人間56
ナムとガウは灰色熊についてほとんど何も知らなかった。彼らの部族の古老たちは、その名を口にすることはあっても、実際にその姿を見た者はほとんどいなかったからである。灰色熊は、虎や獅子、オーロックス、さらにはマンモスまでもが生息する遠い北の荒野や深い森に出没すると伝えられていた。その巨体は人間よりはるかに大きく、立ち上がれば一本の若木ほどの高さにもなるという。鋭い爪は獣の皮を容易に引き裂き、その咆哮は谷間に響き渡り、あらゆる生き物を震え上がらせると語られていた。ナムとガウにとって、灰色熊とは実在する獣というよりも、未知の土地に棲む恐るべき伝説の存在だったのである。
参考文献
Boex, J. H. H. (1911) La Guerre du feu(=『火の戦い』).
Cooper, A., Turney, C., Hughen, K. A., Brook, B. W., McDonald, H. G. & Bradshaw, C. J. A. (2015) Abrupt warming events drove Late Pleistocene Holarctic megafaunal turnover(=「急激な温暖化イベントが後期更新世の北半球大型動物相の交代を引き起こした」).
Stuart, A. J., & Lister, A. M. (2010). Extinction chronology of the cave lion(=「ホラアナライオンの絶滅年代」).
Lévi-Strauss, C. (1964). Le Cru et le Cuit(=『生のものと火を通したもの』).
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