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暢気小娘と全身甲冑のマイペース生活記  作者: へび
第一章 パンツは文明
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閑話・ギルド長の呟き

 俺の名前はザッハ=トルテニヒ。トルマリン王国王都アクレーゼで三百年前から営業している菓子屋兼菓子商会の三男坊だ。もっとも、家業は長兄と次兄が分け合うようにして継いだので、俺は成人と同時に家から出て冒険者になった。三男の人生なんてそんなもんだ。

 だが、世の中にごまんと転がる三男以下の男達に比べたら、俺は恵まれていた方だと思う。十五になるまで家業の手伝いをする代わりに衣食住を保証してもらったばかりか、冒険者になる時にもそれなりの資金援助をしてもらったのだから。

 なりたて冒険者にとって一番キツいのが当面の資金だと言われている。その点をあっさりクリアできた俺はラッキーだった。だが、それ以上に俺がラッキーだったのは、未成年の間家業を手伝っていたことで、冒険者にとって有用な技術を身につけていたことだった。

 例えば、口に入れるものについての目利きの知識。

 例えば、店を安全に経営するのに必須な金勘定の技術。

 例えば、掲示板のクエスト一覧を自分で読める文字の知識。

 食うにあぶれた文字も知らぬ農村の三男坊が冒険者になったら、この三点の解決のためにまず数年がかかる。いや、これらが大切であることを理解するために数年、さらに習得に数年がかかるのだ。その間にかなりの数の人間がトラブルや事故で冒険者登録名簿から名前を消していく。俺の体感ではこれらの消えた名は墓碑で見ることが多い気がする。

 そんな悲しい結末にならなかった俺はただただ幸運だったと言うしかあるまい。しかしこの幸運がここ数年で急激な陰りを見せてきた。

 原因は世界規模で数年前から問題になっている魔物の急激な増加だ。ある程度の増加ならば冒険者の仕事(くいぶち)が増えるだけなのだが、それを越える勢いで魔物が増加している。魔物の森からは何度も魔物が溢れ出し、それによっていくつかの村や町が魔物に飲み込まれたという話も聞いた。そんな街ではこういう非常時には滞在している街の盾となる冒険者達の多くも抵抗むなしく飲まれて消えていった。となれば平時の魔物を抑えるにも人が足りなくなるのは火を見るより明らか。結果として、今では街の外には簡単に出られない有様となっている。事実、糧を得るために街の外に住む者達が街に来ることはあれど、街の中から外に行く人間は滅多に居ない。

 この魔物の増加に伴い、回復薬等の魔法薬の需要が増加した。最も需要が増加したのは殆ど全ての薬に入っている蜂蜜だ。

 蜂蜜は多種多様な属性を持つ材料を混ぜ合わせる魔法薬の中で「つなぎ」の役割を果たす重要な素材だ。使う素材の種類が多くなればなるほど、つまり、難しい薬になればなるほど必要な蜂蜜の量は増える。一番シンプルな回復薬でさえ木属性の薬草と土属性のキノコを組み合わせて作るものだから蜂蜜が必要になる。それくらい、蜂蜜というのは重要なものなのだ。

 薬の使用者の増加による、蜂蜜の需要の増加。さらに溢れ出した魔物が多くの養蜂家を襲い、山の中の自然発生している蜂の巣すら破壊する故に希少性が増し、需要はさらに増した。追い打ちを掛けるように各国では国家機関による蜂蜜の買い占めが始まり、国際機関である魔術師ギルドが買い占めの波に続いた。その結果が史上類を見ないレベルでの蜂蜜の高騰である。当然実家の菓子屋に流れる蜂蜜は早い段階で切れたし、最近は王都ですら蜂蜜の入手に困るほどであった。現状輸入に頼り切りな砂糖の方が安くつくという笑ってしまうような状態になっていた。


 だというのに。

 だというのに、今、俺の前には金色の蜂蜜がある。

 王都で胸を張って営業する菓子屋の息子ですら見たことのない純度の砂糖が、目の前にある。


 この街の人間なら、いや、常識を知る者であれば、昨今の情勢から蜂蜜がいかに貴重なものかすぐにわかる。わからなければおかしいとさえ言える。なのに、これを持ってきた人間は、これを見せつけた後、「自分には価値がわからない」と言い放った。

 その言葉を「そんなわけがない」と否定するのは簡単だ。だが、そいつの目は嘘など何もついていなかった。本当に、超高純度の蜂蜜の価値を、目の前の人間は、わかっていなかった。俺は自分の思い込みよりも客観的判断を優先する。その判断が、理性が、目の前の人間は「確かに物の価値をわかっていない人間だ」と告げていた。

 だから、買取金額も、純度と市場価格からは考えられないほど安く抑えることができた。

 この量で小金貨百五十枚は何もない平時の値段だ。そのまま王族への献上品になりそうなこの品にはそれだけの価値がある。それにくわえて、昨今の魔物災害による蜂蜜の価値の高騰。これを合わせれば、この便の中身の価値は小金貨五百枚を下らぬものになる。

 単純計算で小金貨三百五十枚の出費を抑えられた。これは俺の人生の中で最もぼったくった商売といえるだろう。大口契約をもってくる平民に理解のある貴族との契約でもここまでの利益を出すことはできなかった。おそらく、二人の兄もこれだけの利益を出すことはできていないと思う。

 だが、それを誇る精神は、俺にはない。そんな精神的余裕はない。原因は暫く前に口の中につっこまれたものだ。あの無知娘は買取の最後にとんでもない爆弾を落としていきやがった。

「はあ……」

 買取を終え、金貨を払い、名実ともにギルドのものとなった蜂蜜。金を払う寸前に「あっそういや後からニセ物とか言われたら嫌なんで今ちょっと食べてみてください」と言い、彼女はスプーンを俺に差し出した。検分したいと言われて渋られたことはあっても自分から検分して欲しいなど言われたことがなかったし、こんな金を溶かしたような蜂蜜を口にしたこともなかったしで俺は思わず固まってしまったが、そんな俺に痺れを切らし、彼女は封を開けてスプーンを中につっこみ、救った金の甘味を俺に差し出した。

 そうして口にした金色の、なんと甘かったことか。なんと優しい味わいだったことか! 最高級の王立ヤムルダ養蜂場の蜂蜜を越える柔らかい味わいは、俺の甘味観を破壊して余りあるものだった。

 下手な菓子の数億倍は美味な味わいが、未だ舌の上に残っている。もちろんべたりと後を引いている、という意味ではない。とっくに消えたはずの爽やかで柔らかな味わいが、舌の上に幻を残していつまでも俺を暖めているのだ。

 余韻に浸ること、さらに暫く。一体どれほどの時間が経ったのか、不意に控えめなノックの音が聞こえてきた。

「ギルド長」

 ドア越しに俺を呼ぶ声がする。職員の一人だろう。

「入れ」

 入室の許可を出す。ガチャリとドアを開けて入ってきたのは受付嬢達をまとめているフィルメアだった。いつも身綺麗にしているからわかりにくいがこれでも三十をとうの昔に越えた四人兄弟の母親である。肝っ玉かあちゃんというやつだ。そんな彼女の後ろには目元を赤く腫らせたリジリエがいた。

 リジリエは先程不用意に査定前の持ち込まれたばかりの品に触れた馬鹿者だ。彼女はここに勤め始めてから先月で一年が過ぎた。彼女の父が魔物との戦いで命を落とし、彼にお世話になったこのギルドで引き取るという経緯で雇った子だ。しかし未だに仕事がろくにできない。それは彼女が「街の英雄」の父親の下で好き勝手生活していたからであり、父の居なくなった今もまだそれを当然のものとして認識しているらしいからだ。男というのは馬鹿な女に弱く愛でたがるものだが、馬鹿さが周囲に害を為すほどになったものは流石に遠慮するものだ。それを彼女はわかっていない。自分がもう甘えられる立場・失敗を笑って許してもらえる立場であることを、わかっていない。

 正直憐憫で雇うにも限界のある娘だ。リーギールさんへの義理立ても済んだと考えていいだろう。先月出した中銀貨三十枚の損失を「てへっ」で済まされた俺の堪忍袋の緒はもう限界だ。

 しかし今は彼女の去就以上に大切なことがある。俺は視線で蜂蜜について確認してきたフィルメアに頷いた。

「これは確かに高純度の蜂蜜だ。一滴、いや、半滴あれば通常の回復薬の調合も可能だ」

「では、ギルドで調合薬を作り、冒険者に売るのですか?」

 冒険者ギルドで回復薬を売るために、冒険者ギルドでは薬の調合をこなせる職員に手当を付ける形で人材を確保している。フィルメアもその一人だ。俺は頷き……いや、頷きかけたところで首を止めた。

「いや。半分、いやいや、三分の一は蜂蜜の状態で売り出すぞ」

「ほう」

「フィルメアでも調合できない薬があるだろう。だが冒険者の中には自力でそれを調合できる奴もいる。そいつらのためにも少しは回してやろう」

「蜂蜜、彼らに買える金額となるとは思えませんが……」

「いや、この際足が出てもいい。奉仕だと割り切って放出するぞ。先にこの街に奉仕してくれていたのは彼らだ」

 この街は、魔物の潜む森を北に頂いている。つまり平素でも魔物被害がそこそこある危険な土地だ。その上昨今の魔物の増殖で危険度は跳ね上がっている。だというのにこの街を拠点にして行動してくれていた冒険者達がいる。空っぽの回復薬ホルダーを持ったまま、それでも武器を握ってくれた者達がいる。この蜂蜜はその者達に還元すべき品だと、俺は判断した。

 冒険者ギルドを預かる人間としては、この行動は不適切だろう。だが冒険者上がりの男が広い意味での仲間を助けるためと考えれば、この行動は適切だ。それに打算が無いわけではない。この蜂蜜の放出でこの街に冒険者が恩を感じてくれればここを拠点にしてくれる者が増えるかもしれないという期待が俺にはある。そしてその期待は、十中八九裏切られない。

 冒険者ギルドの職員という、冒険者以外であれば誰よりも彼らを近くで見てきた人間なら、皆俺に賛成するだろう。だが、何事にも例外というものがある。

 案の定、リジリエは信じられないものを見る目をして叫び、フィルメアはとてもうれしそうな顔をして頷いた。

「高く買ったのに安く売るんですか!?」

 高くて甘えるような声には非難の色が滲んでいた。とんでもない、とでも言いたげだ。それに嬉しそうな顔を瞬時に歪めてぴしゃりと言葉を叩きつけたのはフィルメアだった。

「冒険者ギルドの本分は冒険者達の支援です。当然でしょう」

「ボーナス増えるかと思ったのに……」

 ぶく、とリジリエが頬を膨らませる。顔の形は可愛くて接客業向けだが、思考回路が究極的に冒険者ギルド向けではない。

 俺は思わずフィメルアと顔を見合わせ、首を横に振った。一年後、いや、一月後のギルドにリジリエの席はないだろう。

実は結構ヤバい世界に主人公はいるのでした。でも当人はパンツのことで頭がいっぱいという。

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