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【第十三章】旅立ち

 なにやら場の雰囲気が乱れたが、アラディアはいつになく真剣だった。自分で他人の証言を引き出すことが、こんなにも重く緊張するものだなんて考えたこともなかったのだ。それは、宿り手の能力により大抵自動書記のように完了してしまうものなのだから。

 でも今は、マクシミリアンと対峙しなければならない。意を決して言葉を紡ぐ。


「ノースウッド卿はあの日、レディ・アイリーンにキスをした」

「そうまでして……」

「粘膜接触を使ってまで正したかった、彼女の真実は何?」

 上背のあるマクシミリアンの顔を覗き込むように首を傾けると、アラディアの頬に滑らかな黒髪が落ちる。銀色の瞳は鋭く、確かな意思を宿しているようだ。


 硬質の緊張が走る。

 マクシミリアンは目を見開くと、微動だにせずアラディアを見た。


「……そう聞いても、貴方にも分からないのよね」

「貴方の能力は『正す』ことだけど、それがどのように行われるかは感知しない」

「わかるのは唯一、レディ・アイリーンの失踪は『正しい』ということだけ」

 背筋を伸ばしたアラディアが両腕を腰にあて、ふふんと胸を張る。

「どう? 私の推測は当たっているかしら」


「私の婚約者殿は随分と聡い女性のようだ」

 張りつめた糸を解くように、マクシミリアンの表情が緩む。


「お世辞は結構。私だってあの気まぐれなギフトに付き合ってきたもの」

「それに円卓の魔女なんてしているとね、多少目端が効くようになるのよ」

 望んだ答えを引き出して、アラディアはゴキゲンな気分だった。「でも、貴方のほうは大変だったでしょう?」と、マクシミリアンを気遣う余裕まで生まれている。

「親友の想い人の真実を正そうとして」

「キスまでして、失踪されて」

「彼女が消えたのは正しいだなんて言ったら、ホールドハースト卿が泣いちゃうわ」

 だから彼のことを避けてたのね、と確信を持って言い切ると、突然マクシミリアンが両の腕を天に投げた。


「――はっ!」

「実に忌々しい真実だ」


 自虐的に言い放った彼の顔は、笑っているように見えた。不機嫌な仮面を外すと年相応の青年が出てくるのねと、アラディアも微笑む。

 日はすっかり高くなり、二人の影は短くなった。


「聞きたいことは聞けたし、こうしてはいられないわ」

「私、ダンバース男爵領に行かなくちゃ!」

 あまりにも突然な王都からの出奔宣言だ。


 マクシミリアンに理由を問われると、レディ・アイリーンの失踪が正しい行いだというのなら、円卓の魔女として「彼女の正しさ」を探りに行くのだと答える。

「こうなると見越して、早朝ダンバース男爵家に魔法鳩で先触れを出しておいたの」


 ダンバース男爵領は、ここから女の足で2日ほどかかる僻地にある。なかなかの小旅行となるはずだ。

「男爵領へ向かう道は細く、王都の結界も緩む。治安も褒められたものではないな」

 マクシミリアンは顎に手を当て考え込むと、予想外の言葉を返してきた。


「……私も同行しよう」


 思わず「は?」と声が漏れる。

「最上の敬意を以て辞退しますわ」

 本音を言うなら「来るな」一択。それを幾重のオブラートでぐるぐる巻きにして、アラディアはきっぱりと拒絶する。


「女の旅は危険が多い。護衛は必要だろう」

 それでも引き下がらないマクシミリアンを、アラディアは噂よりもいいヤツなのかもと感じはじめていた。愛や家柄の結婚より、女性の名誉と体面を守ろうとする男――。不遜さこそ鼻につくが、この堅苦しさは嫌いじゃない。

 だが、この申し出は受けられない。


「それがダメなのよ。気分を害さず聞いてちょうだい」

 仕方なく理由を切り出した。

「貴方は男爵夫妻にとって、娘に無体を働いた元凶であり、失踪の原因と警戒されるはず」

「私が男爵領に急ぐのは、貴公と正式な婚約を結んだと知られる前に、夫妻に会うためで――」


「貴方が一緒にいるのは、私にとって都合がとても悪いの」

 つまりは『捜査の邪魔だから来るな』という宣告だ。


「――仔細理解した」

 アラディアの意図を理解したのか、マクシミリアンの顔はいつもの不機嫌さを取り戻している。

「しかし。わが婚約者殿は遠慮がないな」

 シニカルで高慢な物言いも復活し、アラディアは売り言葉に買い言葉で反発する。

「これは、神霊の宿り手が『愛してないから無効と正す』までの、仮初めの婚約でしょ? どうせ破棄されるんですもの、貴方に淑女然として取り繕うこともないじゃない」


「だから、貴方のために被る猫なんて、飼っておりません!」

 公爵家にふさわしい嫁が欲しいなら、是非ともほかをあたってくれ。嘘偽りない本音の皮を被った感情が、語気を強めに表れる。


「それは結構」

「だがこれは公爵家と伯爵家の結ぶ正式な婚約だ。公の場では猫の薄皮くらいかぶれ」


 名誉を重んじる男は、体面も気にするんだとちょっと残念に思う。でも貴族社会を生きるものとして、アラディアもそれは致し方ないと、理解はしていた。

「わかったわ」と、アラディアは渋々同意する。


「では、私のことはマクシミリアンと」


(?!)


 突然名前で呼ぶことを許されて、アラディアは再度反発した。そもそもこの婚約自体、すべて彼の手中で動かされるのが気に入らない。(原因は自分で、きっかけはドナヒュー侯爵夫人だけど)

「承知いたしましたわ」

「では、わたくしはアラディアと。()()()()()()()

 傲慢男にこれくらいの抵抗は許されるでしょと、アラディアは不敵に微笑んだ。

 夏前の穏やかな気候にそぐわない、冷ややかな風が二人の間に流れる。


「じゃ、私はもう行くわね」

 沈黙に耐えかねたアラディアが中庭を去ろうと踵を返す。するとマクシミリアンはつかつかと早足で歩み寄り、アラディアの隣で立ち止まった。

「では婚約者を置いて旅立つ円卓の魔女に、1つ要請するとしよう」

 言葉の後に耳元へ顔をよせられ、温かい息が頬にかかる。体験したことがない距離感に、アラディアの心臓がどくりと波を打った。


「広く知られていないが、アイリーン・ダンバースは男爵家の養女だ」

「そこを中心に探れ」


 その耳打ちはフィアンセに甘く囁く声色ではなく――。宰相補佐官が下す行政指導命令の色を帯びていた。

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