第30話『休暇明けのサプライズ』
愛が重くー
一週間にわたる「強制的な有給消化(という名の皇帝の私室での過保護な軟禁生活)」を終え、私はついに愛しの職場(執務室)へと復帰する許可を得た。
「ふぅ……長かったですね。毎日三食、皇帝陛下と第二皇子殿下が交代でスプーンを口に運んでくるという過剰な接待(福利厚生)のおかげで、すっかり体重が増えてしまった気がします」
私はシャキッとアイロンの当てられた帝国財務卿の執務服に身を包み、足取りも軽く帝城の廊下を歩いていた。
首の傷跡は、ルカ殿下の執念めいた治癒魔法と最高級ポーションの過剰投与により、細胞レベルで跡形もなく消え去っている。むしろ肌のツヤが良くなったくらいだ。
不在にしていた一週間の間に、決済待ちの書類がどれほど山積みになっているだろうか。それを猛烈な勢いで処理していくカタルシスを想像するだけで、有能な経営者としての血が騒ぐ。
「おはようございます、セバス! さあ、本日からまた馬車馬のように働きましょう! まずは稟議書の確認から——」
ガチャリ。
私は勢いよく執務室の扉を開け——そして、そのまま完全にフリーズした。
「……セバス? 私は部屋を間違えましたか?」
私が尋ねると、いつの間にか背後に控えていたセバスが、どこか遠い目をして答えた。
「いいえ、お嬢様。間違いなく、ここは『帝国財務卿の執務室』でございます。看板もそのままです」
看板はそのままかもしれない。しかし、中身は完全に「別物」にすり替わっていた。
以前は機能性を最優先したシンプルで重厚なデスクと本棚が並ぶだけの部屋だったはずだ。
しかし今、私の目の前に広がっているのは、まるで超高級ホテルのスイートルーム、あるいは王族の新居と見紛うような、常軌を逸した豪華絢爛な空間だった。
床には一面、足が沈み込むほどの純白のミンクの絨毯が敷き詰められている。
壁際には、美しい彫刻が施されたマホガニー製の超巨大な『天蓋付きベッド』が鎮座しており、その隣には、大人三人が横になれるほどのベルベットの長ソファ。
さらに、部屋の隅には常に適温の紅茶を供給する魔導サーバーと、高級スイーツが並ぶガラスケースまで設置されていた。
「これは……一体何の騒ぎですか? 執務室の模様替えの決裁書類など、私はサインした覚えがありませんが」
「お嬢様がお休みになられていた一週間の間に、レオンハルト陛下とルカ殿下が『エルゼの職場環境を完璧なものにする』と仰られ、競うように私財を投じて改装(魔改造)された結果でございます。私のような一介の執事が、最高権力者お二人の暴走を止められるはずもなく……」
セバスが胃の辺りを押さえながら、深く頭を下げた。
その時。
「やあ、エルゼ。復帰おめでとう。新しい執務室の居心地はどうかな?」
私の背後から、ひどく満足げな声が響いた。
振り返ると、レオンハルト陛下とルカ殿下が、二人揃ってドヤ顔で立っている。
「陛下、ルカ殿下。この部屋の惨状……いえ、劇的な変化はお二人の仕業ですか。特にあの部屋の半分を占める巨大なベッドは一体何事でしょうか。ここは職場であって、寝室ではありません」
私が冷静に指摘すると、レオンハルト陛下は優雅に微笑み、私の腰に手を回してエスコートするように部屋の中へと導いた。
「何を言っているんだ、エルゼ。これは君のための『最高の休憩スペース』だ。君は仕事に熱中するとすぐに無理をする。だから、いつでも仮眠が取れるように特注のベッドを用意したのだ。もちろん、私が添い寝してあげるためのスペースも十分に確保してあるぞ」
「兄上ばっかり狡い! エルゼ、そのベッドの魔導マットレスは僕が徹夜で調整したんだ! どんなに疲れてても、十五分寝るだけで魔力が全回復する特別仕様だぞ! しかも、僕が一緒に寝て『魔力譲渡』をすれば効果は十倍だ!」
皇帝と皇子が、私の執務室に設置されたベッドを巡って、どちらが私と一緒に寝るかでバチバチと火花を散らし始めている。
普通の令嬢であれば、職場のど真ん中にこんな愛人部屋のような空間を作られ、あまつさえ「一緒に寝よう」などと迫られれば、顔を真っ赤にして逃げ出すだろう。
しかし、私は有能な経営者である。
この状況すらも、極めて論理的かつ前向きな「ビジネス的視点」で解釈した。
(……なるほど!! 完璧に理解しました!)
私はパンッ! と手を叩き、目を輝かせて二人を振り返った。
「素晴らしいアイデアです、お二人とも! この空間は、単なる執務室の枠を超えた、究極の『オープンイノベーション・スペース(合宿所)』へのアップグレードですね!」
「「……おーぷん……いのべーしょん?」」
「はい! 昨今の最先端企業では、職場とリラックス空間を融合させることで、社員の創造性を最大限に引き出す手法が取り入れられています! このベッドやソファがあれば、徹夜のプロジェクトも快適にこなせますし、何より……」
私は彼らの顔を交互に指差した。
「社長(陛下)と現場トップ(殿下)が、いつでもこの部屋で私と『密なコミュニケーション(添い寝という名の深夜会議)』を取れるということ! 役員間の情報伝達のタイムラグをゼロにする、完璧なコワーキングスペースの完成です! いやはや、お二人の先進的な経営センスには脱帽です!」
「…………」
「…………ねえ、兄上。僕たち、またエルゼの『ビジネス脳』に完璧に変換されちゃったみたいなんだけど」
「ああ、ルカ。……分かっていたさ。だが、この部屋の鍵は私とお前、そしてエルゼしか持っていない。既成事実(同棲環境)を作る第一歩としては、悪くない滑り出しだ」
二人は顔を見合わせてヒソヒソと囁き合い、何やら不敵な笑みを浮かべて頷き合った。
「さあ、エルゼ。休暇明けでまだ本調子ではないだろう。今日のところは書類仕事はほどほどにして、この長ソファで少し休まないか? 私が脚をマッサージしてあげよう」
「駄目だよ兄上! まずは僕がベッドで肩を揉んであげる! ほらエルゼ、こっち!」
左右から伸びてくる手。
私の執務室は、完全に最高権力者たちの「憩いの場」として私物化されてしまったようである。
「お気遣いありがとうございます! ですが、マッサージを受けながらでも書類の決済は可能です! セバス、一週間分の未処理の稟議書をすべてベッドの上に広げなさい! お二人とも、揉みながらサインの確認をお願いしますね!」
「……君は本当に、ブレないな」
「エルゼのこういうところ、すごく好きだけど、たまに泣きたくなるよ……」
私はフカフカのベッドの上に座り込み、山積みになった書類の束を前にして、最高に充実した営業スマイルを浮かべた。
皇帝陛下による完璧な足裏マッサージと、皇子殿下による魔力回復の肩揉みを受けながら、猛烈な勢いで決裁書にサインを書き込んでいく。
労働環境は超ホワイト(極上)。
会社の業績(帝国の国庫)は空前の超・黒字化。
そして、過去の不良債権(無能な元婚約者たち)は完璧に処理された。
財務卿としての私の前途は、どこまでも明るく、洋々たるものであった。
ただ一つ。
私を包み込む二人の最高権力者からの『激重な愛情(過剰な福利厚生)』の包囲網が、日を追うごとに物理的な距離を縮め、私の逃げ場を確実に奪いつつあることだけが……今後の『経営上の最大のリスク(貞操の危機)』になるかもしれないということには、まだギリギリ気づかないふりをしておこうと思う。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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次回お楽しみに。




