12
それからエドガーが現実世界に帰ってきたのは、日が暮れたころだった。
もうすぐ夕飯の時間だったが、まったく腹がすかない。
それほどに彼はリカからの手紙を何度も読み返していた。
ようやくそれも満足すると、マリエッタからの手紙も来ていたのだったと思い出して、封を切った。
手紙の内容はリカが文字の勉強をしたいので、それの相手をして欲しいという内容だった。
「もちろんです!!」
誰もいないのにエドガーは立ち上がって叫んだ。
びっくりしてホルホルとリッキーもギャッと叫んだ。
さらに読み進めると、あれからのリカの様子をつづった内容だった。
どうやらリカは控えめな性格らしく、プレゼントをもらっても喜ぶ前に、知りもしない送り主にこんなにたくさんもらって申し訳なさそうにしていたらしい。
やはりリカは思っていたよりも年上なのかもしれない。
成長不良なのだったら、今度は食料をたくさん送ってやるのもいいな。
さらに、私が送った中でも気になっていた髪飾りは大層気に入ったらしく、もらった日につけたきりで大事な日につけるために大切にしまっておき、代わりにラッピングに使用されたリボンをもっぱら愛用しているらしい。
これを聞いた途端に、次の休暇は城下に行ってリボンを探してこようと決めたエドガーだったが、そのあとに続いた文章に、ぐしゃりと手紙が歪んだ。
文通は頼んだけどアンタの名前をばらすんじゃないよ。
アンタの名前はそこらじゅうの本に載ってるんだ。
可愛いリカにアンタの顔を見せてあの子の心に傷がついたらアンタの責任だよ。
リカはあんなちっさいけど頭はいいんだ。せいぜい気付かれないように頑張りな。
とだけ書いて終わっていた。
いつも思うのだが、師匠は私の事をそこまでいじめて楽しんでいるのだろうか。
真剣に考えてしまったエドガーだが、その考えを振り払った。
師匠は真剣にリカの将来を案じているのかもしれない。
もし、将来魔女になるのなら、魔術学校に入ることになるだろう。
なのに、子供のころに私を恐ろしいと心に傷を作ってしまい、あんなオッサンがいる学校なんて生きたくないと思うあまり、魔術の勉強をあきらめてしまうかもしれない!
そのときエドガーは、リカが魔女になるために全力で支えようと決意した。
例え彼女が自分の事を知らなくてもいい。
それが彼女の将来のためなのならば、自分はどんなことでも我慢できる。
いや、でもあのこにエドおじさまと呼ばれた…いや、我慢我慢…でも…。
彼の部屋の明かりはとうとう日があけるまで消えることはなかった。
数日後、ウェサニル樹海に一羽の隼がやってきた。
それは迷うことなくマリエッタの家の窓へと降り立つと、甲高い声でマリエッタを呼んだ。
「おや、ずいぶん遅かったねぇ。」
『我が主は何かの病にかかったらしい。いつもなら原稿用紙が足りなくなるくらい論文を書くくせに、今回は一言二言書いては魔法で燃やしている。なにか悪いものでも広い食いしたと推測する。』
マリエッタは手紙を受け取るとお礼に鹿肉のかけらをホルホルに差し出した。
それをゆっくりと口にしながら、ホルホルはいつもは感じない魔力の気配に気がついた。
それも彼の大好きな上質な魔力だ。
『だれぞいるのか。』
「ああ、アンタの主の病気の原因だよ。リカ、コッチへおいで!!」
マリエッタが部屋の奥へ声を張り上げると、少しの間のあと慌てて駆けてくる小さな足音が聞こえてきた。
ホルホルは、はてと首をかしげた。
この家にこんな小さな生き物はいなかったはずだが。
部屋のドアを開けてそこから頭を出したのは、幼い黒髪の子供だった。
それがドアの影からホルホルをくりくりした目で見てくるとその目をほじくって食べたい衝動がホルホルの胸に湧いて出る。
それほどその小さな人間から溢れているのは純粋で美味しそうな魔力だったのだ。
もしかしたらエドガーの膨大な魔力をもらうよりも、この子供の魔力をほんのひと舐めするだけでも満足できるのではないかと思う。
確かにエドガーほどの魔術師であれば、この魔力に異常に惹きつけられているのも不思議ではない。
しかし、ホルホルはこの魔力に違う気配を感じていた。
この娘、我々と同じでこの世界とは違う匂いがする。
ホルホルの鋭い嗅覚は敏感にそれを嗅ぎ取っていた。




