


 藤木はため息をつく。


「ありゃな、たぶん、亡命皇女の陽宮(はるのみや)睦子(ちかこ)殿下の関係者の諜報員だよ」

「諜報員? いや、それより……だから、『亡命皇女』って何なんですか?」

「うーん、何って言われてもなあ」


 西が詰問すると、藤木は頭を掻く。


「……調べても、国会図書館ですら閲覧制限がかかってるんです。この国は、戦前と違って情報統制なんて法律で出来ないと決まっているはずなのに……彼女は何者なんですか……?」


 声を落として吐露するように西が言うと、藤木は小さく息を吐いて首を横に振る。


「とはいえ、国家機密はあるだろう、刑事さん」

「……そうですが」

「俺らにも報道管制やら、報道協定やらあってな……今すぐ出せない記事もある。亡命皇女ってえのはその類なんだよ。『国家の恥』だからな」

「どうして……?」

「亡命皇女は今の帝(みかど)の姉なんだよ。帝のプライバシーに関わるだの、帝室の安定に関わるだの、おそらく、代替わりまで数十年は報道出来ないだろうよ。今の帝は在位四十四年だが、十歳で即位した。まだ五十四で、まだ、お元気だ」


 藤木は胸ポケットから煙草を取り出し、咥えた。


 テーブルに備え付けられていた喫茶店の名前が印刷されたブックマッチを1本ちぎって、擦って火を点ける。


 フーっと、ゆっくりと紫煙を吐き出した。


「……だから、何十年か先のために証言を集めてるんだよ。俺は定年退職してるかもしれねぇが、若いモンに引き継ぐ記録が必要なんだ」


 一瞬、真面目そうな顔をした藤木は、西に向かってニヤリと表情を崩す。


「……あ、そうそう、本郷で死んだ男は、亡命皇女の『愛人』だった」

「はぁ?」

 

 西は素っ頓狂な声を上げた。


「それはそれは、弟帝の在位中には出せねえ大層な醜聞(スキャンダル)だろう?」


 少しばかり下品に笑う藤木の口から吐き出された紫煙が、喫茶店の宙を漂った。



 そして、物語は時を遡る。



 ──1945年(春和元年)11月、イスタンブール。



 東西冷戦黎明期、亡命者とスパイが交錯する都市に。


 亡命『女帝』、陽宮睦子と。


 彼女が愛した元帝国陸軍諜報員の、混血の男がいた。


続きます。

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