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氷の令嬢の転職計画〜私を追放した祖国が破産寸前ですが、今は皇帝兄弟からの過剰な愛情表現の処理で手一杯です〜  作者: ぱすた屋さん


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第39話『史上最大のプロモーション(帝国結婚式)』



 アウグスト帝国全土、いや、全大陸がその日、一つの熱狂に包まれていた。

 空は透き通るような快晴。帝都ガルデアの街並みは、金と白、そして淡い青の装飾で埋め尽くされ、沿道には建国祭すら比較にならないほどの数百万という民衆が押し寄せている。


 今日は、帝国史上例を見ない、特例中の特例である『三人婚』——皇帝レオンハルト、第二皇子ルカ、そして財務卿エルゼの、世紀の結婚式ロイヤル・ウェディングの日である。


「……信じられない数字です。本日の帝都における経済波及効果、および祝儀や観光収入による国庫への直接的利益は、すでに金貨五千万枚を突破。事前の予算見積もりを三百パーセントも上回っています」


 帝城の奥深く、花嫁専用の豪奢な控室にて。

 私は、純白のウェディングドレスに身を包みながら、手元の小型魔導計算機をパチパチと弾いていた。


「お嬢様……っ! 今日という最高に美しく、おめでたい日に、まだそのような計算機を……っ。ですが、このセバス、お嬢様のそのブレないお姿に感涙を禁じ得ません……っ!」


 ハンカチを噛み締めながら号泣しているセバスをはじめ、私の身支度を整えてくれた侍女たちは皆、感極まってボロボロと涙を流している。


 私が身に纏っているのは、帝国の財力と技術力のすべてを注ぎ込んで作られた特注のドレスだ。

 『月光蜘蛛の糸』を惜しげもなく使用し、動くたびに星屑のように輝く純白の生地。胸元から長い裾にかけては、数千個の極小ダイヤモンドと蒼水晶サファイアが散りばめられ、歩く光の塔のような圧倒的な存在感を放っている。

 職人たちが不眠不休で仕上げたこのドレスの資産価値は、もはや計り知れない。


「泣かないでください、セバス。これは単なる結婚式ではありません。アウグスト帝国の圧倒的な資本力、軍事力(魔力)、そして最高権力者たちの一枚岩の結束を世界にアピールするための、史上最大の『プロモーション戦略』なのです。その中核(広告塔)を担う私が、気を抜くわけにはいきません」


 私は完璧な経営者の顔で言い切ろうとしたが、鏡に映る自分の顔が、どうしても緊張で少しだけ赤らんでいるのを隠しきれなかった。


 ガチャリ。

 その時、控室の重厚な扉が開かれた。


「エルゼ。準備は……っ」

「エルゼ、迎えに……わああっ」


 部屋に入ってきた二人の男——私の生涯の伴侶となるレオンハルト様とルカ様は、私を一目見た瞬間、完全に言葉を失い、入り口で石像のように固まってしまった。


 今日の二人は、いつもにも増して息を呑むほどに美しい。

 レオンハルト様は、皇帝の威厳を示す金糸の刺繍が施された漆黒の正礼装。

 ルカ様は、純白と銀を基調とした、華やかで力強い皇子の正礼装。


「……あの、お二人とも? タイムスケジュールが押してしまいます。そんなに入り口でフリーズしていては、進行オペレーションに支障が……」


 私が少し恥ずかしくなって声をかけると、二人はハッと我に返り、同時に私のもとへ大股で歩み寄ってきた。


「……駄目だ。美しすぎる」

 レオンハルト様が、熱に浮かされたような声で私の右手をすくい上げ、その甲に深くキスを落とす。

「こんな姿を、何百万人という群衆や他国の使節団に見せつけるなど、私の独占欲が狂ってしまいそうだ。今すぐこの部屋に鍵をかけて、一生誰の目にも触れさせたくない」


「兄上、今日は僕も同じ意見かも……っ。エルゼ、綺麗だ……本当に綺麗だよ。妖精のお姫様みたいだ。……だめ、直視したら心臓が爆発しそう」

 ルカ様も、私の左手を両手で包み込み、顔を真っ赤にしながら私のドレス姿を穴の開くほど見つめている。


「お二人とも、過剰な賛辞は不要です。これもすべて、帝国が提供してくれた最高級のリソース(ドレスや装飾品)のおかげですから」


 私は照れ隠しで事務的に返そうとしたが、レオンハルト様が私の耳元に顔を寄せ、低く甘い声で囁いた。


「装飾品など関係ない。君がどんなボロ布を着ていようと、私の目には君が世界で一番美しく愛おしい。……さあ、行こうか。私たちの『光』を、世界に見せつける時間だ」


 二人の最高権力者が、同時に私に腕を差し出す。

 私は深く深呼吸をして、計算機をセバスに預けると、右腕をレオンハルト様に、左腕をルカ様に預けた。


 ◇◇◇


 帝城の正面に設けられた、巨大な『誓いの大バルコニー』。

 私たちがそこに姿を現した瞬間、帝都全土を揺るがすような、凄まじい大歓声が巻き起こった。


「うおおおおおおっ!! 皇帝陛下、万歳!!」

「ルカ殿下、万歳!!」

「エルゼ皇后陛下! 帝国の女神様ぁぁっ!!」


 地響きのような祝福の嵐。

 バルコニーから見下ろす世界は、無数の花びらと紙吹雪が空を舞い、人々の笑顔と熱狂で溢れ返っていた。

 特設席に座る他国の使節団たちは、私たちが放つ圧倒的な「覇気」と「美しさ」、そして三人が見せる絶対的な「結束(愛)」を前に、完全に気圧されて言葉を失っている。


(……見事です。これぞ、最強の企業ブランディング。アウグスト帝国は今日、名実ともに大陸の頂点に……)


 私のビジネス脳が最後の分析を試みようとしたその時、レオンハルト様とルカ様が、同時に私の方へと向き直った。


「エルゼ」


 レオンハルト様が、厳かでありながら、どこまでも甘い響きで私の名を呼ぶ。


「私は皇帝として、この強大な帝国と何百万の民を導く責任がある。だが、一人の男としての私の命は、すべて君に捧げよう。君の喜びは私の喜びであり、君の悲しみは私の悲しみだ。永遠の愛と忠誠を、君に」


 そう言って、レオンハルト様は私の右手の薬指に、大粒の真紅のルビーが輝く指輪をゆっくりとはめた。


「エルゼ」


 続いて、ルカ様が太陽のような笑顔で私の名を呼ぶ。


「僕の魔力は、君が描く未来を創り上げるためだけにある。君が望むなら、空に星を降らせ、荒野に花を咲かせよう。この世界で一番幸せなお姫様にするって、誓うよ。……ずっと、ずっと大好きだ」


 ルカ様は私の左手の薬指に、深海の青を閉じ込めたような蒼水晶の指輪をはめた。


 右手と左手。

 両手の薬指に輝く、帝国の至宝である二つの指輪。

 それは、私が二人の最高権力者から同時に受け取った、重すぎるほどに真っ直ぐな、永遠の愛の証。


「……私の番、ですね」


 数百万の民衆が見守る中、私はゆっくりと顔を上げた。

 もう、ビジネス用語の鎧はいらない。

 過酷な労働(愛)だと逃げる必要もない。

 ここにあるのは、ただ、二人の素敵な男性を心から愛してしまった、一人の幸福な女性の姿だけだ。


「レオン様。ルカ様」


 私は、両手に嵌められた指輪を胸の前でそっと重ね合わせ、二人の顔を交互に見つめた。


「私には、お二人のように国を動かす権力も、奇跡を起こす魔力もありません。あるのは、ただの計算機を叩く小さな手と、数字を読むだけの頭脳だけです」


 私は大きく息を吸い込み、澄み渡る青空に響くような声で誓いを立てた。


「けれど、私の生涯のすべての時間と、この心臓の鼓動リソースのすべては、お二人のためにあります。お二人が私を愛してくださる限り、私は……誰よりも有能な妻として、お二人を世界で一番幸せな男にしてみせます!」


 その瞬間。

 私は、自分でも驚くほど自然に、そして無防備に、顔を綻ばせた。


 計算も、打算も、一切ない。

 ただ、大好きな人たちと共に生きられる喜びに満ち溢れた、心からの、とろけるような最高の笑顔。

 かつて『氷の令嬢』と呼ばれた私が、世界に向けて見せた、最初で最大の微笑みだった。


「「…………っ!!」」


 レオンハルト様とルカ様が、同時に息を呑む。

 そして次の瞬間、二人はもう我慢の限界だとばかりに私の両脇から距離を詰め、私の両頬に、同時に熱いキスを落とした。


「……ああっ、もう駄目だ! エルゼ、愛してる!!」

「君という女は……本当に、私の理性を壊す天才だな」


「ひゃっ……!?」

 大群衆の前での同時キスに、私が顔を真っ赤にして爆発しそうになったその時。


 ドォォォォンッ!!!


 ルカ様の感情の高ぶりに呼応するように、空中に何万発もの黄金の魔導花火が打ち上がった。

 同時に、レオンハルト様の覇気が漆黒と黄金のオーラとなって帝城を包み込み、まるで神話の一場面のような神々しい光景が創り出される。


「うおおおおおぉぉぉぉぉっ!!!」


 民衆の熱狂は最高潮に達し、歓声は大地を揺るがす地鳴りとなって響き渡った。


 他国の使節団は、この圧倒的な国力と、決して揺らぐことのない三人の絆を見せつけられ、ただひれ伏すしかなかった。

 アウグスト帝国に敵対しようとする者など、もはやこの世界のどこにも存在しない。


「……最高の決算エンディングですね」


 空を彩る無数の花火を見上げながら、私は両手を二人の大好きな男たちにしっかりと握られ、幸せに満ちたため息をこぼした。


 史上最大のプロモーションは、大成功。

 祖国を追放された氷の令嬢は、世界で最も甘やかされ、愛され、そして最も有能な帝国の要として、最高のハッピーエンド(永遠の終身雇用契約)を手に入れたのである。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【★★★★★】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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