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氷の令嬢の転職計画〜私を追放した祖国が破産寸前ですが、今は皇帝兄弟からの過剰な愛情表現の処理で手一杯です〜  作者: ぱすた屋さん


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第49話『悪党の末路と、体に生じた「未知のエラー」』


 ゼムリア商業連法国の事実上の完全買収(M&A)および裏組織『大商会連合』の解体、ならびに全資産の凍結という、帝国財務省の歴史に残る超大型出張案件の第一フェーズは、実質的にわずか二十四時間足らずで完全なクローズを迎えた。


 大商会連合の本部から回収された金塊、美術品、ならびに不正な裏帳簿に記載されていた他国への隠匿資産は、エルゼの迅速な指示オペレーションによって、すべてアウグスト帝国の臨時の特別徴税口座へと「合法的」に振り替えられた。その総額は、ゼムリアの国家予算の数年分に匹敵する、金貨一億枚という天文学的なストップ高である。


「……ふぅ。これで現地の資産査定デューデリジェンスおよび不良債権の処理(悪党の強制連行)は、すべて滞りなく完了いたしましたね。本国の財務省本局へ、最終決算報告のデータを送信します」


 帰路につくために乗船した、帝国の最新鋭魔導客船『アウグスト・グロリアス号』の最上階に位置する最高級スイートルーム。

 エルゼは、デスクの上に広げられた膨大な書類と、ルカ様が開発した薄型魔導板のホログラム映像を交互に睨みつけながら、いつものように目にも留まらぬ速さで羽ペンを走らせていた。


「おいおい、エルゼ。せっかく悪党どもを完膚なきまでに叩き潰して、ハネムーンの後半戦が始まったっていうのに、船に乗ってまで帳簿を叩くなんて、あまりに熱心な仕事人間(社畜)じゃないか?」


 デスクの隣にスッと影を落としたのは、上質な白と銀のリゾートシャツを緩く纏った、ルカ様であった。

 彼はエルゼの肩を後ろから愛おしげに抱きしめると、その細い首筋にスリスリと自身の額を擦り寄せてくる。黄金の瞳には、昨夜の「朝まで続いた濃厚な福利厚生」の余韻を含んだ、甘くドロドロとした独占欲がこれでもかと湛えられていた。


「ルカ様、何を仰っているのですか。国を一つ丸ごと買収したのです、その後の流通網の再配置や、旧ゼムリアの商人たちへの暫定税率の適用など、山のようにタスク(宿題)が残っています。これを処理するまでは、私の脳内サーバーは一秒たりとも休止シャットダウンできません」


「ふふっ……相変わらず、私の可愛い財務卿は、世界を経済的に支配してもなお計算機を離そうとしないな」


 カチャン、と心地よい音を立ててデスクに上質なハーブティーのカップを置いたのは、レオンハルト様であった。

 彼は黒いシャツの袖を腕まで捲り上げ、大人の男としての圧倒的な覇気と色気を漂わせながら、エルゼの椅子の背もたれに手をかけた。そのまま、エルゼの顎を長い指先で優しく上へと向けさせると、その桜色の唇に、挨拶を交わすように深く、熱い口づけを落とした。


「ん、む……ぁ、レオン、様……っ」


 唇が離れると、エルゼの白い頬は瞬時に真っ赤に染まる。

 戸籍上は『エルゼ・フォン・アウグスト』となり、アウグスト皇室の人間として二人からの極限の溺愛を受け止める契約を結んだ身ではあるが、どれだけ時が経っても、この二人の完璧な容姿から放たれる熱量にだけは、エルゼの鉄壁のファイアウォールは機能しない。


「大商会連合のあの肥え太ったギルド長たちは、今頃、本国の特別強制労働施設へと向かう護送船の中だ。あの場所には、君を裏切って国を大赤字に陥れた元婚約者、アルフォンスたちがいる。かつて君を苦しめた『不良債権』たちが、今度は帝国の下請けとして、並んで鉱山でツルハシを振るうことになるわけだ。実に見事なゴミの分別(因果応報)じゃないか」


「はい。彼らの労働力は、我が帝国の公共インフラ事業における『無償のリソース』として、永久に有効活用させていただきます。損失を実質的な利益プラスへと転換する、これが最も合理的なざまぁ(復讐)の決算エンディングですから」


 エルゼはキリッと凛々しい表情で言い放ち、再び羽ペンを握り直して稟議書にサインをしようとした。


 ——その、瞬間だった。


「……っ!?」


 突如として、エルゼの脳内を、これまでに経験したことのない強烈な『未知のエラー(立ちくらみ)』が襲った。

 視界がぐにゃりと歪み、手元にあるはずの数字の列が激しくブレて読めなくなる。同時に、胃の最奥からこみ上げてくるような、奇妙な不快感と胸のつかえが彼女の呼吸を奪った。


「あ、れ……? 帳簿の、焦点が……一致、しません……」


 ポロッ、と。

 エルゼの手から羽ペンが滑り落ち、デスクの上に転がった。

 彼女の細い身体が、糸の切れた人形のように、横へとゆっくり傾いていく。


「エルゼ!?」

「お前、嘘だろ!? エルゼ!!」


 レオンハルト様とルカ様の顔から、一瞬にして余裕の色が完全に消え去った。

 レオンハルト様は、机に倒れ込みそうになったエルゼの身体を、その長い腕で弾かれたように抱きとめ、自身の胸の中へと強く引き寄せた。ルカ様は顔面を真っ白に染めながら、エルゼの手を両手できつく握りしめ、その掌に自身の魔力を限界まで流し込もうとする。


「エルゼ! しっかりしろ! おい、私の声が聞こえるか!? 顔色が完全に青ざめている……! ルカ、今すぐ客船の進行速度を最大にしろ! 帝都の宮廷治癒院の全人員をこの部屋へ強制転移テレポートさせるんだ!!」


「わ、分かってる、兄上! くそっ、僕の魔力回復魔法が……おかしい、エルゼの体内の魔力循環パラメーターは正常なのに、なんでこんなに息を乱してるんだ!? 嫌だ、嫌だよエルゼ! 僕たちのせいで、夜のプロジェクトで無理をさせすぎたせいなのか……っ!?」


 一国を数時間で滅ぼし、大陸の頂点に君臨する二人の最高権力者が、たった一人の女性の体調不良の前に、完全に理性を失って狼狽し、パニックを起こしていた。


「お、お二人、とも……大声を……出さないで、ください……。脳内の、プロセッサに……響き、ます……」


 エルゼは、レオンハルト様の胸に顔を埋めたまま、弱々しく息を吐き出した。

 熱があるわけではない。魔力が枯渇しているわけでもない。ただ、身体の芯が酷く重く、それでいて、胸の奥から押し寄せる言いようのない「未知の感覚」が、彼女の完璧なロジックを激しく揺さぶっている。


「……これは、自律神経のバグ、あるいは……今回の超大型案件(他国買収)における、一時的な過労による……システム、ダウン、です……。少し、休息シャットダウンをすれば、コンディションは……回復、するかと……」


「言い訳はいい! 業務は全面停止だ!」

 レオンハルト様はエルゼの言葉を力ずくで遮ると、彼女の軽い身体を軽々と横抱き(お姫様抱っこ)にし、デスクからベッドへと急いだ。


「ルカ、本国へ緊急通信! 宮廷最高位の治癒士メディカル・エグゼクティブを、次の港へ先回りさせろ! どんな手段を使っても、彼女の身体に生じたエラーの原因を特定するんだ!」


「了解!!」


 ふかふかのシーツの上にそっと横たえられ、二人の夫から交互に手を握られ、額の汗を拭われながら、エルゼはゆっくりと目を閉じた。

 身体を襲う奇妙な気だるさの中で、彼女のビジネス脳は、必死にこの症状の原因を特定しようと、過去のあらゆるデータログ(記憶)を検索していた。


(おかしいですね……。私の体調管理(健康経営)は完璧だったはず。夜の福利厚生(愛の共同作業)の負荷がどれほど高くとも、ルカ様の魔力補給と最高級の栄養剤で、常にリカバリーは済んでいたはずなのに……。この胃の奥のつかえと、異常な眠気、そして、身体の奥深くで何かが新しく『起動キックオフ』したような、この奇妙な感覚は、一体……)


 アウグスト帝国の最高経営責任者たちを過去最大のパニックへと陥れた、エルゼの身体に発生した『未知のバグ』。

 それは、大悪党の滅亡という最高の決算の裏で、三人の人生を根底から覆す、帝国史上最大の「新規超大型プロジェクト」の始まりを告げるシグナルであった。

 

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