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氷の令嬢の転職計画〜私を追放した祖国が破産寸前ですが、今は皇帝兄弟からの過剰な愛情表現の処理で手一杯です〜  作者: ぱすた屋さん


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第31話『「業務外」の過剰なアプローチ』



 私の執務室が、最高権力者二人による私財を投げ打った『魔改造(オープンイノベーション空間化)』を受けてから数日が経過した。


 それ以来、私を取り巻く労働環境(社内人間関係)は、明らかに異常な方向へとシフトし始めていた。


「エルゼ、今日の午後のスケジュールだが、すべて白紙にしておいた。たまには頭を休めないと、最高のパフォーマンスは出せないだろう?」

「そうだよエルゼ! ほら、着替え用意したから! 今日は城を抜け出して、街に行こうぜ!」


 帝国の休日。

 本来ならば、溜まった未決裁書類の整理に充てるはずだった貴重な一日の朝に、レオンハルト陛下とルカ殿下が私服姿で執務室に突撃してきた。


 二人の私服姿を見るのは初めてだった。

 レオンハルト陛下は、上質な濃紺のシャツにスラックスという、シンプルながらも鍛え抜かれた体躯と大人の色気を隠しきれない装い。

 ルカ殿下は、動きやすさを重視した革のジャケットに少し細身のパンツ。普段の無邪気さの中に、ハッとするような年相応の男らしさが漂っている。


 二人とも、認識阻害の魔法がかかった伊達眼鏡や帽子を身につけているが、それでも素材の暴力(顔の良さ)が溢れ出していた。


「街へ、ですか? それはつまり、休日の帝都の消費動向を探る『お忍びでの市場調査フィールドワーク』ということですね! 承知いたしました、有能な経営者たるもの、現場百回は基本です!」


 私は彼らの言葉をいつものようにビジネス用語で変換し、気合いを入れて立ち上がった。

 すると、レオンハルト陛下が深いため息をつき、私の鼻先を指で軽く弾いた。


「……君は本当に。仕事の口実はもういい。ただの『休日の息抜き(デート)』だと言っているんだ。だから、いつもみたいに分厚いバインダーや計算機は持たずに、身軽な格好に着替えておいで」


「えっ……計算機を置いていくのですか? しかし、屋台の利益率を計算するのに……」

「置いていくんだよ、エルゼ! ほら、この服! 絶対似合うと思うんだよね」


 ルカ殿下に強引に渡されたのは、普段の重厚な執務服や夜会の豪奢なドレスとは違う、軽やかで可愛らしい若草色のワンピースだった。


 ◇◇◇


 そうして、私と最高権力者二人は、休日の熱気に包まれた帝都の大通りを歩いていた。


 私は帽子を深く被り、両脇を二人に挟まれる形で歩いているのだが……距離が、おかしい。

 普段の『護衛フォーメーション』よりも遥かに近く、二人の肩が私の肩に触れるか触れないかの距離をずっとキープしているのだ。


「レ、レオンハルト陛下。いくらお忍びとはいえ、少し距離が近すぎませんか? これでは歩行の妨げに……」

「『陛下』ではなく『レオン』と呼べと言っただろう、エルゼ。それに、お忍びで歩くにはこれくらい密着していないと、迷子になってしまうからな。ほら」


 レオンハルト……いや、レオン様が、私の右手をすっと取り、その大きな手で私の指を絡め取るようにしっかりと握り込んだ。いわゆる「恋人繋ぎ」というやつだ。


「なっ……! て、手!? 手を繋ぐ必要は……っ」

「兄上ばっかり狡い! エルゼ、こっちの手は僕がもらうからな!」


 ルカ殿下……ルカ様も負けじと、私の左手を取り、ギュッと強く握りしめてきた。


(お、落ち着きなさい、私! これは迷子防止という合理的な『リスクマネジメント』! 視察中の逸れ(ロス)を防ぐための、トップエグゼクティブによる直接的な引率エスコートです! それにしても、二人の手が、熱い……!)


 私の鉄壁のビジネスファイアウォールが、必死に状況を計算式に落とし込もうとするが、なぜかうまく処理が追いつかない。

 右からはレオン様の大人びた香水の香りが。左からはルカ様の太陽のような温もりが、絶え間なく伝わってくる。


「おっ、エルゼ、あそこのカフェの新作タルト、すっごく美味そう! 食おうぜ!」

「こらルカ、歩きながら食べるなど行儀が悪い。……エルゼ、あちらのブティックに君の髪の色に合いそうなリボンがあった。少し寄っていこう」


 二人は私を引っ張るようにして、次々と店を巡っていく。

 そして、その度に甘すぎる「業務外」のアプローチが飛んでくるのだ。


「エルゼ、あーん。口の端にクリームついてる。……ん、甘いな」

 カフェのテラス席で、ルカ様が私の口元を親指で拭い、それを自分の口に運ぶ。

 至近距離で覗き込んでくる黄金の瞳が、無邪気な弟ではなく『一人の男』の熱を帯びていて、私は思わずドクリと心臓を跳ねさせた。


「あっ、いえ、自分で拭け……」

「じっとしていなさい。君の髪は私が結ってあげよう。……ああ、やはりこの淡い水色のリボンがよく似合う。本当に愛らしいよ、私のエルゼ」

 ブティックの鏡の前で、レオン様が私の背後に立ち、長い銀髪を掬い上げてリボンを結んでくれる。

 耳元で囁かれる低く甘い声と、うなじに触れる彼の指先の感触に、ゾクッとした痺れが背筋を駆け抜けた。


(な、なんなのですか、今日は!? いつもは私が『過剰な福利厚生』として論理的に処理できていたはずなのに! 今日は……計算機がないから? いえ、そういう問題ではなく!)


 顔に熱が集まるのを感じる。

 彼らの言葉や行動の端々から向けられる、ストレートすぎるほどの『好意』と『独占欲』。

 それが、経営者としてのフィルターを通り越し、エルゼという『一人の女性』の心臓にダイレクトにノックしてくるのだ。


「……危ないっ」


 その時。

 広場で行われていた大道芸に群衆が押し寄せ、人の波が急に私たちの方へ崩れてきた。


「きゃっ……!?」


 私が人波に飲まれそうになり、バランスを崩した瞬間。


「エルゼ!」

「危ない!」


 左右から、力強い腕が同時に伸びてきた。

 レオン様が私の腰を抱き寄せて群衆からかばい、ルカ様が風の魔力で微細な結界を張り、人波を私たちから優しく遠ざける。

 私は、レオン様の広い胸の中にすっぽりと収まる形になっていた。


「怪我はないか、エルゼ? 痛いところは?」

 レオン様が、底知れぬ焦燥と心配を込めた瞳で私を覗き込む。


「僕がもっとちゃんと周りを見ておくべきだった……ごめん、エルゼ。怖かっただろ?」

 ルカ様が、私の髪を優しく撫でながら、心底申し訳なさそうに眉を下げる。


「……っ」


 その時、私の心臓が、今日一番の音を立てて大きく跳ねた。

 ドクン、ドクンと、警報のような速度で胸が鳴る。


 私が今まで「仕事上の利益リソース」として彼らを見ていたのと同じように、彼らもまた、私の「頭脳」を利益として守っているだけだと思っていた。

 けれど違う。今、私を抱きしめているこの腕も、気遣う声も、損得勘定など一切ない。ただ純粋に、「私」という存在を大切に想い、守ろうとしている熱だった。


(……これは……不整脈バグでしょうか? それとも、気温の変化による自律神経の乱れ? いえ、それにしては、顔が熱すぎますし、胸の奥がキュッと締め付けられるような……っ)


 私の完璧だった論理的思考回路が、未曾有のエラーメッセージを吐き出し始める。


「な、なんでもありません! 怪我はゼロです! 完璧なリスクヘッジ(護衛)、感謝いたします!」


 私は真っ赤になった顔を誤魔化すように、レオン様の胸からバッと離れ、早口でまくし立てた。


「ほ、ほら、市場調査はまだ終わっていませんよ! 次はあちらの魔導具店へ行きましょう! タイムイズマネーです!」


 逃げるように早足で歩き出す私を見て、後ろに取り残された二人は顔を見合わせた。


「……兄上。エルゼ、今、顔真っ赤だったよね?」

「ああ。普段のあの完璧な『営業スマイル』が崩れていた。……ようやく、あの分厚いビジネス脳の殻にヒビが入ってきたようだな」


 背後で二人の最高権力者が、獲物を追い詰めるような、それでいて底なしに甘い笑みを浮かべていたことなど、パニック状態の私の頭脳には処理できるはずもなかった。

 氷の令嬢の「絶対零度の防御壁」崩壊まで、あと少し。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【★★★★★】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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