【第六章】神霊の宿り手
現世記憶を読むにあたり、円卓の利点は『手を握り素肌に触れる』ということ以外にも存在する。
偶然の発見であったが、アラディアは人と人が互いに素肌で繋がっていれば、自身が直接触れずとも他人の体を伝ってレコードの遠見が可能なのだ。それはドロシーを参加させた理由でもある。
まぶたの奥に白い光が宿ると、一気にレコード映像が脳内へインストールされる。
『……あの日見つけてしまった子リス。その瞬間君の周りだけが少し輝いて見えて、どうしてもその存在を確かめてしまいたくなったんだ。予期せぬダンスの申込みで君は戸惑っていたね。伏し目がちに戸惑うエメラルドグリーンの瞳を見たとき、どうしようもなく郷愁にかられてしまった。ずっとずーっと生まれる前からこの出会いを求めていたのではないかと勘違いしてしまいそうになるほどに。華奢な体、小さな口、折れそうに思う細い腰――。剣の道に生きる自分は他者との距離を掴むのがどうしても不得手で、君の不安を払拭する優しい言葉すら出てこない。ダンス中も触れると壊しそうで緊張してしまい、上手く踊ることができなかった。こんな無骨な男は彼女に嫌われても仕方がないと落ち込んだけれど、次のダンスの申込みも受けてもらえてとても嬉しかったんだ。こんな幸せがあっていいのだろうか。ああ、アイリーン、アイリーン、アイリーン、小さな子リスよ。この胸の奥の温かい気持ちを、なんと呼べば良いのだろう、アイリーン!!!!』
(?!?!?!!!)
(あああああ、うるさい、うるさい、うるさーーーーい!)
感情のまま早口で捲し立てられるようなアカシック・レコードを流し込まれて、アラディアは椅子から飛び跳ねそうになるのをぐっとこらえた。
(誰これ。いや、ホールドハースト卿の記録よ……ね???)
(彼、無骨……かしら。優男の風貌なんだけど。まあ自認の評価ですもんね、深くは突っ込まないけど)
『昨日の夜、寝る前にも剣の稽古をしてしまい、今朝は空腹をひどく辛く感じる。朝食のメニューはなんだろうか、楽しみだ。いつもの半熟ゆで卵もいいが、卵焼きならとても嬉しい』
(……そう、卵焼きが好きなのね)
『やった、今朝のメニューは卵焼きだ。勝利の女神よ、感謝します』
『はぁ、卵焼きは美味しいなぁ。僕はやっぱり卵焼きが好きだなぁ』
(ちょっとまって、ホールドハースト卿って、一人称『僕』なの???)
(いえ、違う。落ち着け、落ち着くのよ私。彼のレコードに押し流されては駄目)
怒涛の如くエルヴィンに現世記憶をインストールされ、アラディアはキャパオーバーとなり、脳内が決壊しそうになった。言葉を語らず、大理石の彫像のように表情を崩さない彼の内面は、人一倍……いや三倍は饒舌であるようだ。ノイズの多さに辟易しながら、アラディアはエルヴィンの絶え間なく絡み湧き出る海原のようなアカシック・レコードの渦を注意深くかき分けて、他者の記録を探り当てていった。
魔女の儀式は終了した。
ふうっと大きく息を1つ吐いて、円卓の魔女は銀の目を開く。
「降霊術は執り行われました。ただ――」
「未熟さに恥じ入るばかりですが、レディ・アイリーンの守護霊は呼びかけに応じてはくださいませんでしたわ」
事実上の敗北宣言だった。失踪事件に関して視えた情報は、期待を遥かに下回っていたのだから。
・エルヴィンのポエムによるアイリーンへの純粋な好意。
・警備中のロバートが見た、口づけ後のアイリーンはマクシミリアンから早足で離れ去り、遠目には泣いているようにも見えた。
・子爵家の部屋で、二人の公爵に慕われ戸惑いながらも未婚の誓いは崩さないと親友に語るアイリーン。
視えた3つの記録は、既知の情報の裏付けにしかならない。これはちょっと厄介なことが起きたと、アラディアは表情を曇らせる。
「あの、守護霊は呼びかけに応じないって、アイリーンはもう……」
不安をいっぱいに抱えたドロシーが問いかける。
「いいえ、ごめんなさい。これは本当に私の能力が至らないだけなの」
「それでも、あの夜の出来事を見ていた精霊たちは応えてくれました」
「ノースウッド卿とレディ・アイリーンの間に中庭で起きたこと。ロバート・サイモン様が見たことは事実なのだと」
ドロシー以上に、アラディアも残念な気持ちだった。未だかつて降霊術をこれほどしくじったことはない。きゅっと下唇を噛みしめる。
「ははっ、魔女の儀式などやはり茶番ではないか!!」
アラディアの傷心に追い打ちをかけるように、不快感を隠そうともせず、マクシミリアンが吐き捨てる。
今回の降霊術に関して、アラディアは何も言い返せなかった。レディ・アイリーン失踪事件の手がかりは得られなかったのだから。
(失敗は認めるけど、たまにはそういう日もあるのよ!)
蔑まれて、アラディアはダダ凹みになる。宿り手はその名の通り、神霊のように気まぐれなのだ。現にアラディアも見たい現世記憶が選べるわけではなく、時には何も見えないことすらあった。
言い返したい。でも言い返せない。【神霊の宿り手】は、語ることを許されないのだから。
マクシミリアンの苛立ちは頂点に達しているようだ。
「私は自身の良心に基づいた行動を恥じるつもりもなければ、ダンバース男爵令嬢と交わした行為を隠す気もない。君たちはこれ以上何を知りたいと言うのか?」
瑠璃色の目に宿る怒りを露わにしながら、マクシミリアンは乱暴にハーフグローブをはめ直して席を立つ。
「高祖父を称える式典には遅れたくないのでね、私はここで失礼させてもらおう」
アラディアは焦った。
何を知りたいですって? それは先ほどの降霊術で上手く見ることができなかった貴方のレコードに決まっているじゃない。スキルが発動しなかったのか、頭の中がものすごいうるさい白い方の膨大なポエムの記録に押し流されてしまったのかはわからないけれど。揺るがない事実として、貴方があの日アイリーンと関わった最後の重要参考人には違いないのだから。
もう一度、現世記憶を視るしかない。
去りゆくマクシミリアンを追いかけ、アラディアが手を伸ばす。
「お待ちください! 失踪前のレディ・アイリーンの様子を知りたいの。どうかもう少しお話を――」
狙いは短手袋と上着の間からのぞく、骨ばったたくましい手首。しかしアラディアの手はあっけなく振り払われた。
「王太后令と聞き、くだらぬ術には付き合った。だが、私に触れる許可を魔女に与える気はない」
明確な拒絶だ。
こうなっては仕方がない。重要参考人から記憶の映像が録れないのであれば、別ルートから攻略するまで。
「かしこまりましたわ、ノースウッド卿。それでは良い夜を」
軽い礼をし黒の公爵を見送ると、少し険悪となった部屋の雰囲気を払拭するように、アラディアはサロンの女主人のように淑女然とした仕草で微笑みをうかべる。
「それでは皆様。これにて降霊会はお開きといたしましょう」
「ロバート・サイモン様、あなたの証言は正しいと霊が教えてくれました。貢献に感謝を」
「レディ・ドロシー。このようにアイリーン様のことは王家の方も気にかけておれます。貴女が急にホールからいなくなって、お兄様も心配していることでしょう。今後の捜査は、子爵邸で良き知らせをお待ちいただければと思いますわ」
人払いをするかのように手際よく、ゲストの二人を夜会のメイン会場に戻す。いつまでも気落ちしては居られない。アラディアは一瞬で淑女から魔女への顔に変貌した。瞳に妖しい色が宿る。
部屋に残るのは、三人のみとなった。
「さて、ホールドハースト卿。貴公に伺いたいことがございますの」
「辺境伯様には、引き続き立ち会いをお願いいたしますわ」
狙いを定めたアラディアに、迷いはない。
長い黒髪を右手で後ろに払って、アラディアは悪戯っぽく微笑んでみせた。




