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【第五章】降霊術

「私は見たんだ!」

「卿がレディ・アイリーンを無理やり暗がりに連れ出すところを!」

 顔を紅潮させて、若い騎士がマクシミリアンに詰め寄っている。周りの貴族たちは何事かと驚き、一斉に視線が白と黒の公爵に集まった。


 語気荒く捲し立てられて、マクシミリアンは深くため息をついた。

「ずいぶんと想像がたくましいようだな。男女の駆け引きで、女が示す感情と内心が同じであるかなど、貴君にわかるまいよ」

 騎士は追撃の手を緩めない。

「だがその後、彼女は逃げるように消息を絶ったではないか!」

 マクシミリアンは憮然とした面持ちで、眉間のシワを更に深める。

「これは貴公の新しい取り巻きか? ホールドハースト卿」

 不快感を隠そうともせず、マクシミリアンはエルヴィンを顎で指し示した。


 横柄な態度で睨まれようと、エルヴィンは無機質な表情を崩さず、目前の親友を見つめる。

「彼はロバート・サイモン。あの日の夜会の警備担当者で、いわゆる協力者だよ」

「私はあの日の真実が知りたいんだ、マックス」


「真実など、眼の前で起きていることがすべてだろうさ!」


 憮然と言葉を吐き捨てて、二人の前から踵を返すマクシミリアンに、ロバート・サイモンが激昂する。


(きさま――!!)


 立ち去る男の肩を掴もうと伸ばされた手は、さらに大きな何者かの手によって阻止された。


「このような祝いの席で諍いごとは感心しないな」

「私の顔に免じて収めてはくれないだろうか」


 ロバートの片腕をかるく締め上げながら、大きな体躯の男が割って入る。静かで落ち着いた声色であったが、発した言葉には確かな強制力が込められていた。


「マスクレイヴ辺境伯!」


 予期せぬ大物の登場に、白と黒の公爵も、ロバート・サイモンも胸に手を当て最敬礼の姿勢を取った。さすがは王位継承権・第5位。威光がすごい。(本日2回目の畏怖)顔だけで公爵家の二人を黙らせてしまった。アラディアは他人事のように事態を眺めながら、感心しきりだ。


「礼を崩してくれたまえ」

「今日は来賓ではなく非公式の訪問だ。そこの令嬢の後見人を務めていてね」


 礼を解いた3人からちらりと見られて、アラディアは現実に引き戻される。突如現れた真っ黒い女に、マクシミリアンたちの瞳には疑念がみてとれた。さあ魔女の時間の始まりだ。静かに辺境伯の傍らに歩みを進め、カーテシーを披露する。


「皆様に名乗る無礼をお許しください」

「ピーチャム家が長女、アラディア・ピーチャム」


 お辞儀から顔を上げると、アラディアは指で胸先の虚空を斬った。軌跡は虹色に弾け飛んで魔法鞄(マジックバゲッジ)の口が開く。


「王太后様より、レディ・アイリーンの捜索を拝命いたしました魔女にございます――――」


 取り出した王太后の名が記された身分証明書をひらひらと見せつけて、円卓の魔女はにっこりと微笑んだ。


 ◇ ◇ ◇


「ここでは人目がある。別室を用意させよう」


 マスクレイヴ辺境伯の提案で、一同は夜会会場から離れることになった。廊下に出て、少し歩いた先にある小さな控室へ入る。


「失礼いたします。私も皆様のお話を聞かせてはいただけないでしょうか!」

 突然、転げ出るように小さな令嬢が姿を見せた。


 少女はおどおどと周囲を見渡しながら、ドロシー・マーベル子爵令嬢と名乗った。アイリーンとは王立学校の級友であり、遠方の領地で裕福ではないダンバース男爵家から、社交シーズンの間娘を都の屋敷で預かってほしいと頼まれて、寄宿させていたという。


「あの日もアイリーンとは一緒の馬車で夜会に訪れたのです」

「その後いくら探しても姿が見えなくなって……」

「このままではダンバース家の皆様になんとお詫びを申し上げれば!」


 階級&身分差も何のその。少女の回る口は止まらない。今日は軍人の兄に連れてきてもらった、話す機会を伺っていたと、大きな手振りで必死に説明するドロシーの勢いに、みな圧倒されている。

 アラディアはとっさに「現世記憶を視る証言者は多い方が良い」と考えて、小さく微笑んだ。突然の来訪者を快く受け入れる。


「はじめまして、ドロシー様。魔女の集いにようこそ」


 かくして小部屋には、アラディア、立会人のマスクレイヴ辺境伯、白の公爵エルヴィン、黒の公爵マクシミリアン、夜会の警備係だったロバート・サイモンとアイリーンの親友ドロシーの6人が収まることとなる。


「では、これより降霊術を始めます」


 部屋の中央に歩み出たアラディアがそう宣言すると、マクシミリアンは「茶番だな」と悪態をついた。


「色々思うことがありましょうが、これは王太后様の命に等しきもの。お付き合いいただきますわ」

「準備をいたします。皆様方は儀式の礼に則り、手袋を外してしばしお待ちを」


 魔女を忌み嫌う人の拒絶には慣れている。私は私のできることをやるだけだ。アラディアは軽く目を閉じると、頭上から両手で大きな円弧を描き、魔法鞄の蓋を開ける。


 個人の持つ魔法鞄の大きさは、その人物の魔力量に比例する。一般的にはポーチやハンドバッグ程度のサイズが主流であった。人が余裕で入れるように開口する代物など、早々見られるものではない。これから何が起こるのかと、部屋の空気がピリリと緊張するのがわかった。


(王都広しといえども、このサイズの魔法鞄は珍しいでしょうね)

(そしてこんなものを持ち歩いてる令嬢も――)


「よいっっっっっっっっっっ、しょ!!」


 渾身の力を込めて、アラディアは鞄の中の亜空間から円卓テーブルを引っ張り出した。

 ドスン、ゴトリとテーブルは、ややバランスを欠きながら床に着地する。


 皆、呆気にとられていた。

 マスクレイヴ辺境伯に於いては、顔を背けて小刻みに肩を震わせている。


(突然貴族令嬢が大型家具を設置し始めたら、誰しも驚きますよね! 私だって格好良く魔法でシャラーンと机が出せたらどれだけいいかと思うわ。でも私にはウィッチクラフトの力はないんだもの、こうするしかないわけで……)


 円卓の舞台設置に改善の余地を感じながら、アラディアは追加の家具を取り出すために手を伸ばす。その姿を見て「手伝いましょう」と辺境伯が名乗り出た。彼の肩の震えはまだ収まっていない。


「いえ、辺境伯様のお手を煩わせるわけには!」

 慌てて辞退するアラディアであったが、マスクレイヴの爽やかに椅子を担ぐ姿を見て、すべてを諦めた。


「五脚ほど円卓に並べてくださるかしら……」


 王族と椅子を運ぶ。セバスチャンが見たら卒倒しそうな光景だ。最後に銀の燭台を取り出すと、ふうっと息を吹きかけろうそくに火を灯した。

 ここの演出は良いのだ。

 問題はやはり円卓を出すところだろう。なんか場が緩んで目指す魔女の姿に程遠い気がする。余計なことを考える頭を払うように、アラディアはコホンと咳払いをした。


「準備が終わりましたわ」


「ホールドハースト卿は私の左手に、ノースウッド卿は右手に。その他のお二方はその先へお座りになってください」

「手袋を外した手を、円卓の上に置きます」

 そういうと、アラディアは艶めかしく黒い長手袋を脱ぎ捨てる。白く滑らかな肌が顕になって、黒いドレスに浮かび上がった。

「わたくしの詠唱が終わりましたら、隣同士で手を握り、人の輪になります。その後は目を閉じ、霊を感じていただければ」

「マスクレイヴ卿はそのまま、立ち会いをお願いいたしますわ」


 舞台は全て整った。円卓の魔女の銀の瞳がマゼンタ色の光を帯びて、呪文の詠唱を始める。


『我が頭上には天、地に御魂、左手には月星、右手には太陽。全てを司る四天にして全能なるものに問う。我は円卓の魔女、閉ざされた標を求めるものなり。導きの御霊よ常闇より来訪せよ!』


 14の夜、セバスチャンと考えた「それっぽい」とっておきの詠唱だ。我ながらよくできているわと感心していると、アラディアの両手がエルヴィンとマクシミリアンに、ぎゅうっと握られたのが分かった。


(さあ、みんな現世記憶(アカシック・レコード)を見せてちょうだい!!)


 魔女は勢いよく背を反らし、虚空を見上げた。

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