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ヨハンは変わり者だった。
ハイエルフの割には考え方が柔軟で、森を抜け出し王都の魔法学校へ視察に訪れるという前代未聞の行動を起こしたりする程度には変わり者だ。
エルフは本来なら森に住み、一生をその森で過ごすのが普通で森から出ることはまず無い。
普通のエルフですらそうなのだから、さらに高位であるハイエルフなどエドガーは生きているうちにお目にかかれるとは思ってもいなかった。
しかし、魔法の勉強が好きすぎて森で勉強するには飽き足らず、人間の魔法学校なるものがあるらしいと聞きつけたヨハンは、エルフの住む森からはるばるこの魔法学校まで見学しに来たのだ。
だが、ヨハンが思っていたより魔法学校の技術レベルは彼の心を動かすほどの物は無かったのだが、まだ普通の学生だったエドガーの論文にヨハンが偶然にも目を留め、興味を持ったのが始まりだった。
彼らは三日間寝ずの討論の末、友情が芽生えたのだ。
その友情の証が召喚魔法の誕生である。
学生ながらも天才であったエドガーにヨハンが柔軟で的確なアドバイスをしたおかげで、研究はとんとん拍子に進んだ。
その後も手紙でやり取りをしていたのだが、研究の話をするには手紙では不便だという事で、この鏡を作成するに至ったのだ。
しかし、始めのうちは研究だのなんだのと使っていたが、最近は仕事や論文もたまり、なかなか連絡できないでいたため、連絡も疎かになり鏡は物置に仕舞われていたのだから彼の不満も仕方の無いことだった。
「それで?研究が煮詰らないと連絡すらとれない多忙な魔法学校校長殿は友人に一体何の用だい?
いくらエルフが退屈な生活をしているからっていっても私にだって色々仕事もあるんだよ。
くだらない用事だったらただじゃおかないぞ。ただでさえ森の精霊たちが騒がしくてその対応に追われているんだからね。」
「精霊が…?どんな様子なんだい?」
「とにかく落ち着かない。踊り狂ってる者もあれば、泣いているものもいる。原因は分からないから森じゅう大騒ぎさ。」
ヨハンの話にエドガーはぴんときた。
どうやらリカの影響が遠くはなれたエルフの森にも影響を与えているようだ。
一度しか見ていないが精霊たちのあの喜びようは異常だった。
「ヨハン、今回君に話したかったことはその件と関係があるかもしれないんだ。」
「精霊に?一体なにがあったんだい?」
エドガーはリカのことをヨハンに話す事にした。
ウェサニル樹海の奥地から現れた不思議な幼い子供のこと。
小精霊が大喜びで群がるほどの純粋な魔力を持つせいでうまく魔力の制御が出来ないで魔力が垂れ流し状態になっていること。
ヨハンがリカにほんの少しだけ手を貸してくれれば、きっと魔力の制御がうまくいくに違いないこと。
エドガーが一通り今回の事を話し終えると、ヨハンはその森の様な瞳をきらきらと輝かせていた。
顔には満面の笑みが広がっている。
「君といれば面白い事が湧いて出てくると常々思っていたが、まさか君があの娘を見つけてくるなんてね。」
「君は彼女を知っているのかい?」
「エルフの古い伝承に残っているよ。
大樹が生み出すといわれる、最後に残された夜の娘の実。
エルフにのみ語り継がれる伝承だからこれ以上は君にも教えられない。
だがその娘が夜の娘だというならすぐにマリエッタ女史のもとに向かった方がよさそうだな。
きっと彼女はエルフと同じような方法の方がやりやすいだろうしね。」
「よろしく頼む。彼女と師匠には手紙で君が向かうことは伝えておく。」
エドガーがそう言うと、ヨハンはなんだか生暖かい目で見つめた。
いったいなんだと訝しがると、ヨハンはため息をついて彼に忠告した。
「君が夜の娘に入れ込むのは分かるが君が彼女に引かれるのはその純粋な魔力ゆえだぞ。
君ほど魔法にどっぷりつかっている人間であれば彼女の虜になって甘やかしてもおかしくはないが、そんな君を見て夜の娘が勘違いしたらどうする。普通の人間にしてみればただの人間と変わりないんだぞ。
それを幼い時期に変に勘違いして傲慢な小娘に成長してほしくない。」
ヨハンにまで釘を刺されて言葉につまる。
まさかヨハンにまで言われるとは思っていなかったのだ。
「う…わかってはいる。師匠にも釘を指されたしな。
だからこうしてお前に頼んでいるんだろう。そうでなければ私が手取り足取り教えているさ。陰ながら彼女を援助するくらいならいいだろう!お前も私の事をばらすような事は言わないでくれよ。」
「やれやれ…本当に分かっているのか?」
「しつこいぞ!」
しつこく疑うヨハンを振り切るように手鏡の魔力を切るとヨハンの映像はゆがみ、あっという間にただの鏡に戻ってしまった。
ようやく一人になると、エドガーは自分の書斎に戻り、ため息をついた。
ヨハンに言われなくとも分かっているのだ。
せいぜい彼女に会ったのはあの夜だけで、後は手紙のやり取りくらい。
マリエッタから様子を聞いているとはいえ、その程度しか面識のない子供に執着するのは自分の魔力が彼女の魔力に惹かれているのにつられて、感情まで惹かれているからだ。
普通の人間からしたらとても奇妙な光景に違いない。
しかしエドガーは机の上のやや歪んだ字の躍る手紙を見つめると、それにそっと指を滑らせる。
『わたしの好きなもの それは マリーさん、森の狼たち、リッキー、空色のリボン、蒼の髪飾り、それから私を支えてくれる名前のしらない優しいあなたです。』
始めのころより文字のゆがみが消えたのが良くわかる手紙だった。
手紙でしか分からぬ少女の心の優しさにほだされて、尽くしている男がいる。
ただそれだけのことだ。




