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暢気小娘と全身甲冑のマイペース生活記  作者: へび
第二章 常識のドレスを纏う
16/26

知らないのなら知っている人に聞こう

 冒険者として活動するにあたって必要なのは、冒険者としての装備だろう。当然村娘の格好で魔物と戦うなんてことできないからね。

 そんなわけで、私は宿でパンツを作ってすぐに宿を飛び出し、服屋で簡素な服を見繕ってきた。気分はゲーム開始時の初期装備からの買い換えである。性能自体はドレスと大差ないと思うのだが、こういうのは「買い換えた」という事実とそれによる見た目の変化が大切なのだ。

 私が買ったのは、袖口の方が丸く膨らんだ白いシャツに、胴回りの保護に使う茶色のコルセット。茶色で頑丈そうなズボンとベルト。足回りの安全のためにブーツ。それと、本当はいらないのだけど、荷物を持つための背嚢と、腰につけるナイフと革袋。全部を抱えて店の奥の小部屋を借りて着替えれば、私はもうどこからみても冒険者にしか見えぬ見た目になった。さらにだめ押しにとして長い金髪もばっさりと切ってやった。前世ではずっとショートヘアだったこの身にロングヘアの手入れは荷が重すぎるからである。私としてはある程度短くなればあとは適当でよかったのだけど、ここでロキシーがこだわり、店の人から裁ちばさみを器用に使って髪を整えてくれた。

 身長二メートル以上の全身甲冑が椅子に座った小娘の髪を整えるのはさぞ奇異な光景だったに違いない。場所と鋏を貸してくれたご主人は珍妙な出し物でも見るような目をして私達を見ていた。そしてその出し物の滑稽さに満足したのか、ロキシーが「よし」と言って作業完了を告げると、私のために大きな鏡と小さな鏡を持ってきてくれた。頭の後ろを見れるようにとの配慮である。

 見せられた後頭部はすっきりと梳かれ、さらりとした輝きを見せていた。細く柔らかく、かつたっぷりとした金髪だからこそ作ることのできる自然の金色である。梳いた腕がよかったのか、変な流れなどもできてない。ついでに確認した自分の顔は、パーツの揃い具合からいってそこそこの器量よしと言えるように思われる。

 総合して、かなりイイ感じに仕上がったと言える。ふむふむ、と鏡を前にしてくるくる回っていると、落とした髪の毛を掃除しつつロキシーが咎めるような声で言ってきた。

「あんまりにも見苦しいのは、ちょっと」

 どうやらナイフでばつりと切ったのがよほどお気に召さなかったらしい。

「すいません」

 ロキシーの声には、不快感と、それ以上の悲しみがあった。これはなんとなく直感なのだが、彼は私が彼にそう感じるように「この存在を立派にして愛でたい」という欲望があるようなのだ。であれば確かに私が雑な格好をしていれば不快に思いもするだろう。悲しみもするだろう。そしてその感情には、私はちゃんと謝罪すべきだ。そう思って心からの謝罪とともにぺこりと頭を下げると、彼は「そこまで気にしなくてもいいけど」とあわあわした。

(かわいい)

 うちの子がかわいい。この巨体があせあせしてる所がたまらなくかわいい。思わず鼻血が出そうになったが根性で耐えた。買いたての服を緋色で染めたくはなかったからね……。

 服を整え、髪を整えた後、気がついたら日がすっかり落ちていた。慌てて宿屋に戻ればもう食堂は人がいっぱいでとてもご飯を貰えるような状況ではなくなっていた。もしも本物の冒険者ならこの人混みを掻き分けて飯をもらいに行くという行動ができるのだろうが、生憎私は小心者の日本人。遠征先のホテルで人と時間がかち合うのが苦痛であるという理由だけで早起きして食堂が開く前から最前列に並んで安全に席を確保していたほどなのだ。そんな人間が汗と騒音の中を掻き分けてゆけるはずがないじゃない。

 そういうわけで、私は食堂エリアを横目にすぐに部屋に戻り、ロキシーから料理をもらってそれを食べて寝た。寝る前の歯磨きをしようとして、そういえば歯ブラシも歯磨き粉もないなと気付いたので明日はそれを調達しようと心のメモ帳に書き留める。仕方ないので綺麗な水で口をゆすいだ後、私は虫のいなくなった藁ベッドに潜り込み、ロキシーが部屋の隅で巨大な置物となっているのを見ながら就寝した。

 翌朝。朝食を取るために少し早めに起き、初めて一階の食堂に向かうと、あんまり美味しくなさそうな見た目のパンと何かの肉の入ったスープが出てきた。パンは乾き始めた膨らみのあまい粗悪品。何かの肉の入ったスープ、というのは、薄茶色の濁った泥水の中にかろうじて肉とわかるものが浮いているだけのものだ。

 一瞬「残飯か?」って思ったのは仕方ないと思う。私これでも日本では自炊してた系社会人だったんだよ。たまに外食して新しい味の探求なんかしちゃうタイプの、どちらかというと食にこだわるタイプだったんだよ。料理を始めたのは子供の頃に、母の手伝いをし始めた時から。冷蔵庫の適切なエリアに野菜や肉や豆腐をしまうことから始まり、野菜の皮むき、煮込み料理の監視、下ごしらえ全般の手伝い、と徐々にグレードアップしていく中で基礎的な調理能力を育成されてきた。たぶん、世の一般的な女子の台所修行を重ねてきた。

 だから、自炊を始めた時も、最初こそ白米と味噌汁にお総菜のパックとかだったけど、そのうちに時間に余裕のある時なんかは野菜の和え物とか煮物とか揚げ物とかを作るようになった。

 要するに、私はこんな粗悪な飯など見たことがない。母もこんなものを完成品として出しはしなかったし、自炊時代にお世話になったクック○ッド様にだってこんなものを完成品とする料理は載っていなかった。……まあクッ○パッド様にはこたつにミカンを乗せただけとか「お前大喜利やってんじゃないんだぞ」ってツッコミを入れたくなるようなものも食中毒を誘発しそうなものもあったけどな……。

 腹痛を誘発する危ないフォンダンショコラ(腹痛の原因は中の生焼けを原因とする小麦粉の加熱不足である)なんかを排除した、シンプルお手軽レシピ達様。それらに想いを馳せつつ、改めてスープを見てみる。

「……」

(○ックパッドに載せたら、ツイッターとかでレシピを乗せてバズりそうな見た目だなぁ……)

 正直、口に入れる気にもならない。しかしこれがこの世界の一般的な料理であるというのなら、とりあえずは慣れなければいけない。それか大穴で見た目がこんなんだが美味しいという例もある。見た目がアレだが実は美味しい品なんて日本人の友達みたいなもんじゃないか。カレー然り納豆然り海苔の佃煮然り。

 辺りを見回してみると、周りの人間は美味しそうかつ満足そうに食べている。その嬉しそうな顔を見て、私は覚悟を決めた。

「いただきます」

 開いた私の唇から出てくるのは、保育園の頃から言っている食に感謝する言葉だ。この残念な見た目の料理にすら、この料理の元になった命と料理してくれた人の手間がある。ならばその命と手間に感謝するのは命を頂く者にとってとても大切なことだ。糧となる者に、糧を与えてくれた者に、最大の感謝を。そして感謝を捧げた後は、残さず余さず頂いて、全てを己の血肉とするべし。

 お残し厳禁、お腹がいっぱいで食べられないなら仕方ないけど、好き嫌いはいけません。そう言っていた保育園のいすず先生を思い出しつつ、匙を手に取る。

 汁を掬う。最初から肉まで口に入れる勇気はないので、まずは汁のみだ。

 口をもう少し大きめに開く。いただきますと言うには充分な隙間でも、匙を入れるには小さすぎる故に。

 そうして、食べ物の臭いがする泥水を、口の中に入れる。口を閉じ、匙を口から引き抜く。

 舌の上に残るのは、汁のみだ。

「うぶ」

 口の中に広がったのは、残念ながら見た目を裏切らない味だった。なんというか、肉の味がする汁。そんなんだった。それの味を追いかけるようにしてやってくるのはえぐみと臭みである。しょっぱさもあった。総合評価。食えたもんじゃない。

 こりゃダメだと見切りを付けて匙を置く。頭の中のいすず先生に私は詫びと自己弁護をいれた。確かにお残しは厳禁だろう。だがこれは、この液体は、そもそも料理ではないのだ、と。

 かちゃり、という音が、匙を置いた瞬間に鳴った。硬質なもの同士がぶつかる音だ。それは喧噪満ちる朝の食堂の中では喧噪の中に紛れて消えてしまう小さな音だ。

 しかし、何の因果か偶然か、あるいは何かの必然か、その音を耳にした者がいた。

 私とロキシーが座る丸テーブルの隣にいる一団の、私から見て顔が見える位置に座っている男性である。美味そうに自分の分をはぐはぐと食べていた彼と、背筋をぴんと伸ばした状態で匙を置いた私の、目があった。

「……」

「……」

 彼は若い男だった。手入れが楽そうな茶色の短髪に緑の目を持っている。年の頃は二十代前半……いや、十代後半だろうか。この肉体の年齢よりは年上だが、私よりは年下っぽいその風貌のせいで、私にはどことなく幼さの残る顔つきに見える。身を覆う装備は革と金属でできており、椅子の後ろには小型の盾が置いてあり、見える位置である左の腰には剣が挿してあった。

 どう見ても冒険者だ。それも、それなりに若い冒険者だ。彼と同じテーブルのメンバーは和気藹々とおしゃべりしているが、男性は会話には入らず、私の前にあるスープとパンをじっと見ている。

「……た、たべます?」

 思わず皿を少し押して聞くと、青年は緑の目を見開いた。

「いいのか!?」

 がたん、という椅子が引かれる音がする。彼が立ち上がったのだ。その動きと音で、彼と同じテーブルに着いているメンバーが彼を見、私の方を見た。そして慌ててこちらも立ち上がった。

「あっ! す、すみません! ヨンシー!」

 立ち上がった中の、魔術師のローブを着た女性がぺこぺこと頭を下げながら青年の頭をはたく。ヨンシーははたかれて「うえっ」とうめき声を上げた。

「いいんですよ。私、ちょっと食べられないので。ヨンシーさん、っておっしゃるんですか。よければどうぞ」

 そんなヨンシーさんに皿を差し出す。我慢して口に含んで飲み込むとなんだか腹を下しそうな気がしたのでどうせ余すことになるし、余して捨てるよりはずっといい。食べ物に「いただきます」と言う文化圏の人間である私には、どうにも「食べ物を捨てる」という行為は難しすぎるのだ。いすず先生も頭の上でバツを作って首を振っている。しかし、例外として他人にあげるならその人の血肉としたことになるので無駄にはならないのだ。いすず先生もにっこりマルを作っているので問題なかろう。

 それに、ここで小さく恩を売ることで、昨夜考えていた未来に近づく道が開けるかもしれない。その道に入るためにこの料理が通行料として必要なら、喜んで出そうではないか。

「えっいいんですか?」

「どうぞどうぞ。あっその代わりといっては何ですが、ちょっとお話したいんですけどよろしいですか?」

「お話?」

「ええ。私つい最近ここに来たばかりの村娘でして。こちらの」

 振り返り、壁際に立ったままのロキシーに手を伸ばす。ゴン、と叩くとロキシーが動いた。

「ひぃっ!?」

 途端に隣のテーブル……いや、隣のテーブルどころか他のテーブルの人間までがたりと立ち上がる。彼らの目がまん丸に見開かれているのを見た私は、すぐに気付いた。

 どうやらロキシー、動かなすぎて新しい甲冑の置物と思われていたみたいだ。一番に食堂に来て料理をもらい、今の今まで食べられなくてウンウン唸っていたから後から見た人間はロキシーが動く所を見ておらず、それ故そんな珍妙な勘違いが発生したのだろう。

 ……って、待って。てことは私は甲冑と相席してご飯を食べようとしていたかなりイタい人にならない? うわぁ。それって悲しい。いや恥ずかしい。思わず辺りを見回せば、彼らと同じような顔をしてこちらを見ている人が沢山いた。うち何人かは「あれ中身入りか!」とか言っている。そんなお弁当箱みたいな言い方しないでほしい。ちなみに中身は入ってません。からっぽです。

 それを改めて説明しようか。中見無しであることは隠すとして、彼がただの置物であることくらいは否定しようか。

 いや、それもなんだか間抜けだ。であればここでは気付かぬふりをして押し通す方がよいだろう。

 二秒で判断した私はにこりという音のよく似合う笑みを浮かべ、もう一度ロキシーの甲冑を叩いた。

「こちらのロキシーと旅をしてきたんです。そのせいで、色々と無知なんですよね」

「む、むち、ですか……」

 んな馬鹿な、という言葉が顔に書いてあるのが見える。そらね、こんなデカくてかっこよくてクールでセクシーでかつどこかかわゆさを兼ね備えた素晴らしすぎる鎧の持ち主が、無知とか、ちょっと意味わかんないよね。そう思う気持ちはわかる。でも私はその洞察を敢えて無視し、立ち上がり、自分の分の皿を隣のテーブルのヨンシーさんの前に置いた。瞬間、手を伸ばしてヨンシーさんががっつく。余程腹が減っていたのだろう、気持ちのいい食いっぷりだ。成長期なのかもしれない。

 もぐもぐと口を動かしながら、ヨンシーさんはとても嬉しそうな笑顔を浮かべた。

「ありがと! 自己紹介まだだったな。俺はヨンシー」

「私はケイコと申します。以後お見知りおきを」

 おどけて礼をする。そのままニコニコしながら居座ってみせれば、テーブルの面々は顔を見合わせた後、しょうがないなぁ、という顔になって座り直した。

 その中で、魔術師のローブを着たお姉さんが、置いていた匙をまた手にとってスープに差し込みながら苦笑した。

「こんなに押しの強い方、久しぶりに見ました。

 私はルイーダ。魔術師です」

 ルイーダさんは彩度低めの長い赤髪を緩く後ろで結んでいる、色の白い女性だ。着ている黒いローブの盛り上がりの大きさから女性であることがよくわかる。机に立てかけてある大きな木の杖は彼女のものだろう。先っぽに紫の玉がついている、こんな見た目からして魔法の杖っぽい杖は、魔術師以外誰も持たない。

 私が頷くと、ルイーダさんの隣の人が顔を上げた。厳つい顔の造形をしている三十代から四十代くらいの男性だ。

「俺はアイルング。ルングと呼んでくれていい。ヨンシーに恵んでくれて、ありがとう」

「お気になさらず」

 アイルングさんはくすんだ鉄の鎧を着ている男性だ。首以外を覆っていること、さらに背中に大型の盾があることから盾役っぽい。座っていてよくわからないが、肩幅の大きさと座高の高さから考えて体も大きそうだ。この体格を生かすために相当の鍛錬を耐久力アップ効果のある修行に割り振っているだろう。

 彼の紹介ににこりと微笑み頷く。そして最後に、ここまで一言も喋っていなかった金髪の男性に目を向ける。この人は二十代中盤くらいだろうか。ヨンシーさんよりは年上だと思う。油断なく私を観察していた彼は、私が目を合わせた瞬間、にこりと笑った。

「僕はジックート。よろしく。君の格好を見る限り、同じ冒険者仲間……と考えてよいのかな?」

「ええ。村娘としての生き方をここで廃し、冒険者に生まれ変わった娘ですよ」

 えへん、と胸を張ってみせる。おどけたリアクションを取ってはみたが、私は内心で「こいつは目があるな」と考えた。

 だってこの人、最初に私が「ここに来たばかりの村娘」って自己紹介を明確にかつそれとなく否定してみせた。私の口から出した情報と、自分の目で見た情報に齟齬があることを感じて、その齟齬を明らかにするために一手を指してきた。それは目の前の存在をきちんと認識し、警戒していないとできないことだ。

 おそらくこの人がリーダーなのだろう。そう思って装備を観察してみる。だが、剣もなければ盾もなく、魔法の杖も持っていない。強いて言うなら金属製の胸当てがあることくらいが特徴だろうか。

 職業が見えない。何をしている人か、よくわからない。

 むむむ、と思いつつ、私は頭を軽く下げた。

「先程も申しましたが、私はケイコと言います。以後お見知りおきを。それと、こちらはロキシー。彼は私の仲間であり、相棒であり、かけがえのない存在です」

「ロキシーです」

 頭を上げ、振り返りつつロキシーを手で喚ぶと、彼はがしゃがしゃと足音を立てて寄ってきて私の隣に改めて立、頭を下げた。

 そんなロキシーを見て、ヨンシーさんとルイーダさんが目を丸くし、アイルングさんとジックートさんは油断なくロキシーを見つめた。その視線の先がロキシーの甲冑の表面ばかりを見ているのは、甲冑の価値を測って彼の力を見切ろうとしているからだろうか。

 であればそれは無駄な行為だ。こうして人の姿をしてはいるが、彼はそもドラゴンのアンデッドなのだから。そんな彼の力の大きさを測ろうとするなど、山の重さを量るようなもの。つまり意味もなければやり方もわからないものだ。

 無駄な行為は止めるに限る。私はヨンシーさんの匙が皿の底に当たる音を聞きながら、四人をぐるりと見つめた。

「皆様は冒険者のチーム……と見て宜しいのでしょうか」

「ああ。僕たちは『青空の牙』だ。チームランクは今のところC」

「へー」

 Cとか言われてもわっかんないぞ、私は。単品での評価はなんとなくできるけど他者との比較(ランク付け)はそもサンプルを多く知らないと全く価値がわからないのだから。

 私の淡泊な反応に、彼らは驚いたたらしかった。目を丸くしてじいと私を見つめてくる。

「……Cランクだよ? 驚かないの?」

「それが凄いかどうかよくわからないのですよ。私には、とりあえずヨンシーさんが腹ぺこボーイであることがわかっているのでそれで充分かと」

 名指しされたヨンシーさんがスプーンで「俺?」と自分を指して首を傾げている。ええそうですよ、と頷くと、ぷ、とジックートさんが吹きだした。

「なんてことだ。自己紹介して驚かれなかったのは久しぶりだよ。どうやら君、本当に何も知らないらしいね」

「ええ。嘘吐いてもしょうが無いのでぶっちゃけますけど、私、文字も読めなければ戦えもしません。一人で生きていくことなんてこれっぽっちもできないただの小娘です。えっへん」

「それって威張ることじゃあないわよ、ケイコちゃん。でもそうしたらどうして冒険者の格好なんてしているの?」

「生まれ育った村に、色々あって、居られなくなったのですよ。親を亡くした村娘の行き先なんて、言わずとも想像がつくでしょう」

 困ったような笑顔を浮かべて言ってみせると、ルイーダさんはばつが悪そうな顔をした。

「ごめんなさい。冒険者に詮索は御法度だったわね」

「詮索とも言えぬことなので、お気遣いなく。それに、今はこうして、守ってくれる存在が側におりますから」

「うん。僕が守る」

 応えるようにロキシーの手が私の肩に掛かる。彼が本気を出せば私の肩なんて一瞬でさらっさらのきなこレベルまで握り潰せるが、彼は肩を掴むどころか体重すら掛けずに私の肩に触れている。優しい気遣いだ。

「お熱いことで」

「えへへ。ところで、なんだか口ぶりからするとCランクってお強いみたいですね。お強い皆さんはどうしてキルレットの街にいるのですか?」

「そりゃあもちろん、この辺りで魔物被害が出ているからさ。Cランクでないと対応できない魔物がアブダの森にはいるらしいからね」

 ジックートさんが頷きつつ答える。だが、私はその答えに違和感を持った。

 アブダの森は大きな森だし魔物もいる。だが、その魔物は全部が全部アホみたいに強いわけじゃあない。ギルドで聞いた魔物の大量発生を加味しても、丸腰で出会ったらキツいだろが、武器を持っていれば村人にでも対処できる魔物が外周部のメインを張っている森なのだ。

 奥に行くなら強い冒険者パーティーが必要だろう。だが、警備程度でそこまで強い人達が必要とは思えない。何かがおかしい。

 私が違和感を抱いたのに気付いたのか、アイルングが口を開いた。

「あなたが察してるように、普段であればもっと低ランクの冒険者に頼める森だ。だが、今は回復薬も毒消しも在庫がない。だから怪我をせずに事に当たれる私たちが必要なのだ」

 なるほど。つまり、回復薬縛りのノーダメクリアを目指すために挑むランクを下げるってことか。それなら理解できる。

 ふむふむと頷くと、ルイーダさんが眉をハの字にして言った。

「でも数日前、へまをして呪いを受けてしまいました。薬で解ける簡単な呪いですが、無いが故に解けない呪いを」

「えっそれは誰が?」

「俺だよ」

 声を上げたのはヨンシーさんだ。空っぽの皿を脇に避けながら、彼は口元を拭って答えた。

「五日くらい前にマイシーマウスっていう大食漢の巨大ネズミに噛まれてさ。飢餓の呪いをかけられちゃった」

「飢餓の呪い……字面から察するに、食べても食べてもお腹が空いてしまう呪いということでしょうか」

「そうそう」

「こいつは元から大食漢だったんだが、呪いのせいで喰っても喰っても食い足りない体になってな……」

「それは災難でしたね……」

「蜂蜜以外の材料は揃えたから、いつでも治療できるんだけど、蜂蜜がねぇ……ほら……」

 ルイーダさんが苦笑する。どうやら、蜂蜜の品薄状態は私が思っている以上に深刻な事態らしい。でも昨日ギルドで売り出していたと思うのだけど。

 それを言ってみると、ルイーダさんは頷いた。

「ええ。私達もそれを聞いてすぐに買いに行ったのだけど、生憎売り切れていたのよ。それに、飢餓の呪いを解呪する薬を作るには大さじ三杯分の蜂蜜が要るの。どのみちアンプルサイズで売っていたらしい昨日は手に入らなかったわ」

「この薬は特に必要な蜂蜜の量が多いんだ。全く、ヨンシーは運が悪い」

 確かに運が悪いと思う。でもある意味で幸運だとも思う。

 私は顎に指を当てて考えてみた。この人達は蜂蜜を欲している。対して、私は蜂蜜を持っている。

 昨日私は身分の証明を円滑な手段で手に入れるために蜂蜜を一瓶ギルドに渡した。お金ももらった。それだけの価値が蜂蜜にはあったのだ。交渉の材料として使うことは可能だろう。

 では、次に私が欲しているものを、彼らから蜂蜜で買うことは可能だろうか。

(私はあんまり表に出るような行動や派手な行動は取りたくないのよね……ロキシーがいる時点で結構無理のある願いだけど、それでもなるべく穏やかに没個性的に世界の片隅で生きたいのよ。日本で一社会人であったように。心躍る冒険活劇の主人公より、なんてこと無い日常系アニメの主人公になりたいのよ)

 そのためには、どうしても必要な知識をこっそり集める必要がある。私の心に負担をかけないためにも、人にあまり恩を感じない方法で、あくまでビジネスライクに集める必要がある。

 それを集めるのに、『青空の牙』は使えるか。

 たぶん使えるだろう。それと、万が一最悪の事態が起きた場合、私に……いや、私『達』にはそれを排除する力がある。

 ちらりとロキシーを見上げると、彼は兜のスリットの奥の暗闇から私を見つめ返し、こくりと頷いた。


 ――御心の向くままに。


 そんな声が聞こえた気がした。

 何をしても、どう足掻いても、ロキシーは側にいてくれる。側にいて、私を守ってくれる。彼がいなくなった時が私のいなくなった時であり、私のいなくなった時が彼のいなくなる時だから。

 だったら私達は一心同体。ロキシーの強さも、私の強さ。勘定の中に、入れてよし。勘定に入れた上で、行動してよし。

(よし)

 腹をくくったら後は行動あるのみだ。私は彼らが会話がキリのいいところで終わると同時に「それでは」と断って立ち上がろうとした時、にこりと笑って彼らを引き留めた。

「皆さん。とてもよいお話があるのですけど、ちょっと聞いていきません?」

「すみません、僕達はこれからギルドに行ってクエストを受注しないといけなくて……」

 申し訳なさそうな表情でジックートさんは言った。要は「仕事があるのでこれ以上のおしゃべりはできません」というサインだ。ふと周りを見渡せば他にもたくさんいたお客さんが皆居なくなっていたので、きっとそれは嘘ではないのだろう。

 蜂蜜が必要な彼らのことだ。一刻も早くたくさん仕事をこなし、お金を稼ぎ、ギルドにまだ在庫のある蜂蜜を買いたくてたまらないのだろう。

 だが、その選択は、彼らの欲する物を手に入れるには悪手である。私は彼らと私とロキシー以外の誰もいないのを確認し、ロキシーに手を伸ばした。

「ロキシー。昨日の、出して」

「はい」

 答えると同時にロキシーが私の手の上に手を翳す。手甲と革で覆われた大きな手の掌の前に黒い穴が空いたと思ったら、それからぼたりと蜂蜜の瓶が落ちてきた。昨日と全く同じものだ。目を背けたくなる数ストックしてあるやつだ。

「おっと」

 見た目相応の重さを持つそれに、片腕が床とキスしそうになる。なんとかもう片方の腕で支えるようにして体勢を立て直させた後、私は四人の目が蜂蜜に釘付けになったのを確認し、にんまりと笑った。

「実はね、昨日ギルドに蜂蜜を下ろしたのは私なのですよ。在庫も、このように、まだあります。

 で、私、先程も申し上げた通り、無知でして」

 だから。


「どうですか。あなた方の知識、この蜂蜜で私に売る気はありませんか」


 そう言った瞬間、彼らが私を見る目が、なんだか悪魔か魔王でも見たような目になったような気がしたのは……思い過ごしってことにしておこう。私はそんな物騒なものじゃあない。うん、知識ほしさに蜂蜜をちらつかせるただの初心者冒険者でーす。

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