第五話 白
あくまで私の結論ですが、つまるところ恋とは、いわゆるルールやテーゼと言ったものとは無縁であり、その人が恋だと思えば恋なのだと思います。だからこそ恐ろしいのです。おのずから蠢き始める想いは、恋の名のもと、物の良し悪しも正常も異常も境なく、なんでもかんでも飲み込んで膨れ上がって、その行く末は、宿主にすらわからないのですから。
私は、目をそらしていました。直哉の美しさを讃え仰ぎ見る歓びに浸って、それしか知らないフリをしていただけです。
苦痛に落ちる直哉を前に、その痛みを自分の中で疑似的に再現し、共感することで直哉の感覚そのものを貪りにかかった私は、もはや信徒ではあり得ませんでした。
衝動に焦げ付いた私の心臓は、直哉を苦しめ痛めつけ、冒涜の限りを尽くし爛れた心臓は、言うまでもなく醜悪で、吐瀉物など比べ物になりません。そして一度焦げて爛れたものが、ハリとつやと清廉さを取り戻すことなど絶対にないのです。
直哉の美しさだけをへその緒で供給された目すら明かない胎児は、暗い羊水の中でならいくらでも美しくいられました。何度も何度も声を上げるその日を想像して、上手に直哉と呼んであげられるつもりでした。
けれど憎たらしいあの太陽のもとに晒されて、産み落とされて、光の下で悶える直哉の美しさに眩んだ眼をこすって、漸く目の当たりにした自分は醜く、初めて直哉と読んだその声は涙が出るほどおぞましい。
私の恋は汚い。酸素に触れればすぐに腐っていく、そんな不良品でした。
次の日、皮肉なほど晴れ渡った青空と太陽の光の下、常のごとく直哉と友人に鉢合わせ挨拶をし、昨日はありがとう、と常とは違う言葉を付け足された私に襲い掛かったのは、何を隠そう羞恥の心でした。照れや気まずさに起因するものではありません。直哉が礼を言う、自分自身がいかに強欲で放埒であるか、知ってしまったが故の羞恥です。
そんな状態でしたから、いつものように授業中の直哉を盗み見ることなどできるわけもありませんでした。ただでさえ行儀の悪いそれが、いよいよ涜神行為であるように思えて苦しくもなりましたし、また、私にとって、それは多分、パンドラの箱を開くようなものなのではないかとも恐ろしくなって、どうにか歪んだ習慣を洗い流そうと試みるうち、時間は過ぎていきました。
ところが、その日の最後の授業中に
「雪本」
教師が直哉を呼びました。
一日の終わりの気の弛みからか、考える間も止まる間もなく、ほとんど反射のようにして、ちらりと、ほんの少し視線を向けるだけのつもりで、ともかく安易に、うかうかと目を向けます。
髪が、さらりと直哉の頬をなでました。少しぼうっとしていたのか、
「あ」
と口を薄く開いて声を漏らします。夢に見たのと打って変わって、その唇は一切の傷も痛みも見えず、どうしようもないほどに柔らかそうでした。二重の目を少し瞠ってやや忙しなく教科書をめくり、問題を確認して立ち上がります。まだ少し動揺しているのか、ほとんど無意識にでしょう、きょろきょろと軽く辺りを見回してその拍子に、私の視線とぶつかりました。
何事もなく、ただ彼の回答を待つかのように黒板に視線を戻すと、一瞬後に直哉が黒板に向かいます。
ほとんど永遠に思えたその一瞬で、私は苦く後悔を噛みしめました。少しばかり表情に出たかもしれないくらい、全身が強張っていました。
見なければよかった。白い肌なんて。釦を開いた詰襟から僅かにのぞく、夢より白い肌なんて。
その夜、また直哉の夢を見ました。今度は教室です。誰もいません。直哉の襟は、開いていました。
今度は、「痛い」とも言わず、どころか、表情すらはっきりしません。ただ美しいことと、重複になるようで些か滑稽ですが、直哉であることだけはわかります。襟の向こうに見える白い肌がやけに生彩に眩きます。
直哉がついっと、私の唇を中指と人差し指で挟んだり、なぞったりしました。くすくす笑って、その右手の人差し指と中指でピースサインを作って見せると、真っ白い粉がうっすらと付着しています。昼間の問題を解くのに使用したチョークでしょう。
胸元の肌同様、その白ばかりやはり鮮明です。
直哉は無言で、もう一度、私の唇にその二本の指を寄せました。体は近づけません。不思議と罰されている気分です。そのうち散々私の唇を白くした指が唇を弱くこじ開けて口内に入ってきました。石灰の味が直哉の味のように思われて、頭の奥がぼうっとしてきます。わずかに溜まる唾液の池を指が跳ねて微かに音をたて、彼の生々しい唇が、甘ったるく動きました。
「助けて」
そこで覚醒しました。時計を見ると、寝てから十分も過ぎてはいないようでした。これでは夢と言うよりは妄想です。
体は熱を孕み動悸は少しばかり弾んでいましたが、頭は冷静です。覚えているうちにつらつらとまとめます。
詰襟は、色合いや質感に留まらずその釦の文様や校章に至るまで精緻に描写されていました。黒板の配置や、学年目標の文字、自分の席の位置とパイプの歪み、錆と言った教室全体や物品の有様もことごとく正確です。夢自体が曖昧模糊としているわけではありません。直哉のその表情ばかりが焦点を結ばないのです。
また、火傷の痕のない以上、直哉の「助けて」の意味は昨日の夢とは一線を画していると考えていいはずでした。では何をもって助けてほしいのでしょう。もっと踏み込んで有体に言うならば、直哉の口を借りて、私自身が要求しているものは、一体何でしょう。
襟が開いていたことが、手掛かりでした。昼間に見て印象が鮮明だったというなら、そもそもずっと前から直哉は詰襟を開いているのに、昨晩の夢ではきっちりと閉ざされていたのは、どういうことなのでしょうか。
そのまま目を閉じて、開いた襟を、白い喉元を、思い返します。
わずかにのぞいた鎖骨が小さな影を落とし、伸びた青い血管がうっすらと透け、眩暈をもたらす、白い肌。触れればそこはさらりとつかみどころなく逃げてしまうのでしょうか。それとも、しっとりと吸い付き捕えてくるのでしょうか。もし彼に触れてもいいのなら、私はその一つ開いた釦を、閉ざすでしょうか?―いいえ。
直哉の詰襟が一番上まで窮屈に締まっているのは、私が直哉をただ見ていた頃の象徴なのだと思います。その時の直哉は私にとって、実体を持たない、声と見た目しかない何かです。
そんな彼自身の痛覚をまざまざと見て、あてられてしまったのが昨日。その夜の夢の中では、詰襟を締め切った直哉が助けを求めて、それを私が剥ぎ取り、そこで漸く、私の中で、直哉が肌と五感を持つものになったと仮定します。
あの夢の主役が痛覚だったのは、苦痛に歪む直哉が火種となった夢だからです。表出の仕方が多少他人とは異なったかもしれませんが、自分が相手に触れたその感覚と相手が自分に触れられたその感覚とを求め焼き尽くしたあの炎は、それこそ情欲に違いありませんでした。
そうしておぞましく黒焦げになった私の目に、今日の昼間、いつも通りの第一釦を開けた直哉が、そのすっかり火傷の癒えた白々しいほどの肌が飛び込んできて、つまりそれが新たな熱になったのだとすれば、先ほどの直哉が「痛み」を要求してこなかったことに説明がつきます。
わかってしまえば下らないこと、私は痛覚でなくって、快感を媒体として直哉とつながりたいと思い始めたのです。
しかしそれを夢で再現するには材料が不足しているのです。痛みに苦しむ直哉は昨日目の当たりにしましたし、自分も火傷を何度かしたことがありますから想像することができ、共有したつもりになれました。しかし、当然快感に浸る直哉や肉欲に駆られている直哉は見たことがありませんから、直哉がそういうときにどういう表情をするのかわからず、私自身、性どころか恋愛感情からさえ相当に遠かったもので、どれほど欲求が熱を持とうと、それが満たされた感覚の材料、つまり火種がありません。だから発火できなくて、直哉の顔がぼやけたのでしょう。
せめて自分一人だけでも火がついてしまえば、その感覚を直哉に流し込んで、作り上げてしまえるでしょうが。
次回は明日12時の投稿を予定しています




