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氷の令嬢の転職計画〜私を追放した祖国が破産寸前ですが、今は皇帝兄弟からの過剰な愛情表現の処理で手一杯です〜  作者: ぱすた屋さん


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第43話『ゼムリア商業連法国の闇(大商会連合の暗躍)』


 南国の眩しい朝陽が、プライベートヴィラの寝室に差し込んでくる。

 私は分厚い天蓋付きのベッドの中で、全身を支配する心地よい疲労感と、熱を帯びたまどろみの中で目を覚ました。


「……んっ……」


「おはよう、私の可愛いエルゼ。昨夜はよく眠れたかな?」

「おはよう、エルゼ。……ふふっ、可愛い顔。まだ眠そうだね」


 目を開けると、私の左右には、すでに完璧に目を覚ましているレオンハルト様とルカ様の姿があった。

 二人はそれぞれ私の両手を握り、至近距離でとろけるような甘い微笑みを向けている。


「お、おはようございます……。その、昨夜は……」


 昨夜の『次期CEO育成プロジェクト(という名目の過剰な夜の福利厚生)』の激しさを思い出し、私の顔は一瞬にして火を噴きそうなほど赤くなった。

 二人とも「ハネムーンなのだから」と完全に理性のストッパーを外しており、私は朝方まで休む間もなく彼らの激重な愛を受け止め続けるという、物理的にも体力的にも過酷すぎる労働(愛の共同作業)を強いられたのだ。


「あ、朝食の前に、本日のスケジュール確認アジェンダを……」

「仕事の話は禁止だと言っただろう? さあ、今日はゼムリアの誇る世界最大の市場『グランド・バザール』にショッピングへ行くぞ。君に似合うものをすべて買い占めてあげよう」

「僕はエルゼにゼムリア特産のスイーツを全部食べさせてあげる! ほら、着替えを手伝うよ!」


 私の抗議も虚しく、二人の最高権力者によって至れり尽くせりの身支度を整えられ、私たちはヴィラを後にしてゼムリアの中心街へと向かった。


 ◇◇◇


 ゼムリア商業連法国の首都の中心に位置する『グランド・バザール』は、世界中のありとあらゆる品物が集まる、まさに欲望と金貨のるつぼだった。

 色とりどりのテントが立ち並び、香辛料のむせ返るような香りと、商人たちの威勢の良い呼び込みの声が響き渡っている。


「……凄まじい活気ですね。一日の経済波及効果は、軽く金貨数百万枚に上るでしょう。しかし……」


 私は計算機をレオンハルト様に没収されているため、脳内で猛烈な速度で暗算をしながら周囲の店舗を観察していた。


「エルゼ、あそこの宝飾店の蒼水晶サファイア、君の瞳と同じ色だ。店ごと買い取ろうか」

「兄上、あっちのシルクのドレスもエルゼに絶対似合う! よし、あの織物ギルドをまるごと買収して、エルゼ専用のブランドにしよう!」


「お二人とも! ストップです!!」


 私を喜ばせようと、歩くたびに札束(国家予算)で物理的に殴るような買い物をしようとする二人を、私は慌てて制止した。


「有能な経営者たるもの、費用対効果(ROI)を無視した衝動買いなど言語道断です! 店ごと買収するなど、ランニングコストと在庫管理のリスクをどうお考えですか! それに……」


 私は声を潜め、周囲の店舗の『値札』に視線を向けた。


「この市場、活気があるように見えて、極めて不自然です」

「不自然?」

 レオンハルト様が、目を細めて私を見た。


「はい。例えばあちらの香辛料。港からの輸送コストと関税を差し引いても、適正価格の約五倍(五百パーセント)という異常なマージンが上乗せされています。さらに、隣の絹織物も、魔法薬の素材も、すべての店舗で一律に『不当に高い価格』が設定されているのです。価格競争が一切起きていません」


 私は経営者としての鋭い視線で、市場の奥深くにある「闇」を見透かしていた。


「これは間違いなく、背後に市場を牛耳る巨大な組織が存在し、意図的な『価格統制カルテル』と『供給制限』を行っています。一部の特権階級だけが不当な利益を貪り、一般の商人や消費者が搾取されるブラックな構造……。アウグスト帝国のコンプライアンス基準に照らし合わせれば、即刻業務停止命令を下すべき悪質な独占禁止法違反です!」


 私が義憤に駆られて早口でまくし立てると、二人は顔を見合わせて、たまらないというように息を吐いた。


「はぁ……。本当に、君のそのブレない『ビジネス脳』には脱帽するよ。まさかハネムーンのショッピングで、他国の市場の独占構造を見抜くとはね」

「エルゼがかっこよすぎて、僕また惚れ直しちゃった。でもさ、エルゼ」


 ルカ様が私の手をきゅっと握り、レオンハルト様が私の肩を抱き寄せた。


「ここは我が社(帝国)の管轄外だ。他国の三流企業がどうなろうと、私たちの知ったことではない。今日はただ、私たちとのデートに集中してほしい。……君の有能な頭脳は、夜のベッドルームまで休ませておきなさい」


「ひゃうっ……!」


 耳元で囁かれた大人の色気たっぷりの言葉に、私はカルテルへの怒りも吹き飛び、顔を真っ赤にして俯くことしかできなかった。


 ◇◇◇


 その頃。

 ゼムリア商業連法国の裏社会を牛耳る『大商会連合』の秘密会議室では、紫煙をくゆらせる巨漢のギルド長が、配下からの報告を受けて邪悪な笑みを浮かべていた。


「……ほう。帝国の若き皇帝と皇子が、たった三人でグランド・バザールをうろついていると?」

「はい、ギルド長。護衛の騎士すら連れておらず、完全に浮かれた観光客の様子です。そして、二人の間にいる銀髪の女……間違いありません。あれが、アウグスト帝国をわずか数ヶ月で超大国へと押し上げたという『天才財務卿』エルゼ・フォン・アウグストです」


 ギルド長は、机の上に置かれたアウグスト帝国の驚異的な経済成長を示す報告書を、忌々しげに叩きつけた。


「あの忌々しい帝国のせいで、我々ゼムリアの独占市場にヒビが入りつつある。奴らが関税を撤廃し、魔導インフラを広げているせいで、我々の不当な利益カルテルが脅かされているのだ。だが……帝国の心臓であるあの女さえ手に入れれば、状況は一変する」


 ギルド長の濁った瞳に、強欲な光が宿った。


「皇帝と皇子は、魔法と剣の腕が立つと聞く。だが、ここは我々の庭だ。路地裏に誘い込み、魔法を封じる『封魔石』の手枷を嵌めれば、ただの小娘一人を攫うことなど容易い。……裏ギルドの精鋭『黒の牙』を動かせ。女を生け捕りにし、我々の地下金庫へ連行しろ。あの天才の頭脳を、一生我々の奴隷(無給の計算機)として飼い殺してやるのだ」


 「御意」という短い声と共に、闇に溶け込むように数人の暗殺者たちが部屋から姿を消した。


 ◇◇◇


「エルゼ、あちらのカフェで休もうか。君の好きそうなフルーツタルトがあるようだ」


 午後になり、歩き疲れた私を気遣って、レオンハルト様が路地裏に続く石畳の道を指差した。

 大通りからは少し外れた、静かで雰囲気の良いエリアだ。私たちは手を繋いだまま、その路地へと足を踏み入れた。


「ええ、糖分補給は脳の活性化に不可欠ですからね。午後からは、先ほど見つけた不審な裏帳簿の動きについて考察を……」


 私が言いかけた、その瞬間だった。


 ヒュッ、と。

 風を切る微かな音とともに、周囲の建物の屋根から、黒装束に身を包んだ十数人の男たちが音もなく飛び降りてきた。

 彼らの手には、鈍く光る凶器と、魔力を阻害する特殊な手枷が握られている。


「……チッ。大人しくしな、帝国の皇帝気取りとガキ皇子。俺たちの狙いは、真ん中の女だ。命が惜しければ、その女を置いて……」


 黒装束のリーダー格が、下劣な笑みを浮かべて脅し文句を口にしようとした。

 彼らは、自分たちが完璧な奇襲を成功させ、圧倒的な優位に立っていると信じ切っていた。

 この路地裏で、自分たちの数と『封魔石』の力をもってすれば、他国の要人など赤子も同然だと。


 ——だが、彼らは致命的な計算違い(エラー)を犯していた。


「……レオン様、ルカ様。彼らは?」

 私が小首を傾げて尋ねる。


「ああ、気にしなくていいよ、エルゼ」

 レオンハルト様は、私と繋いでいた手を優しく離し、私を自分の背中側へと庇うように一歩前に出た。


「そうそう、ちょっとした『害虫駆除』の時間だからね。エルゼは僕の結界の中で、三十秒だけ待ってて」

 ルカ様も、太陽のような無邪気な笑顔のまま、私の周囲に絶対防御の魔導結界を展開する。


 次の瞬間。

 二人の最高権力者が、黒装束の男たちへと向き直った。


 その顔から、私に向けていたあの甘く優しい表情は、完全に消え去っていた。

 そこにあるのは、絶対的な零度。

 自らの最も愛する宝物(妻)を奪おうとする羽虫に対する、底知れぬ怒りと、絶対的支配者としての冷酷な『殺意』だけだった。


「……我々のハネムーン(愛のひととき)を邪魔したこと。そして何より、私の妻をその汚い口で呼んだこと」

 レオンハルト様の全身から、空気が凍りつくような漆黒の覇気が立ち上る。


「万死に値するね。……お前ら、塵一つ残さないよ」

 ルカ様の黄金の瞳が獣のように細められ、周囲の大気が暴風となって荒れ狂い始める。


 ゼムリアの裏ギルドが仕掛けた浅はかな敵対的買収(誘拐計画)。

 それは、この世界で絶対に手を出してはならない『最凶の夫たち』の逆鱗に、真っ向から触れるという最悪のコンプライアンス違反であった。

 

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