【第八章】自白剤
「あの男、何様のつもりなのかしら」
夜着に着替え自室のベッドに身体を投げ出したアラディアは、胸にチリついた痛みを抱えてつぶやいた。
(不機嫌宰相補佐官とはよく言ったものね)
思い返すのはマクシミリアンのことだ。アイリーンの失踪に、彼が直接関わったかはわからない。ただ失踪の夜の振る舞いを考えれば、聡明な彼ならば「多くの疑念が自身に向く」と理解しているだろう。
なのに、不遜な証言拒否を繰り返す。
(あれでは、自分が重要参考人だと言わんばかりじゃない)
見慣れた天井に、侮蔑を宿した男の紺瑠璃の瞳を思い浮かべた。
そもそも。降霊術の失敗も、鍵を握るマクシミリアンのアカシック・レコードを辿れなかったことに起因していると感じている。神霊の宿り手の気まぐれで「視えないこと」はままあるが、魔女のプライドは傷ついていた。アラディアは小さく頬を膨らませ身を起こすと、勢いをつけて立ち上がった。
――マクシミリアン・ノースウッド。
あなたのレコード、絶対に見せてもらうんだから!
意気揚々と目標を掲げてみたものの、問題は山積だ。ガードの固いマクシミリアンに接触するのは至難の業だと想像がつく。いっそ殴って昏倒させてしまおうかしらと不穏な単語までよぎる始末だ。
何より宿り手の不発が心に影を落としている。次の失敗は許されない。失態を重ねるたびあの男は警戒を強め私を排除するであろう。それは完全な敗北を意味していた。
(でもギフトの発動は制御できないしなぁ……)
唇に指を添え、部屋の中を歩き回る。歩調は焦る気持ちに呼応するかのように、早まっていった。
「あ」
ピタリと足を止め、アラディアの銀色の瞳に光が差した。
「自白剤――!」
壁際の鏡台に駆け寄ると、一番上の引き出しの鍵を開ける。二重底の板を外せば、小さなピローに置かれた切子のガラス小瓶が顕わになった。片手に収まるしずく型のボトルには、小さなバブルアトマイザーが取り付けられている。
この薬は、王都南のデセルトゥス地区と呼ばれる貧民窟で作られたものだ。正統なウィッチクラフトの系統を守る黒魔法道具店『鉄鍋に宵闇』の店主が、アラディアのために特別に調合した秘薬である。
魔法薬師であるハイドとは『サンデルボーテパーク・愛犬毒殺事件』以来の旧知の仲だった。彼はその出自により冤罪で毒殺犯に仕立てられ、死の宣告を受けた。その後真犯人を暴いた円卓の魔女に、命を救われたのだ。
黒魔術を操る彼は、魔女を詐称するアラディアの良き理解者となった。魔女っぽい振る舞い、魔女っぽい演出。貴族令嬢が魔女に見せかけたいとかふざけた話があるなんてなと、笑いながらも付き合ってくれている。そのハイドに冗談めかして渡されたのが、この小瓶であった。
もちろん、黒魔術謹製の違法薬物。
見つかったら異端審問は免れない――。
殴って昏倒か、違法薬物か。
でもあの不機嫌宰相補佐官が、自ら真相を語りだしてくれるなら、気分よく目的を達せられるのではないかしら? もちろん薬を使うのは初めてだから恐怖はある。自分の能力以外を頼るのは、口惜しくもあるけれども。
解決の糸口を掴んだ高揚感に包まれて、アラディアはベッドに潜り込む。
(明日はしっかり魔女の役目を果たさなくては)そう自分に言い聞かせて、暗闇に意識を落とした。




