第37話『トップエグゼクティブたちの最終プレゼン』
私が「どうぞ、お入りください!」と声を張り上げると、重厚な執務室の扉が静かに開かれた。
そこから足を踏み入れたのは、アウグスト帝国の最高権力者である二人の男。
漆黒の軍服を完璧に着こなし、大人の色気と絶対的な覇気を纏ったレオンハルト陛下。
純白の皇子服に身を包み、太陽のような明るさと獲物を狙う獣の鋭さを併せ持つルカ殿下。
二人は私の姿を見るなり、ピタリと足を止めた。
「お、おはようございます! 陛下、殿下! ご覧の通り私の体調は完全に回復いたしました! 本日より、遅れを取り戻すべく二倍の速度で業務を——」
私は立ち上がり、いつものように完璧な営業スマイルで彼らを迎え撃とうとした。
——はずだったのだが。
「……あ、あれ? おかしいですね。声が、震え……」
彼らの顔を見た瞬間。
昨夜の自分の「大好き」という甘ったるい声のログが脳内再生され、私の顔面は瞬時に沸騰し、耳の先まで真っ赤に染まってしまった。
彼らの黄金の瞳と視線を合わせることができず、私は慌てて視線を泳がせ、手元のバインダーで自分の顔を隠そうとする。
「エ、エラーです! これは病み上がりの血圧異常による顔面の紅潮でして! 決して、お二人の顔を見てドキドキしているとか、そういう非論理的な理由では……!」
必死にビジネス用語で防御壁を構築しようとする私。
しかし、レオンハルト陛下はふっと優しく微笑むと、私の手からバインダーをあっさりと抜き取った。
「もういいよ、エルゼ。……その真っ赤な顔と、視線を合わせられない可愛い態度。昨夜の君の『本音』が熱のせいだけではなかったと証明してくれている」
「ひゃっ……!」
レオンハルト陛下が、私の背後に回って退路を塞ぐように腰に手を回す。
同時に、正面からはルカ殿下が距離を詰め、私の両手を彼自身の大きな手で包み込んだ。
「エルゼ。昨日の夜、熱でうなされながら僕たちに言ってくれた言葉、絶対に忘れないからな。お前が僕たちを『大好き』だって言ってくれたこと。……本当に、夢かと思うくらい嬉しかった」
「る、ルカ様……っ、あれは、その……」
逃げ場は物理的にも、論理的にも完全に塞がれていた。
「エルゼ。今日の面談に際して、私から君に『社長命令』を一つ下す」
レオンハルト陛下が、私の耳元で低く、甘く、しかし絶対に逆らえない響きを持った声で囁いた。
「今からこの部屋で、ビジネス用語を使うことを一切禁ずる」
「……えっ?」
「『福利厚生』も『コンプライアンス』も『役員報酬』も禁止だ。君は今日、帝国財務卿という鎧を脱ぎ捨てて、ただの『エルゼ』という一人の女性として、我々の言葉を聞き、そして答えを出さなければならない」
それは、私の最後の盾(言い訳)を完全に奪い去る、皇帝の絶対命令だった。
私がコクンと息を呑んで頷くと、二人の瞳に、これまでにないほどの真剣な光が宿った。
いよいよ始まるのだ。帝国最高の男たちによる、私という一人の女に向けた『最終プレゼンテーション(愛の告白)』が。
「僕から行くよ」
ルカ殿下が、私の手を握ったまま、まっすぐに私の瞳を見つめ返してきた。
そこにあるのは無邪気な少年の顔ではない。一人の男としての、熱く燃えるような覚悟だった。
「エルゼ。僕は、お前と出会うまで、自分の魔力を持て余して、ただ破壊するしか能のない役立たずだと思ってた。でも、お前が僕に価値をくれて、一緒に泥だらけになってインフラを作ってくれて……僕の世界は、お前のおかげで光に満ちたんだ」
彼の手の温もりが、私の中に流れ込んでくる。
「兄上みたいに、気の利いた言葉は言えない。でも、僕の命も、魔力も、これからの未来も、全部お前のために使いたい。お前が笑ってくれるなら、世界中を敵に回したっていい。……愛してる。僕を選んで、僕の全部を受け取ってよ」
不器用で、真っ直ぐで、太陽のように温かいプロポーズ。
心臓が早鐘のように鳴り、泣きそうになるほど胸が締め付けられる。
だが、私が何かを答える前に、背後からレオンハルト陛下が私を強く抱きしめ、私の首筋に熱い吐息を落とした。
「私の番だな」
彼の手が私の顎に添えられ、ゆっくりと上を向かされる。
見下ろしてくる陛下の黄金の瞳は、夜の闇のように深く、そしてすべてを焼き尽くすほどの強烈な独占欲に満ちていた。
「私は最初、君の『頭脳』だけを帝国に迎え入れたつもりだった。……だが、いつの間にか君の存在そのものが、私の冷え切った玉座を温める唯一の光になっていた。君の冷たい声も、計算に夢中になる横顔も、時折見せるその愛らしい赤面も、一ミクロンたりとも他の男には渡したくない」
レオンハルト陛下の指が、私の唇をなぞる。
それは、皇帝としての威厳ではなく、一人の男としての切実な渇望だった。
「私の伴侶になってくれ。国庫の鍵だけでなく、私の人生のすべてを君に捧げる。私という男の愛の重さに、一生付き合ってほしい。……愛しているよ、エルゼ」
大人で、狡くて、どうしようもないほどに深く重いプロポーズ。
右には、私を力強く引っ張ってくれる温かい光。
左には、私を深く包み込んでくれる甘い闇。
帝国のすべてを手にした二人の男が、今、すべてのプライドを投げ捨てて、たった一人の不器用な女の答えを待っている。
「さあ、エルゼ」
「答えて、エルゼ。お前は……」
「「誰を選ぶ?」」
二人の声が重なり、執務室にピンと張り詰めた沈黙が落ちた。
本来であれば、令嬢としてここで恥じらい、そして苦渋の決断を下す場面なのだろう。どちらかを選び、どちらかを悲しませる。それが一般的なロマンスの結末だ。
しかし。
私は彼らの熱い視線を一身に受けながら、ゆっくりと深呼吸をした。
そして、顔は真っ赤なままだけれど、決して目を逸らすことなく、有能な経営者としての『最高の笑顔』を浮かべた。
「……ビジネス用語の禁止、確かに承りました」
私は、ルカ様の手を握り返し、そしてレオンハルト様の胸にそっと自分の手を重ねた。
「ですが、私はアウグスト帝国の財務卿です。目の前にこれほどまでに素晴らしい『最上級の愛』が二つも提示されているのに、そのどちらか一方を取りこぼす(ロスする)ような、三流の選択は絶対にいたしません」
「「……え?」」
私の言葉に、二人の最高権力者が同時に目を丸くした。
「レオンハルト様、ルカ様。私からの、最終的な『結論』をお伝えします」
氷の令嬢のビジネス脳と、乙女の恋心が完全に融合した、誰一人不幸にしない究極の「三方良し」のスキーム(逆ハーレム宣言)が、今、私の口から解き放たれようとしていた。
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次回お楽しみに。




