【第四章】白と黒の貴公子
あくる朝早く。
レディ・アイリーンの失踪から6日目。
朝もやの中、王家から白い小箱が届けられた。
朝食後、自室で中身を確認したアラディアは、小刻みに震えながら蒼白となる。
(王太后様の本気が怖い)
小箱には手紙と夜会の招待状、王太后名の記された身分証明書が収められていた。招待状は今夜開催されるミグドランズ戦勝記念パーティーのもので、主催は現国王陛下。手紙には「貴女の後見人をマスクレイヴ辺境伯に依頼し、卿も快諾してくれました」と書かれていた。
「マスクレイヴ辺境伯って確か……」
答えは知っていた。でも現実を認めたくなかった。そんな乙女心を一向に介さず、家令のセバスチャンは左手で眼鏡の位置を正しながら、アラディアに再確認させるための真実を告げる。
「リチャード・マスクレイヴ辺境伯。国王陛下の従兄弟であらせられ、王位継承権は第5位にございます」
(で・す・よ・ね!)
突然降って湧いた、超大物と一緒にパーティーへ出席して『白と黒の公爵』と対峙して来いミッション。天を仰いで頭を抱えながら、アラディアの桃色の脳細胞は、事態を冷静に解析していた。
(確かに公爵家に対抗できる地位の方をとはお願いしたけれど、陛下の従兄弟なんて傍系とはいえほぼ王族じゃない。一介の伯爵令嬢にあてがって良い身分ではないわ)
(でも、さすがは王太后様。布陣は完璧なのよね……。ミグドランズ戦勝記念パーティーは、武門であるノースウッド家はもちろん、騎士職であるホールドハースト卿も出席する可能性が非常に高いもの)
(レディ・アイリーンの失踪の日から何の手がかりもつかめていないようだし、ここで仕留めてこいと言うわけか)
そこはかとなく王太后からの無言の圧力を感じながら、アラディアは身震いする。
「お嬢様、ドレスや装飾はいかがなさいましょう?」
ほぼ王族のエスコートを受けるのだ。ピーチャム伯爵家としてもそれなりの礼は尽くさなければなるまい。女性の支度には時間がかかるので、辺境伯が訪れるまでにつつがなきよう段取りを整えることも家令の領分と、セバスチャンは心得ている。
「そうね、辺境伯のエスコートですものね……」
だが、アラディアの心は決まっていた。
「円卓の魔女として夜会に行くのだから、王太后様のご期待に応えるとしましょう」
「セバスチャン、いつもの黒いドレスと月長石の首飾りを準備するよう侍女に伝えてちょうだい!」
◇ ◇ ◇
夜の帷が落ちる頃。
ピーチャム伯爵家の正面階段に、華美でこそ無いが作りの良い大きな馬車が止まった。扉に施された盾を支える獅子と剣の紋章がマスクレイヴ家の所有を示している。
そこから降り立ったのは、濃茶の髪を後ろに撫でつけた壮年の男性。洗練された身のこなしは、高い教育を受けたものの証だが、広い肩幅と発達した胸筋は武人のそれであり、魔獣討伐や近隣諸国との闘争に明け暮れているという話を信じるには十分であった。
「初めてお目にかかります、アラディア・ピーチャム伯爵令嬢。本日エスコートの栄誉を賜った、リチャード・マスクレイヴ。辺境伯を叙されております」
「はじめまして、マスクレイヴ卿。 アラディア・ピーチャムですわ」
左に大輪の青薔薇の咲く黒のドレスに、黒いリボンの髪飾り。白金に飾られる月長石の首飾りには、シラーが幻想的に揺らめいている。淑女の礼で挨拶をすると、スマートに差し出されたリチャードの肘にそっと手を添えた。アラディアの手は、素肌でうっかり触れないように肘まである黒手袋で覆われている。不用意に他人のアカシック・レコードを読み込まないための対策だ。
「ではピーチャム卿、しばし子女を借り受ける」
「委細承知いたしております」
「アラディア、くれぐれも粗相のないようにね」
神霊の宿り手も円卓の魔女の活動も、ピーチャム家は理解し静かに見守ってくれている。それでも今回は王家からの依頼であり、父も母も不安は隠しきれないようだ。
完璧なエスコートを受け馬車に乗り込むと、辺境伯は御者に合図を送る。乾いたムチの音を合図に、馬たちはパーティー会場の離宮へと走り出した。
「レディ・アラディア。そう緊張せずに」
マスクレイヴ辺境伯が、人懐っこい笑顔を見せる。大きな体躯と直線的な太い眉は、もっと威圧感を与えて良いはずなのに。辺境伯は優しく柔和な雰囲気の持ち主だった。
アラディアは、20も年が離れた殿方と同伴の経験などなく。身分差もあって、ただ身を縮こませて座っていた。
辺境伯は言葉を続ける。
「王太后様に魔女の後見人を頼まれた時は、とても驚きましたが。随分と可愛いお嬢さんが現れて、正直面を喰らいましたよ」
片目を瞑ってウインクされ、辺境伯がどうして未だ独身なのかと不思議に思う。
「失礼を承知で申し上げるが、魔女の存在など信じない質でね。半分物見遊山で引き受けました。今宵の活躍、楽しみにしていますよ」
「善処いたしますわ……」
やっとの思いで言葉を返すと、アラディアは堪らず窓の外に視線をそらした。いつの間にかパーティー会場に到達したようだ。
貴族というものはまごうことなき階級社会であり、離宮の門扉を通り馬車寄せまで行く順番も、序列に左右される。階級の低いものは、会場に入るまで長く待たされることが常なのだ。
(ノ、ノンストップで停車場まで?!)
さすがは王位継承権・第5位。威光がすごい。マスクレイヴ辺境伯の馬車は途中一度も止められることなく、あっという間に離宮の入口に通される。
車内から降りたアラディアは、辺境伯にエスコートされながら、真っ赤な王国軍旗タペストリーをくぐって夜会のホールに入場した。
きらびやかな会場は一瞬にして騒然となった。御年36を迎える辺境伯は、色恋より剛を好み未だ未婚の独身男性。その彼が、年端も行かない女性を同伴し夜会に来るなど前代未聞なのだ。あの黒ずくめの女性は誰だ、どこの令嬢だと、一斉に脳内検索が始まる。
「マスクレイヴ卿、申し訳ございません」
「こんな小娘のせいで、貴殿の名誉が……」
会場内の探るような値踏みするような視線に慄きつつ、アラディアが小声で話しかける。
「ご心配いりませんよ、レディ」
「私の名誉など、賊に領地の侵入を許す以外に傷つきようがないですから」
はははと笑いながら答えられ、辺境伯は豪気なタイプなのだなとホッとしたのもつかの間。外から見れば『笑いあい会話のはずむ近しい男女の仲』に見えたようで、更に好奇の目が突き刺さる。これは魔女活する前に心が持たないんじゃ無いかしら?! と、弱気になりかけたアラディアの耳元で、そっとマスクレイヴが囁いた。
「レディ。あの奥に見えるのが、ホールドハースト公爵家のエルヴィン第三近衛騎士隊長です」
「なにやら問題がありそうだ」
白地に金刺繍の近衛騎士隊長服に、絹糸のような腰まで下がるアッシュブロンドを1つに束ねたエルヴィン・ホールドハーストの姿は、白の公爵の名を体現しているように美しい。
エルヴィンの隣には、声を荒げる若い騎士が一人。言い争う先には、黒髪に黒い夜会服を着た男が見えた。
その男こそ、エルヴィンの親友であり、恋敵と目される「黒の公爵」マクシミリアン・ノースウッドであった。




