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氷の令嬢の転職計画〜私を追放した祖国が破産寸前ですが、今は皇帝兄弟からの過剰な愛情表現の処理で手一杯です〜  作者: ぱすた屋さん


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第36話『自己監査(セルフ・オーディット)によるエラー原因の特定』



 翌朝。

 窓から差し込む柔らかな朝陽によって、私は静かに目を覚ました。


「……ん」


 ゆっくりと身を起こし、自分の額に手を当てる。

 昨日まで私の思考をドロドロに溶かしていた熱は、嘘のように引いていた。体のだるさもなく、むしろ長時間の睡眠と最高級の魔導薬のおかげで、コンディションは完璧に回復している。


「素晴らしい回復力です。やはり、体調不良時の十分な休息(有給消化)は、業務効率化に不可欠ですね。……さて、未決裁の書類が山積みになっているはずですから、急いで業務に——」


 私がベッドから出ようと、シーツをめくった瞬間だった。


 ——ピコーン!


 私の脳内のデータサーバに、昨夜の『記憶のバックアップ(ログ)』が突如として復元された。


『私……ずっと、逃げてたの』

『レオン様の、大人で……ずるいところも……。ルカ様の、まっすぐで……あたたかいところも……』

『どっちも……大好きで、選べないの……っ。どこにも、行かないで……』


「…………ッ!!?」


 バァァァァンッ!!

 私の顔面が、一瞬にして沸騰したやかんのように真っ赤に爆発した。


「ああああああっ!! ななな、なんというコンプライアンス違反(失態)を!!」


 私は両手で顔を覆い、ミンクの絨毯の上に転げ落ちると、そのまま悶絶してゴロゴロと転げ回った。


「言った! 私、確かに言いました! 社長と現場トップの袖を握りしめながら、涙目で『大好き』などという、業務に一切関係のない致命的な機密情報(本音)を漏洩してしまいました!!」


 熱に浮かされていたとはいえ、あの甘ったるい声、無防備すぎる涙、そして二人にすがりつくような態度は、私がこれまで築き上げてきた『氷の令嬢』のブランドイメージを完全に崩壊させるものだ。


「穴! 穴はありませんか! いえ、いっそ私が地下の特別監房に自主隔離されるべきです!! あんな大失態を晒しておいて、今日から一体どんな顔をしてお二人に決裁書を提出すればいいというのですか!!」


 絨毯の上で十五分ほどジタバタと身悶えした末、私はハァハァと荒い息を吐きながら、何とか正座の姿勢に落ち着いた。


(……落ち着きなさい、エルゼ・フォン・ブラウベルト。有能な経営者は、自らの失敗エラーから目を逸らしません。起きてしまった事象は変えられない。ならば、徹底的な『自己監査セルフ・オーディット』を行い、原因を特定し、今後の対策を練るのです)


 私は乱れた髪を整え、執務デスクへと向かった。

 そして、真新しい羊皮紙を広げ、羽ペンを握りしめた。


「現在、私の心身に発生している異常なパラメーターを、客観的事実に基づきリストアップします」


 私は震える手で、箇条書きにしていった。


 一、レオンハルト陛下およびルカ殿下と物理的距離が近づくと、心拍数(BPM)が急上昇する。

 二、お二人から「福利厚生(甘い言葉)」を与えられると、顔面に血液が集中し、思考能力が著しく低下する。

 三、お二人のどちらかが自分から離れていく可能性リスクを想像しただけで、胸部に強烈な鈍痛が発生し、呼吸困難に陥る。

 四、熱で理性のストッパーが外れた際、自分の口から「大好き」という音声データが自動的に出力された。


「……以上のデータから導き出される、ただ一つの論理的結論は」


 ゴクリ、と。

 私は唾を飲み込み、羽ペンを震わせながら、その言葉を書き記した。


「これは、不整脈でも、プレッシャーでも、自律神経のバグでもありません。……私の心と体に実装された、極めて正常な『仕様』」


 すなわち——。


「私は、お二人のことが、本気で……『恋』をしている、ということです」


 羊皮紙に書かれた『恋』という一文字を見つめた瞬間。

 私の胸の奥で、今まで必死に抑え込んでいた熱い感情が、堰を切ったようにブワッと溢れ出した。


 レオンハルト様の、不器用なほどに真っ直ぐで、重すぎる大人の愛情。

 ルカ様の、私のためならどんな無茶でもしてくれる、太陽のような温かさ。

 彼らと過ごした数ヶ月の記憶が、走馬灯のように脳裏を駆け巡る。彼らは私を「利益を生む道具」としてではなく、「エルゼ」という一人の人間として、底なしの愛で包み込んでくれていたのだ。


「……認めます」


 私は両手で顔を覆い、真っ赤に染まった頬を隠しながら、一人きりの執務室で小さく呟いた。


ファイアウォールの、完全な敗北です……。彼らという最高の資産パートナーを前にして、恋に落ちないなどという経営判断(計算)は、最初から不可能でした」


 氷の令嬢は、ついに完全に陥落した。

 ビジネス用語の鎧は完全に溶け落ち、そこにはただ、二人の素敵な男性に恋をしてしまった、一人の不器用な女性がいるだけだった。


「ですが……」


 私は熱い頬を両手でパシン! と叩き、姿勢を正した。


「エラーの原因が『恋』であると特定できた以上、有能な経営者としては、直ちに『課題解決に向けたアクション』を起こさなければなりません」


 私の脳が、再び猛烈な速度で回転を始める。

 しかし、それは以前のような「逃げるための計算」ではない。直面した巨大な愛というプロジェクトを、いかにして最高の結果に導くかという「前向きな戦略立案」だ。


「最大の課題は、私が『どちらか一人を選べない』ということです。普通の恋愛市場ロマンスの常識で言えば、これは非道徳的であり、どちらかを傷つける結果になるでしょう」


 私は眉間に皺を寄せ、腕を組んだ。


「しかし、ここはアウグスト帝国。絶対的な実力主義と、合理性が支配する巨大企業です。一人の優秀なリソース(私)が、二人のトップエグゼクティブを同時に愛してしまった。ならば……誰一人として損失ロスを出さず、全員が最大の利益(幸福)を得られる『三方良し』の究極のスキームを構築すればいいだけのこと!」


 恋を知ったことで、私のビジネス脳はバグるどころか、かつてないほどの『超・高稼働状態』へと突入していた。


「そうです! 私はアウグスト帝国の財務卿! どんな難題(修羅場)であろうと、すべて帳簿の上で完璧に決算してみせます! 待っていてください、レオンハルト様、ルカ様……!」


 私は決意に満ちた表情で立ち上がり、拳を固く握りしめた。

 その顔はまだ耳の先まで真っ赤に染まっていたが、その瞳には「愛する男たちを絶対に手放さない」という、冷徹かつ情熱的な光が宿っていた。


 ——コンコン。


 その時、執務室の扉がノックされた。

「エルゼ。起きているか?」

「エルゼ、入るよ! 体調はどうだ?」


 扉の向こうから聞こえてきたのは、他でもない、私の『愛する二人の最高権力者』の声だった。

 昨夜の私の「大好き」発言を聞いて、彼らもまた、ついに最終決戦ファイナルプレゼンテーションの覚悟を決めて乗り込んできたのだ。


「……どうぞ、お入りください!」


 私は深呼吸を一つし、真っ赤な顔に完璧な(しかし少し引きつった)営業スマイルを張り付けて、彼らを迎え入れた。

 氷の令嬢と、最高権力者兄弟による、愛と論理が激突する「最終面談」の幕が、今、切って落とされようとしていた。


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