【第二章】高名な依頼人
《アラディア・ピーチャム殿》
先の夜会の事件に関し、貴女の協力を仰ぎたし。仔細は二刻後、使者を遣わす。
白く大きな魔法伝書鳩が先触れを告げると、ピーチャム伯爵家は少なからずの動揺に包まれた。それは王太后閣下からの、極めて個人的な密書だった。
――むむ。 むむむむむ。
「セバスチャン、わたくし王太后様とは面識がないと思うのだけれども……」
黒く緩やかなウェーブの髪を揺らし、銀の瞳を曇らせて、アラディア・ピーチャムは頬杖をつきため息を漏らす。
「私の記憶の限り、お嬢様は王太后様主催のサロンや夜会に赴いたことはございませんな」
長きにわたり伯爵家に勤め、忠実な家令であるセバスチャンがそう答えるのであれば、間違いはないのだろう。ただ先触れには燦然と輝く王家の紋章があり、封蝋にも王太后の紋章が施されていた。世事に疎いアラディアでも、この手紙に込められた『やんごとなき度』は瞬時に理解できる。
「先の夜会って、やはりレディ・アイリーン失踪事件のことかしら」
「左様でございましょうな」
「ならば円卓の魔女案件じゃない!」
円卓の魔女とは丸テーブルを囲った降霊術で、いくつもの事件を解決してきたアラディアの、ふたつ名だ。
国教の洗礼により授けられる聖魔法とは違う、『魔力=ウィッチクラフト』は異端であり、華々しく名乗れる能力ではない。しかし、アラディアは憚ることなく異端であることを吹聴していた。
「あれほど高貴な御方が、私のことをご存知とは思えないのだけれど……」
「黄水晶首飾り事件のヘバートン夫人など、王太后様のサロンに列席を許されておられるかと」
「でもあれ、ヘバートン伯には不名誉な話よ? 自分からお話になるかしら??」
(そもそも、国母と名高い王太后が、一介の男爵令嬢の失踪に関心を寄せることがおかしな話なのよ)
(しかも魔女に捜索させるですって?)
色濃く浮かぶ疑念を胸に、アラディアは唇に人差し指を当てて妖しく微笑んだ。
「ここで悩んでも仕方ないわ」
「伝令さんに、すべて教えていただくとしましょう♡」
◇ ◇ ◇
約束通りの時間きっかりに王太后からの伝令は訪れた。予想していた従者や側仕えの姿はなく、若い騎士見習いがひとり、馬車を降りる。
「王太后様の書簡を届けに参上しました」
年の頃は15ほどか。王家の使いとしては軽すぎる身分の少年の来訪は、書簡の形式こそ王太后令ではあるが、この件が極めて個人的で非公式なものであることを強く印象づけていた。
アラディアは彼を応接室に通すと、家令を立ち会いに残して人払いする。ジェイソン・ロスと名乗る騎士見習いは、緊張した面持ちで王太后からの親書をセバスチャンに手渡した。
「そちらの椅子へお座りになって」
ジェイソンを下座に促し、アラディアはローテーブルを挟んだ反対側の長椅子に腰を下ろした。セバスチャンから差し出された、銀盆の上の手紙を受け取る。
「ここで内容を確認しても?」
「はい」
中に書かれていた文面は予想どおりだった。円卓の魔女の力による、レディ・アイリーン失踪事件の解決。王太后がこの事件に心を砕く理由は『王侯派2大公爵家の感情的な決裂による、貴族派とのパワーバランスの崩れ』と書き添えられていた。
(もっともらしい理由ではあるわ、でも――)
やはり、腹落ちしない。
アラディアはこの違和感の正体が、どうしても知りたくなった。
「王太后様は、異端である魔女の力をお求めなのね?」
見習い騎士の瞳をまっすぐに見つめるアラディアは、舌で軽く唇を舐めてみせた。
「は、はいっ、そのようにうかがっております」
おおよそ女性という存在に慣れていないのか、視線の先のジェイソンの頬が赤く染まった。
あら可愛らしいことと内心でつぶやくと、アラディアはおもむろに立ち上がり、純朴な騎士見習いの横に座り直す。二人の間は近く、太ももの触れそうな距離だ。
「わたくし、騎士様にお願いがありますの」
媚びた上目遣いに桃色の光が宿る。優しく彼の左手を握り、男性の少し高い体温と早鐘を鳴らす鼓動を感じられるほどに身を寄せる。
「わたくし魔女と申しましても、伯爵家の身分でしょう?」
「名門のホールドハースト公爵家やノースウッド公爵家にはお近づきになれませんの」
「だから王太后様にお願いしてくださらない?」
「公爵家にも負けない、素敵な殿方にエスコートして欲しいと」
剣を持つ少し筋張った手の甲に、スリスリと人差し指を這わせて懇願する。するとジェイソン・ロスは傍目にもわかる勢いで及び腰になった。
『も、桃色の脳細胞……』
まだ幼さの残るジェイソンの口から漏れた声を捉えて、アラディアは失礼しちゃうわと憤った。それでも握ったジェイソンの手を離そうとはしなかった。
「お嬢様、それは淑女の距離ではございません」
咳払いとともに家令からの静止が入る。
(ふふっ。ナイスタイミングよセバスチャン)
(必要な情報は取れたわ)
彼女は椅子から立ち上がると、黒いドレスを翻し向き直った。先刻の男に媚びた態度はすっかりなりをひそめている。
「この依頼、円卓の魔女がお受けいたします」
「王太后様へエスコートの件の伝達、ゆめゆめお忘れなきよう」
お願いというよりは命令口調で先程の媚びた発言を念押しし、アラディアは右手をドアに向けて優雅に払う。家令の手で、ガチャリと応接室の扉が開いた。
「さて、ジェイソン・ロス様。お帰りはあちらですわ」
伯爵家の門扉から、走り去る伝令の馬車を見送るアラディアは、貴族の令嬢にあるまじき気安さを全開にして手を振ってみせた。
この行為は王太后への宣告の意味もある。貴族・臣民としてではなく『魔女』として事件に向かうのだと。それが自分の矜持なのだ。このときのアラディアはそう考えていた。




