59.1945年(春和元年)11月 東京
「綾小路から暗号電文が届いた」
少し冷え込む晩秋の夜遅く。
深夜零時近くに、傍系皇族で内閣総理大臣の丹羽宮泰彦は、赤坂御用地の久慈宮邸を訪れていた。
──1945年(春和元年)11月下旬、大八州帝国帝都・東京。
瀟洒なシャンデリアの明かりの下で。
暗号電文を渡されたナイトガウン姿の男──摂政久慈宮惟人は、スラスラとそれを解読した。
眉と目の形以外は姪の女帝・睦子とよく似た面差しの顔を歪めて、ふっ、と笑う。
そして、ローテーブルに解読し終わった紙束を投げた。
「トルコ政府は見て見ぬふりをしてくれるか。僥倖だな」
ゆったりと長い脚を組み直しながら久慈宮が、涼やかな瓜実顔に、人の悪い笑みを浮かべる。
丹羽宮は、ややのっぺりとした馬面を無表情のままに、頷く。
「英国も女帝の監視は続けるが、干渉はしないと言っている」
丹羽宮が言うと、久慈宮はこめかみに人さし指をトンと当てる。
「ソ連は回答なしか。まあ、英国が干渉しないのは女帝に、であって、物は言いようというやつだ。英国がソ連や他には干渉するだろうから放っておけ」
「……疎開先の奥日光からお戻りなった東宮殿下は、仮御所で健やかであらせられるか?」
「ああ。昨日も隣の仮御所……元姫宮御殿の紅梅寮の庭で、うちの息子や御学友と遊んでいらっしゃったよ。少々騒がしいが、元気なことは良いことだ」
「……東宮殿下については、新聞各紙も『未来の希望になる』、と記事を書いている」
「未来に繋ぐ希望になる、だったか──子供は、やはりいいな」
久慈宮は鷹揚に頷く。
「皇太后陛下が余計なことをしてくれたが、『本物』の『正統』はこちらにある。あの御方も使いようだ」
そして、整った相貌を上げた。
「準備は整ったな」
長い睫毛が影を落とす一重瞼の切れ長の目を細めて、久慈宮は愉しげに笑う。
「さあ、女帝を『消す』算段を始めようじゃないか」
高らかに歌でも詠むように、涼やかな声が響いた。
イスタンブール前編『女帝と通訳編』は一旦ここで幕を下ろし、次回の幕間と同時に新章イスタンブール後編『女帝と護衛編』60話の更新します。
2026年8月27日(木)を予定しております。
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