第47話『悪党の資金源を完全に絶ちます(経済的兵糧攻め)』
窓の外から聞こえてくるのは、夜の帳が下りた南国の穏やかな波の音。しかし、特注の薄型魔導板から投影された青白いホログラムの向こう側——アウグスト帝国の財務省本局では、朝日を浴びた若手官僚たちが、限界を超えた「社畜ハイ」の熱気に包まれていた。
『お嬢様! ロンドール国より、先ほど緊急の機密電信が入りました! 陛下からの「親書(物理的脅迫)」が文字通り国家中枢を直撃した模様です!』
寝不足で目が完全に据わったセバスが、鼻息を荒くして報告書の束を掲げる。
『ゼムリアの裏ギルド「大商会連合」がロンドール王立第一銀行に隠匿していた全口座、計七十二口座の資産が、たった今「国際法上の緊急凍結措置」により完全凍結されました! 奴らの手元に残った自由なキャッシュ(流動資産)は、今この瞬間から完全にゼロでございます!』
「素晴らしい仕事ぶりです、セバス。これで彼らの心臓は止まりました。人間も組織も、血液が巡らなければものの数分で壊死するしかありません」
私はベッドの上に座り、乱れた髪をかき上げながら、冷徹な財務卿としての微笑みをホログラムへと向けた。
……ちなみに、現在の私の服装は、昨夜の「過剰生産プロジェクト(朝までの激しい溺愛)」のせいで、パレオはおろか水着のブラトップすらどこかへ消え去り、レオンハルト様の漆黒の上着を一枚だけ、だらしなく羽織っただけの極めて破廉恥な状態である。
太ももや首筋には、二人の夫からこれでもかと刻み込まれた赤い愛の印が散りばめられており、動くたびに腰の奥がジンと熱を持つ。しかし、そんな羞恥心など、ビジネスモードに入った私の脳内からは一シリングのコスト(無駄)として即座に削除されていた。
「ルカ様。北方の無人島に建設していただいた『超・巨大関税フリーポート(直轄新港)』の進捗はいかがでしょうか」
「うん、完璧だよエルゼ」
私の左隣から、寝起きの少し掠れた、しかし酷く色っぽい声が聞こえた。
シャツのボタンを半分以上外したルカ様が、私の細い腰を後ろから腕でしっかりと抱き込み、その引き締まった顎を私の肩に乗せてくる。
「僕の最高出力の土木魔法と空間固定魔法で、港湾の造成は二時間前に完了したよ。アウグスト帝国の全最新鋭魔導商船が同時に五十隻は接岸できる、世界最高水準のメガポートだ。今頃、大陸中の主要商会に向けて『関税ゼロ、帝国の魔導騎士団による完全な治安維持つき』っていうプレスリリースが、僕の通信網で一斉に同時配信されてるはずさ」
「完璧なマーケティング(市場侵略)です。大商会連合が誇っていたゼムリア港の独占価値は、これで完全に暴落(ストップ安)しました。法外な停泊料を取るブラックな港など、賢い商人であれば誰も利用しなくなります」
ふっ、と私の右側から長い腕が伸びてきて、私の顎を優しく上へと向かせた。
見上げれば、漆黒の髪を無造作に揺らし、大人の男の圧倒的な色気と覇気を放つレオンハルト様が、私の唇を自身の親指でそっとなぞる。
「私の可愛いエルゼ。昼の君は、本当にどんな悪党よりも容赦がなくて美しいな。ロンドールに口座を凍結され、港の利権を奪われた大商会連合は、今日一日で文字通りすべての経済基盤を失うことになる」
「はい。そして、これがトドメの『敵対的買収(TOB)』となります。セバス、大商会連合の下部組織である中小商会へのアプローチは?」
『既に完了しております! 奴らのキャッシュが凍結されたと知った瞬間、下部の商人たちはパニックを起こしました。そこへ我がアウグスト帝国から「負債の全額肩代わり、および帝国流通網への特別アクセス権」という、蜘蛛の糸のような救済買収案を提示したところ、現在九割以上の商会が「大商会連合を裏切り、帝国の完全子会社になる」という契約書に血判を押しております!』
ホログラムの向こうで、官僚たちが「ざまぁみろ!」とガッツポーズを決めている。
悪党の結束など、しょせんは「利益」という名の脆い鎖で繋がれているに過ぎない。金の切れ目が縁の切れ目。大商会連合のギルド長は、自分たちが仕掛けた浅はかな拉致計画の代償として、たった一晩で、誰からも見捨てられた「ただの肥え太った負債の塊」へと転落したのだ。
「これより、第二フェーズへ移行します。私たちはこれより身支度を整え、大商会連合の本部へと直接『監査(最終宣告)』に赴きます。レオン様、ルカ様。世界最高峰の護衛(夫たち)として、私に同行していただけますか?」
「ああ。君がその三流マフィアを完全に破産(蹂躙)させる瞬間を、特等席で見届けさせてもらおう」
レオンハルト様が私の髪を優しく撫で、その首筋に熱いキスを落とす。
「僕もお供するよ、エルゼ! 昼間は思いっきりその悪党を絶望させて、合法的に国ごと乗っ取っちゃおうね。……その代わり、今日の『夜の業務』でも、僕たちの愛をまたたっぷりリターンしてもらうからね?」
ルカ様が私の耳たぶを甘く噛み、黄金の瞳をいたずらっぽく細めた。
「ひゃうっ……! そ、それは、本日のM&Aの成果次第で、検討いたします……っ!」
私は顔を真っ赤にしながらも、力強く立ち上がった。
戸籍上、アウグスト皇室の人間となり、世界最高の権力と愛を手に入れた私を怒らせた代償は、あまりにも高い。
大商会連合のギルド長が、全財産を失って絶望のどん底で這いつくばる決算の時間は、もうすぐ目の前まで迫っていた。




