【第一章】レディ・アイリーンの失踪
レディ・アイリーンが失踪した。
豊かな栗毛色の髪と愛らしいエメラルドの瞳を持つ彼女は、最近の貴族令嬢には珍しく結婚はしたくないという。
「修道女の誓いを立てようかしら?」
「丘の離れで、ひとり静かに暮らすのもいいわね」
王立学園で同級女子が花を咲かせる「恋バナ」に、そういって屈託なく答えるアイリーンを、周囲は思春期の気の迷いとして受け止めていた。
不思議なことに、実家のダンバース男爵家も娘の気持ちを汲んでいるらしい。アイリーンはひとり娘であり、家督の存続がかかるはずなのに、両親ともに無理やり結婚をさせようとする気は無いようだ。
そこに転機が訪れる。
「レディ、私と一曲踊ってはいただけませんか?」
今年16歳を迎える貴族の子女が集められた、デビュタントの舞踏会。ごった返す人混みの奥に逃げ込んで、壁の花に徹するアイリーンへ、美しい青年が手を差し伸べた。周囲が黄色い悲鳴につつまれる。
青年の名は、エルヴィン・ホールドハースト。
ホールドハースト公爵家嫡子にて、若き第三近衛騎士隊長。色素の薄いアッシュブロンドに冷ややかなアイスブルーの瞳をした彼は、大理石のように美しい相貌を崩すことがなく、感情も表にはださない。
発語も極端に少なくて、声を聞くこと自体が若き女性たちの憧れでもあった。話しかけられただけで、王立学園内で今後1年はヒエラルキーの頂点に君臨し、マウントが取れるだろう。
故にエルヴィンは「白の公爵」「沈黙の騎士」と呼ばれている。
さらには公爵家という血筋の良さも相まって、婚活市場の貴族令嬢から「優良物件」として、絶大な人気を誇っている。会話は弾まないだろうけれど、あの美しいお方の隣りにいるだけでいい! そんな令嬢があとを絶たず、6年連続『ダンスでその腕に抱かれたい男・ナンバーワン』に選ばれているほどに、だ。
(エルヴィン様は、隣国の第三王女との縁談をお断りになったそうよ)
(ラドフォード侯爵令嬢も玉砕したらしいわ!)
まことしやかに囁かれる、ゴシップや噂話。そんな「難攻不落」とまで言われるエルヴィンが、自分をダンスに誘っている。
爵位も低い、男爵令嬢の私に? なんの取り柄もない平凡な容姿で、この白いドレスだって母のお下がりなのだ。
(ホールドハースト卿がなぜ……?)
(……立場的にお断りするのは、失礼になるわよね)
アイリーンは優しく気の弱い令嬢だった。差し出された手をおずおずと取ると、様子を窺っていたエルヴィンの親衛隊から「ヒィィ」という声が漏れる。衆目を集めるなか、ホール中央にエスコートされると、ここからアイリーンの記憶は曖昧なものとなった。
巧みなリードにただ身を任せ、軽やかにワルツを踊る。
あまりに現実離れした出来事に、キャパシティを超えたアイリーンは妙に冷静になって、三拍子のステップを踏みながらエルヴィンの観察を始めた。優しく背をホールドされて見上げた先には、ビスクドールのように美しく整った顔が間近に見えた。
(公爵様、まつ毛長ぁ!)
(これだけ白に近いお髪の色だと、まつ毛も照明に透けて輝くのね。なんてお綺麗なの!!)
近衛騎士隊長の隊服は、白地に金刺繍と金のタッセルがあしらわれている。白を基調に飾られた美しく荘厳な舞踏会の会場は、エルヴィンのために作られたのではないかと思えてくるほどだ。
(……でも公爵様は、ダンスを楽しめていらっしゃるのかしら?)
曲の途中も終わりの挨拶も、エルヴィンの表情は微塵も動くことがなく、アイリーンは緊張を解くことができなかった。
何か気の利いたお礼を言わなければと考えても、口が乾いて上手く言葉が出てこない。そうしているうちにエルヴィンの次のパートナーに立候補すべく、雄牛の大群のように押し寄せる令嬢たちに弾き出された。アイリーンはなんだか申し訳なさすぎて、ホールの隅に身を隠す。
(とんでもないことが起こったのだわ)
(でも、こんな光栄なこと滅多にないでしょうし……)
幸せなデビュタント舞踏会の出来事として、思い出の小箱に封じようとしたアイリーンだが、現実は思いもよらぬ方向に回り始めた。夜会でアイリーンを見つけるたび、美貌の白い公爵がダンスを申し込んでくるのだ。
ゴシップ好きの貴族たちは、たちまち詮索した。
あの女性に対し冷ややかな態度を崩さなかったエルヴィンが「恋に落ちた」のではないかと。
噂話が広まるにつれ、学園生活でも女生徒からアイリーンへの風当たりは強くなっていき、さしものアイリーンも「自分の置かれた立場」を理解していく。
いつものように誘われて、ダンスを承諾する。
少し剣で固くなったエルヴィンの手を取り見上げると、澄んだ水色の瞳に射すくめられそうだ。あいかわらず何の感情も読めないけれど。このままではいけないと、アイリーンは意を決して話しかけた。
「ホールドハースト卿、このあと少しお話がございます……」
ダンスを終え、ホールの中央から場所を移動し、アイリーンはすぅっと息を整える。
「わたくしの盛大な思い違いや勘違いでしたら、無礼をお許しいただきたいのですが」
「わたくしは生涯結婚をしないと、心に決めておりますの」
「独り身で静かに暮らすか、修道院で誓いを立てるか……」
聞き耳を立てていた貴族たちは驚嘆した。これではエルヴィンは告白をする前に、アイリーンからフラレてしまったのではないか! と。
乙女の宣告を受けて尚、エルヴィンは眉1つも動かさず、その表情は変わらぬままだ。
「わかりました」
――――しばしの沈黙。
「でももし、親しきものとして」
「貴女の傍に寄り添い、その緑の瞳に私の姿を映すことは許されるだろうか?」
そこからはもう、場内はお祭り騒ぎだ。
(――――――――!?)
エルヴィンの発言を受け、声にならない叫びを上げた令嬢が複数人失神し、夜会は驚きとどよめきにつつまれた。
アイリーンの困惑を余所に、翌日には街のブックメーカーたちが「アイリーン・ダンバース男爵令嬢は未婚の誓いを破るか」という賭けごとまで始める始末だ。公爵家→男爵家という権力構造から、誓いを立てても断れるものでは無いのではと憶測が立てば、オッズは1.3倍となり、4度夜会でダンスを踊ればオッズが1.1倍になっていく。
この倍率では賭けにならないではないか! と、貴族内のギャンブル好きの皆様から不満が漏れ出した頃――。
淡い恋の行方は新たな展開を迎えることとなる。
「ダンバース男爵令嬢、私とも踊っていただけませんか」
極めて紳士的で美しい所作をした男が片膝をついたのだ。
黒い髪に深いラピスラズリの瞳、ノースウッド公爵嫡子・マクシミリアン・ノースウッド。常に憂鬱な表情を湛えた、敏腕宰相補佐官だ。その手腕は情容赦がなく、ひとたび不正を見つければ地の果てまで追い詰めていく。人は彼を「黒の公爵」「不敗のマクシミリアン」と呼び、恐れていた。
あたたかみのない懐疑的ともとれる眼差しに、アイリーンは思いっきり身を固くする。断る理由を必死に演算したが、半ば強引にエスコートをされてホールの中央に連れ出された。
「レディに愛の真実を見せてあげよう」
「そのエメラルドの瞳に誰を映そうとも、神はお許しになるだろうさ」
シニカルに微笑むと、マクシミリアンは人差し指の背でアイリーンの丸みを帯びた頬の輪郭をスッとなぞった。
夜会の紳士たちはワイングラスを片手に、黒の公爵とアイリーンの様子を眉をひそめながら語り合う。
「おいおいおい、悪魔の本領発揮かよ!?」
「あんな純朴そうな子、頭からペロリだろもう……」
マクシミリアンがこれから起こすであろう「艶話」の展開に色めきつつ、同時に戸惑ってもいるようだ。
ホールドハースト家とノースウッド家は、この国の2大公爵家だ。王族から臣籍降下した、名門ホールドハースト公爵家と、武勲と功績により登りつめた、ノースウッド公爵家。両家の関係は良好で、ハイスランド王家を支える屋台骨だ。エルヴィンとマクシミリアンも幼少期から非常に仲が良く、お互いをライバルであり、無二の親友と認識している。
ただ、女性を寄せ付けないエルヴィンとは違い、マクシミリアンの腕に堕ちた女性は「天上の快楽を味わう」とまことしやかに語られ、口の悪い者たちからは「閨事の悪魔」と呼ばれている。
故に『ダンスでその腕に抱かれたい男ランキング』からは、不健全だと除外されているのだが……。あの不遜な眼差しで罵られたい、暴かれたいなどという、一部マニアックな界隈から絶大な人気を誇っていた。
若い貴公子たちは肩をすくめる。
(無二の親友も、色恋だけは別ってことかね)
(これは明日のブックメーカーは「アイリーン・ダンバースは未婚の誓いを守るか」「ホールドハースト卿に行くか」「ノースウッド卿に食われるか」の三択になるかな)
噂話は蜜の味。他人の色恋沙汰を肴にワインをあおる。
そんな夜の半ば、事件は起こった。
中庭の暗がりで身を寄せ合い、キスをするアイリーンとマクシミリアンが目撃されたそのあと。
――――レディ・アイリーンは失踪した。
はじめまして。矢邦と申します。
ある日突然物語が降りてきたので
思い切って小説を書いてみたのが、本作となります。
完全に初心者なので
至らない以前に文字を打ち慣れていないため、
AIを使って「タイポ」の校正をしまくる、補助利用作品です。
AIの提案による、文章の書き換えは行っていません。
なぜならAIちゃんは、私より小説上手いんで。ものすごく文体が浮くからです。
(悲しい真実)
そんな作品ですが、初めてながら、とても楽しんで書きました!
WEB連載と小出しにしていますが、パソコンの中では完結しております。
全33章のハピエン作品です!
しばらくの間、お付き合い頂けたら幸いです。
= 修正履歴=
1.「エメラルドに」→「エメラルドの瞳に」




