第28話『害虫駆除は迅速に(物理)』
ざまぁしゅうりょー
アウグスト帝国の地下特別監房は、二人の最高権力者が放つ桁外れの魔力と殺気によって、まるで圧縮された真空の箱のような息苦しさに包まれていた。
「ひ、ひぃぃぃっ……!! こ、こないでくれっ!」
アルフォンス元殿下は完全に腰を抜かし、私の背後に隠れるようにして床を這いずり回った。手から滑り落ちた転移結晶の欠片は、ルカ殿下の黄金の炎によってすでに跡形もなく灰に変わっている。
「僕の投資先に刃物を突きつけておいて、無傷で帰れると思うなよ」
ルカ殿下が、黄金の瞳を冷酷に細めながら一歩前に出た。
彼が指先を軽く振るうと、目に見えない風の刃が鞭のようにしなり、アルフォンスの足首に絡みついた。
「ぎゃあっ!?」
アルフォンスの体が、見えない力によって乱暴に空中に引き上げられ、そのまま牢獄の冷たい石壁に向かって凄まじい勢いで叩きつけられた。
ドゴォォォンッ!!
「がはっ……!? あ、あぐぅっ……」
骨が軋む鈍い音と共に、アルフォンスが壁から滑り落ち、血まみれになって床に転がる。
だが、それだけでルカ殿下の怒りが収まるはずもなかった。彼はさらに指を動かし、風の刃でアルフォンスの両腕を拘束し、ギリギリと不自然な方向へねじり上げようとする。
「ルカ、そこまでだ」
レオンハルト陛下が、低く冷たい声で弟を制した。
しかしそれは「慈悲」からの制止ではない。獲物を完全に解体するのは、トップである自分の役目だという、純粋な独占欲からの言葉だった。
レオンハルト陛下は、コツン、コツンと重々しい足音を立てて、壁際で呻くアルフォンスを見下ろす位置に立った。
「へ、陛下……っ、お、お慈悲を……! わ、私はただ、エルゼを国へ連れ帰ろうと……っ」
「……この期に及んで、まだ言い訳ができるとは。その薄汚い口を縫い合わせろと命じたはずだが、少しでも手加減されたと勘違いしたか?」
レオンハルト陛下は、革靴の底で、アルフォンスの右手を無造作に踏み躙った。
「ぎぃっ!? ぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
メキメキと、骨が砕ける生々しい音が地下牢に響き渡る。
アルフォンスの絶叫が木霊するが、レオンハルト陛下の表情は夜の海のように冷たく、一切の揺らぎがない。ただ、極上の宝物に傷をつけようとした羽虫を、最も残酷な方法で駆除しているだけだ。
「貴様のその手は、二度と誰にも触れられないよう、完全に粉砕してやる。……安心しろ、帝国の強制労働施設には、口に咥えたペン一本で帳簿を計算させる素晴らしい部署があるからな。手足がなくても、十分に借金は返せる」
「あ、あぁぁ……許して……許してくれぇっ……!!」
皇帝と皇子による、一切の容赦のない物理的・魔力的な蹂躙(害虫駆除)。
かつての婚約者がボロ雑巾のように痛めつけられている光景を前に、私は——。
(……素晴らしい!! これがトップエグゼクティブ直々の『トラブルシューティング(害虫駆除)』! 重要な資産(私)に危害を加えようとした不審者を、社長と現場トップが自らの手で秒殺し、コンプライアンスの徹底を社内外にアピールする! アウグスト帝国の危機管理能力は、まさに世界最高峰ですね!)
私は彼らの残酷な制裁を、「自社ブランドを守るための完璧なセキュリティ対応」として解釈し、深く感動すら覚えていた。
「レオンハルト陛下、ルカ殿下! 迅速かつ完璧なセキュリティ対応、心より感謝申し上げます! これで労働災害(労災)を未然に防ぐことができました!」
私が完璧な営業スマイルで彼らの働きを称賛すると、アルフォンスを踏みつけていたレオンハルト陛下が、ハッとして私の方を振り返った。
「エルゼ! 君の方こそ無事か!? 乱暴に扱われて、どこか痛むところは——」
レオンハルト陛下が足早に私に駆け寄り、私の肩を抱いて無事を確認しようとした、その瞬間だった。
「……っ! エ、エルゼ……お前の首……っ!!」
私の横顔を見たルカ殿下の顔から、一瞬にして血の気が引いた。
彼の指差す先——私の白い首筋には、先ほどアルフォンスが突きつけていた結晶の刃先が微かに触れ、一筋の細い赤い線が引き、血が滲んでいたのだ。
「……血、だと……?」
レオンハルト陛下の黄金の瞳が、私の首筋の赤い傷跡を捉えた瞬間。
地下牢の空気が、先ほどまでの「怒り」とは全く質の違う、狂気じみた「パニック」へと変貌した。
「セバス!! 今すぐ城中の治癒士を呼べ!! 最高位のポーションを宝物庫からすべて持ってこい!! いや、私が直々に魔力を流して——!」
レオンハルト陛下が、顔を蒼白にして叫ぶ。
「あ、兄上退いて! 僕の魔法の方が早い! エルゼ、動かないで! すぐに傷を塞ぐから! 痛くないか!? 貧血で倒れたりしないか!?」
ルカ殿下も涙目になりながら、両手に淡い回復の光を灯して私に飛びついてきた。
帝国最高の権力者にして、冷酷無比と恐れられる男たちが、たかだか長さ数センチの「かすり傷」を見て、まるで世界が終わるかのような大パニックを起こしている。
「あの……お二人とも、落ち着いてください。これは単なる表皮の擦過傷です。出血量も数ミリリットル程度であり、業務への影響は全くありません。いわゆる『軽微な労災』ですね」
私はハンカチを取り出し、首筋の血をサッと拭き取った。
ツンとした痛みはあるが、計算機を叩くのに支障はない。
「軽微な労災だと!? エルゼ、君の雪のように白い肌に傷がついたのだぞ!? もし跡が残ったらどうする! もしそこからバイ菌が入って破傷風にでもなったら……っ!!」
「そうだよ! エルゼに傷をつけたあのゴミ、やっぱり手足だけじゃなくて五感も全部奪ってやる!!」
兄弟の過保護(激重な愛)が完全に暴走し始めている。
私はこれ以上の業務の遅延を防ぐため、ピシャリと手を叩いた。
「お二人とも! 経営トップがたかが一社員の擦り傷で冷静さを失うなど、組織の危機です! 治癒士など呼べば余計な人件費がかかります。絆創膏を一枚貼れば済む話です!」
「ば、絆創膏で済むわけがないだろう! セバス! 早くしろ!」
「かしこまりました! 直ちに宮廷魔導医療班を総動員いたします!」
私の専属執事であるセバスまでが、なぜか完全に兄弟の側に立ち、猛烈な勢いで地下牢を飛び出していってしまった。
「……はぁ。アウグスト帝国は本当に、社員の健康管理(福利厚生)にコストをかけすぎです」
私は呆れたようにため息をつきながらも、両脇からレオンハルト陛下とルカ殿下にガッチリとホールドされ、至れり尽くせりの応急処置(という名の過剰なスキンシップ)を受ける羽目になった。
——一方その頃。
壁際で両手両足を砕かれ、ボロ雑巾のようになったアルフォンスと、恐怖のあまり失禁して気絶しているミリア。
皇帝兄弟のすべての関心は「エルゼの数センチの擦り傷」に向いており、もはや彼ら「害虫」の存在など、視界の片隅にも入っていなかった。
「……ひ、ひぃぃ……たすけ……」
アルフォンスの微かな命乞いも、過剰な福利厚生に文句を言う私の声にかき消される。
こうして、無能な元婚約者たちの哀れな暴走は、完全に鎮圧された。
彼らはこの後、厳重な魔法の鎖で縛られ、死ぬまで金貨一億六千万枚を返し続ける「地獄の強制労働施設」へと、一切の光を見ることなく出荷されていくのである。
祖国からの「不良債権」の処理は、これにてすべて完了した。
しかし、害虫を駆除して安心した皇帝兄弟による、エルゼへの「さらなる重すぎる囲い込み(溺愛)」は、ここからが本番であった。
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次回お楽しみに。




