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エルフの里へ転移したヨハンは、まず自分の館へ戻り、服装を変えることにした。
なにせ彼の叔父であるシニュエルは厳格を絵に描いたような人物だ。
この旅装のままで彼の前に立とうものなら、一時間は説教をされるだろう。
死んだ父に代わって幼いころより400年もの間、父代わりだった人物だけによく分かっている。
手早く服装を変え、仕上げにエルフの里で折られる白の紗のローブをさっと羽織ると彼の館を出発した。
エルフの森には樹齢何百年という大木がひしめき合い、エルフ達はその木の上や洞の中に思い思いの家を作って暮らしている。
その中でもひときわ大きな大木があり、その上に荘厳な白い館が建っている。
それこそ彼の叔父であり、エルフ達のまとめ役であるシニュエルの館だった。
木の幹に作られた階段を登っていると、上から軽快な足音が降りてくる。
姿を現したのは、エルフの森でも数少ないエルフの子供だった。
彼はシニュエルの末の息子の息子、つまり孫で、ヨハンの甥に当たる。
名前はイリアス。
年は10歳なのでリカとも近い年齢だったなとヨハンは思い出した。
「ヨハンさま、お帰りなさい。おじいさまがお待ちですよ。」
「ああただいまイリアス。」
「今回はどちらへ行かれたのですか?」
「ああウェサニル樹海までね、友人に頼まれて行っていたんだよ。」
イリアスは祖父に似て生真面目な性格をしているが、まだ5歳の子供らしく好奇心は隠せない。
よく森の外へ出かけるヨハンの旅の話を聞かせて欲しいとこっそりねだってくるのだ。
「あとでたくさん話をしてあげよう。取って置きの土産話があるんだ。」
「はい!」
頬を紅潮させて、期待の眼差しでこちらを見てくるイリアスの頭を撫でて、ヨハンはシニュエルの館へ向かう。
入り口にはイリアスの父であり、ヨハンの従兄弟のアイサスが待っていた。
「ようやく戻ったか。父がかんかんに怒っているぞ。」
「わかってるよ。」
「分かってないだろ!あれがいたというのは本当か?」
「本当だよ。」
「ほ、本当なのかッ!か、可愛いのか!?」
「それ関係あるの?」
胡散臭いものでも見るようにヨハンがアイサスを見たとき、奥から怒声が響き渡った。
「早く来い!馬鹿者が!!」
あまりの声量に近くにいたイリアスがすくみあがってしまったほどだ。
これはそうとうお怒りだな、とヨハンは館の奥へと進んだ。
叔父がいるであろう書斎の扉を開くと、そこにはヨハンに背を向けて窓に佇む叔父がいた。
銀と金を練りこんだ針金の様な髪は結われることなく、腰へと流れている。
ゆっくりとシニュエルはヨハンに振り返った。
一見、やや生え際が後退した青年に見えるが、彼は900年以上生きるれっきとした化石爺である。
エルフらしい繊細な顔立ちに似つかわしくないくっきりとした皺の谷が眉間に出来上がって、いつもより2割り増し口元の皺も多く、への字にひん曲がっている。
これはかなりお怒りだな。
そうヨハンは分析した。
「お前、今まで何処に行っていた。」
「ウェサニル樹海まで知り合いの子の勉強を見てあげてたんですよ。」
「それがあの娘か。夜の娘の実かッ!!」
くわっと目を見開いて恫喝するシニュエルにヨハンは涼しげな顔で答えた。
「ええ、叔父上の言うとおり、彼女は夜の娘の実でしょうね。貴方も精霊にも聞いたんでしょう。」
「あたりまえだ!おかげで森の精霊たちに広まって大変な騒ぎだ。大体貴様は!!」
くわわッとさらに恐ろしい顔をして、唾を飛ばす勢いで怒鳴るシニュエル。
思わず耳を塞いでしまった。
「アレがどれほど大切な存在か分かっていただろう!!」
「ソウデスネ。」
「本来であれば人間と暮らすなど言語道断、もしもアレに何かあったら先祖に顔向けできん!!
今すぐアレを里に連れて来なさい!今すぐ!!すぐに行けッ!!」
「いやいやいや、叔父上そうも行かないですよ。」
「何だ。」
突然落ち着いた叔父に拍子抜けしながらも、ヨハンはリカが魔法の修行中であることを説明した。
いくらエルフ達にとって重要な意味を持つ娘だからと言って、イリアスと同じくらいの幼い娘を無理やりマリエッタの元から引き離すのはあまりに可愛そうだ。
シニュエルに今のリカの現状を説明したヨハンだったが、この頑固爺は気にも留めない。
「小さいときが肝心だ!今すぐつれて来い!そうすれば私の孫として育てるッ!」
「それが本音ですか。」
思わず飛び出たシニュエルの本音に、ヨハンが苦笑する。
確かに彼の孫となれば、そうそう手出しはできまい。
が、シニュエルの計画はそこで終わらない。
「当たり前だ!アレはエルフの森で暮らして、ゆくゆくは私の孫の誰かに娶らせ、子を産んでもらう。」
「彼女が嫌といったらどうするんです。」
「それならまた考える。」
あまりに行き当たりばったりなシニュエルの言葉。
どうやら彼もそうとう切羽詰っているらしいことは分かる。
彼女がエルフの里に住めば、精霊もそこに集まってくることは目に見えている。
精霊たちがそこに集まれば、精霊に力を借りて暮らすエルフには大変ありがたいことなのだ。
だが、そんな理由で移住しろなどと言われてはたまったものではない。
「彼女は聡明な子ですよ。とてもイリアスより年下には見えないほど言動もしっかりしている。
そんな事は私の友人も許さないだろうし、なにより彼女は魔術師になる修行を開始したばかりなのに、師匠から引き離されて誰も知らない土地へ移って、また一から修行をし直すなんてあんまりでしょう。」
「う、しかし。」
さらに畳み掛ける。
「彼女はとても頑張り屋さんなんですよ。この一月、自分の魔力が特殊すぎるせいで魔力の調整を必死で覚えたんです。ようやく彼女が師匠から魔法の手ほどきを受ける段階で、師匠と引き離すなんて彼女の努力を水の泡にするようなもの!貴方は鬼だ!!」
「うぐう。」
ヨハンに断言されて、シニュエルはたじろいだ。
たしかに彼女の意思を無視して無理やりつれてくれば、エルフにいい感情を持たないだろう。
うっかりすれば嫌われて彼の野望は叶わない。
「しかし、エルフの里で暮らしたほうが危険も少ない。
彼女には大切な使命があるのだ。
その前に命を落とすようなことがあってはいかん。」
「それは分かっています。今は彼女の師匠もしますし、私の友人も目を光らせていますので危険は無いでしょう。それに彼女は人間であることに代わりは無いのですから、人間の世界で育つのが自然でしょう。」
それよりいい考えがある。
にやりとヨハンはシニュエルに見えないところでほくそ笑んだ。
若いエルフを一人くらい巻き込んだほうが、面白いことになりそうだ。
「私にいい考えがあるんです。」
「なんだ、言ってみろ。」
「イリアスを貸してください。我々エルフはもっと彼女の住む人間の世界を知っておくべきです。
ならば若いエルフを彼女の元に連れて行くのです。
もちろんイリアスもまだ幼いから一月に一度か二度程度にして、彼女と交流させるといいのではないでしょうか。小さいもの同士きっと気が合うはず。イリアスはエルフなのですからもちろんすぐにリカと仲良くなれると思いますよ。
そうすればイリアスもリカや彼女の住む世界の事を体験できるわけですし、リカも信頼できるエルフの友達のいる土地なら、来たくなるかもしれないじゃないですか。」
「ふぅむ、それはいい考えかもしれないな…よし、アイサスには私から話しておこう。
イリアスにはお前から離したほうがいいな。」
どうやらシニュエルは納得してくれたらしい。
こうしてリカの知らない所でリカ勧誘計画が持ち上がっていたのだった。




