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【第七章】高名な依頼人・2

 円卓を挟んで差向いにエルヴィンを座らせると、アラディアは両肘を立て、唇の前で手のひらを合わせて切り出した。

 

「レディ・アイリーン捜索の真の依頼者は、貴公ね。ホールドハースト卿」

 

 澄んだ水色の瞳孔が、驚きできゅうっと小さくなった。

「どうして……わかったのですか」


 アラディアは小首を傾げて、微笑んでみせる。

「あなた、夜会のホールで私の姿を見たとき、明らかに安堵したから。魔女が来るのを知っていたのではないかなって」

 準王族であるマスクレイヴ辺境伯の仲裁のあと、見知らぬ黒ずくめの女の登場に、ロバートとマクシミリアンは警戒を解かなかった。唯一エルヴィンだけが眉根を緩ませたのを、アラディアは見逃さなかったのだ。

 

「王太后様は、貴公のお祖母様の姉君で、名付け親でしょう? ならお願いできる立場だし」

「ここまでの推測、あってるかしら?」

 じっと見据えて同意を促すと、肩にかかった黒髪がはらりと落ちた。王太后とのくだりはアカシック・レコードで確認済みだ。自信を持ってグイグイ行ける。

 

「安堵ですか……。驚きました」

「久しく感情を読まれることが無かったものですから」

 エルヴィンは自分こそが真の依頼人であることを素直に認めた。王太后に名借りしたのは、より上位の権威を求めたからだという。

「アイリーン嬢とのことが起きてから、マックス……、いえノースウッド卿の態度は頑なで、私を避けるようになりました」

「ですから私の依頼では、貴女も拒絶されると思ったのです」

 賢明な判断だわと、アラディアは同意した。もっとも王太后様からの依頼でも、さっき見事に拒否されちゃったんだけどね! 取り付く島のないマクシミリアンの横暴な態度を思い出し、少しだけムカついたあと、目前の近衛騎士に同情を覚えた。


 二人の若き公爵は替えの効かない親友だったのだ。

 エルヴィンの現世記憶には、幼き日々を共に過ごした黒髪の男の子の姿が常にあった。この頃のエルヴィンは表情をコロコロ変えていて、マクシミリアンの目も、輝かしい未来を信じるかのように明るく屈託がなかった。


「ここからの話は人に聞かれたくないの。ホールドハースト卿、隣に座ることをお許しになって」

 エルヴィンからの許可を待たず、アラディアは円卓の弧に沿って移動して、隣に腰掛けた。立会人として後ろ手を組んで傍観していたマスクレイヴも、するりと近づく。三人の距離が密になった。

 

「わたくし、失踪の原因が男女の痴情のもつれなら、レディ・アイリーンを探し出すのは、本当に彼女のためなのかずっと考えていて」

「探され、愛を乞う異性に告白され、ハッピーエンド」

「それが望みなら、失踪なんてしないもの」

「これって男の勝手じゃないかしらって」

 半分憤りを含んだ口調だったが、紛れもないアラディアの本心だ。

 

「……そうでしょうか」

 アラディアはふるふると首を振りながら、つぶやくように絞りだされた声の持ち主を見上げる。伏し目がちな双眸からは変わらず、心の動きは読み取れない。


(澄ました顔をしていても、今、彼の頭の中は大騒ぎね)


 降霊術で読み込まれた、膨大な現世記憶。人の三倍レコードのうるさいエルヴィンの解析はすっかり終わっていた。


 だから今、核心をつける。

 

「でも違うのね、ホールドハースト卿」

「貴方はずっと後悔してる」

「自分の未熟さ、至らなさを」


「――――っ!」


 ビクリと肩が上がり、エルヴィンの顔に驚きが宿る。

 

「貴方は初めての気持ちに浮かれて、自分しか見えていなかったんじゃないかと思ってる」

「友が同じ女性を好きだということにも気づかずに、自分の想いだけで彼女に接してしまった」


「親友のノースウッド卿。女癖の噂は褒められたものじゃないけれど、貴方にとっては無碍に淑女を扱うような人間ではなかったのでしょう?」

「自分はそこまで彼を追い詰めてしまったのではないか」

「結果、レディ・アイリーンとノースウッド卿の二人を失ってしまったのだとしたら」


「どう……し……て」

 震えながらきつく結ばれた唇は、人形ではない生々しい人間そのものだ。血を通わせたエルヴィンの姿を見て、アラディアはほっと胸をなでおろす。


「ごめんなさい。魔女という生き物は、他人の一番柔らかい部分に土足で踏み込んでしまうものなの」


「貴方は謝ろうとしていた。二人がもし惹かれ合っているなら、自分の想いは棄てて心から応援したいとも思ってる」

「そのために私を頼った」

 謎解きタイムは終了だ。「……あなた、優しい人ね」と、本音が口をついて漏れ出していた。

 

「いいえ。そんな綺麗なものでは」

 俯いたままエルヴィンは、小さな声で言った。

「私は誰も失いたくないだけなのです――」

 

 誰も失いたくない――。ややもすると陳腐に聞こえる言葉だが、十二年前の悲劇を知るものには重くのしかかる言葉だった。王都に知れ渡る、公爵家の悲劇。カントリーハウスの火災でエルヴィンは最愛の母と妹を喪した。その日を境に、少年から笑顔が消え、表情の発露も消失する。


(そうして貴方は人を護る騎士を目指した)


 よくもまぁ、あの短時間の儀式でここまで記録を視せてくれたものだとアラディアは感心する。エルヴィンの場合、冷たく徹する相貌は、あれほど騒々しく豊かな内面を気取られないための処世術でもあるのだろう。


 太ももの上で固く拳を握りしめ、うつむいたままのエルヴィンに、アラディアはシルクのハンカチを差し出した。


「泣いていいわよ」

「え?」

「だって、今にも泣きそうじゃない」

 優しく虚を突かれて、エルヴィンは頭を振る。「騎士が涙など決して」と強がる言葉と裏腹に、声はかすれて吐息も漏れた。


 アラディアの脳内に流れるアカシック・レコード。幼き頃、小さな白い公爵はいつも大粒の涙とともに記録されていた。領地内、小川の魚を捕まえようとする妹に「あぶないよ」と泣きじゃくる兄。これじゃどっちが年上か分からないじゃない! 思い出はそんな幸せな日々を記録していた。

 

「でもあなた、本当は泣き虫でしょう――?」


「――っく!」


 透き通ったガラス玉のような目から、堪えていた涙があふれだす。受け取ったハンカチに顔を埋め、嗚咽をこらえるエルヴィンを、アラディアは聖女のような眼差しで静かに見守る。


「大丈夫よ。貴方は何も失ってない」

「慰めにもならないかもだけど、女の勘ってやつ」


 根拠のない呟きのような言葉だけど、優しい騎士の癒しにでもなれば。

 そんな願いを込めて、アラディアは言葉をかけていた。

 

 ◇ ◇ ◇


 パーティーから帰る馬車の中、マスクレイヴ辺境伯は終始上機嫌だった。

 降霊術の失敗は残念だったと慰める様子にも、大人の男の余裕を感じさせる。


 辺境伯は、生まれた時からエルヴィンを知っていた。

 いつしか表情も乏しくなり、笑わなくなったエルヴィンを、長らく心配していたようだ。


「あの鉄面皮の彫刻男を泣かせるとは。ピーチャム嬢は存外罪な令嬢だね」

「ところで。常に家具一式を携帯しているのだろうか?」

 好奇心旺盛に問われるのはいいのだが、褒められているのか、貶されているのかイマイチ掴みきれずに、アラディアは曖昧に笑う。

 

 マスクレイヴ辺境伯はピーチャム伯爵邸にアラディアを送り届けると「今日は楽しませてもらった、感謝する」と伝え、颯爽と家路についた。


 しかしアラディアの耳には、辺境伯の発した「降霊術の失敗は残念だった」の言葉だけが、深く残っていた。

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