6-13 クレハ
【カイル】
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アメリアがティアの中に入ってから、剣の色がどんどん変わり今では白くなり鍛冶場の熱も急上昇……エルもヒアも苦しむ所の騒ぎではないので、急遽、熱を遮る結界を作って守った。当初、気を利かせてドワーフ王も包んだら「やめろ!」と怒られた。
理不尽だ。
僕でも結界から出ると数十秒で燃えたんですけど……一度試したらエルに「熱そう……」と言われた。まぁ、確かに熱かった。流石のヒアも僕を見て手で顔を覆ったくらいだ。
こんな状況でドワーフ王は、金床の前の椅子に座りながら生身でティアを押さえつけ、金槌のタイミングを測っているかの様に集中していた。
今までの事を少し振り返る——
最初こそ第四階層に足を運んだ僕だったが、アメリアに頼まれた事もあり、見守った。今は流石に色がまた変わり出したティアと、その中に入っているアメリアを置いてまで探索などは出来なかった。
エルはここに居たくなさそうだったが一人で行動は更に無理らしい。
待っている間、気になっていたこの部屋が理解できなかったので調べてみた。最初こそ分からなかったが、有り余る時間と苦労と努力で全貌が見えた。
なんと、ここがブラックボックスだったという事だ。推測だが、ドワーフ王の為だけに作られた部屋、この部屋自体が王と言ってもおかしくはない。
これが、魔道具なのかはわからないが、そう考えると僕の状態『コミュ症』が出ないのも、熱さに部屋が耐えられるのも説明が無理矢理通る。
そうなると、この王はなんだ? と疑問が出るが、それはまぁいい。この状況でティアやアメリアの為に僕が出来る事はないか? をずっと考えていた……そして、なんやかんやしてティアの中に入れたのだ。もちろん精神体でだが。
中に入った瞬間理解した。これは僕の領分じゃない……今回、結局僕は干渉しない方が良いというのが分かった。簡単に言えば『歴史改変』に近い事が行われていた。そしてそれは僕の存在を嫌う、もし僕が手出しすることになれば、この世界へまで影響が起こる……王が知ってて止めなかったのは説明するより見せた方が早いと思っての事だろう。
僕が愚かだったらどうするのだろう。実際愚かなのに……。
さて、もうこうなったらティアの為の体を三人で作ろうか。ほぼ完成したので後は形を整えるだけだ。
「エル、ヒア。ティアの体を一人一体作ろう」
……状況は逼迫しているのに、手持ち無沙汰という謎の状況に二人の賛同はすぐに得られた。
「やる」
「楽しそう!」
言葉以上に食いつきが凄かったが、良かった。アメリアは必ずティアを連れて帰って来る。僕はそれを信じて待つだけだ。
【アメリア】
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ももがデブ鬼に完全に飲み込まれ、急激に圧縮されて弾け飛んだ。飛び散る肉と血の雨が降り続く中、生まれた長身でピンク色した長髪の女鬼は高々と笑いながらわたしを赤い目だけで見据えてきた。
見つめ合ったまま、静かな時間が過ぎる……気持ちが落ち着かず、腰の刀に触れると目の前の女鬼と呼応するかの様に熱を持つ……怒りなのか悲しみなのかそれが刀の気持ちなのか、不思議な感覚だが戦いは避けられないだろう。
こんな時いつもなら、すぐに飛び掛かるわたしだったが……(なんでだろう……凄く冷静だ——)
刀のおかげ? わたしの成長?
思考の加速か? とも考えたが、降り続く血の雨がそれは違うと語る——
やっと、この静かな時間も終わる様だ……目の前の女鬼の口が裂ける様に笑う。
そして、ぎこちなく話し始めた。
「ごんに……こんにぢ……ヴぅヴぅ…………」
上手く声が出ないのはわかるけど、これから戦うのに意図は……なに?
喉を抑えながら何度か続けていると、段々声が人の発音に変わっていく。
「あ、あ、あー。うん……こ、こんにちは。私はクレハ貴方は?」
ここまで、綺麗な声で話しかけられるとは思わなかった……クレハ……ももの下の名前だけど。ももの声ともティアの声とも違う声だ。やはり別人なのね。
「アメリアよ」
わたしの名前を聞いたクレハは、唇に指を置き少し悩んで口をパクパクした後、ニヤッとした。
「アメ……アメリア——アメリアね! ありがとう、覚えた」
……この女鬼は言葉と精神が別にあるのだろうか……今にも殺しに来そうな殺気を放っているのに、会話が無邪気。ちぐはぐ過ぎて、笑顔で会話しながら襲ってきそうで恐ろしく感じる。
ただ、これだけはわかる。左手に握られた刀が今はすぐにでも飛んでいきそうで、右手で柄を掴んだら勝手に引き抜かれそうだ。刀自身がクレハを斬りたいかの様に……
それが分かれば後は単純だ、殺るか殺られるか……戦いにそれ以外は要らない。
(ティア、行くよ——)
「アハ。殺るのね? 楽しみ、初めての獲物……アメリア」
——左手で鞘を右手で柄を握る、やはり刀は今にも飛び出しそうだが、わたしが精神を集中するとそれに答えてくれた。
クレハは喜び、わたしの名前を口にしてすぐ顔からは笑顔が消え身体の力がなくなったかの様にだらんとする。
変だ……目の前に居るのに移動してる? 意味は分からないが後ろから攻撃が来る!
「アハハ!」
声と共に背後から右手の鋭い爪がわたし目掛けて飛んできたが、完全に捉えていたので刀を振り抜いて攻撃を止める。
美しいピンク色の刃が空に浮かぶ赤い月に照らされる。
ガキンッ
「その刀、綺麗——」
わたしの顔の前で赤い目を見開きクレハはそう呟く。
クレハの言葉を無視し拮抗する力を流した。それにより前のめりによろめいたクレハのがら空きの背中に縦に斬撃を振り下ろす。
ザシュっと音と共に手応えがあった。
……だらんとした元のクレハの体はいつの間にか消えていた。今の相手の攻撃は確かに凄かったけど、一度の攻防で分かってしまった。
この女鬼、能力だけで戦いは素人だ……
今も、たまたま身体能力が高かったから前のめりの勢いで前に飛んで致命傷にはならなかったが、脚のダメージは免れなかった……物凄い痛がっている。
そして、一番の問題……退魔の力は効果があるようでよかった。
攻撃も、もものあの圧倒的な鋭さがない。刀じゃないからかも知れないがそれにしても殺気だけで怖さがない、さらに……その殺気のせいで何処にいるのか丸わかりだ。
演技の可能性もある。
今度はこちらから行こう。
わたしは地面を蹴った——抜き身の刀で牽制がてら横に振り抜く、勢いに乗せて横回転からの斜め斬り、更に縦回転からの上段斬りと三連続で浴びせてみた。
するとどうだろう、クレハは全てを目で見てから避けていた……その為に反撃が出来ない始末。わたしとしては嬉しいが、ちぐはぐ過ぎて気持ち悪い……これなら、ももの方が圧倒的に強かったからだ、何のためにくっついたんだ?
クレハは自分の脚の傷を見て回復しないと知るや否や自ら脚を手刀で切り落とした。その傷には特に苦痛の表情もなく片足で立ちながらこちらを見てぶつくさ言い始めた。
「その刀……いいなぁ……ずるいなぁ……」
どっちが、ずるいのか……もう脚が再生し始めてる。攻撃や気配消しなどは素人だが、頭が悪いわけではない様だ。発想はおかしかったが……戦闘が長引けば回復手段のない、わたしの方が不利だという結果だけが残る。
そして、更にわたしの中で一つの不安が生まれた……脚が完全に再生されてない今、それを試すべくもう一度攻撃をする為にクレハに向かった。
さっきと同じ様に横斬りからの回転斬り、最後に縦——同じ攻撃を一段階速めに繰り出す。すると前よりも綺麗に交わしてきた……実質片足でだ。
(これは、まずい……成長してる……しかも早い)
目で追うのは変わらない……が、動体視力が人間のそれじゃない、やはり鬼か……
「ああ……楽しいなぁ……」
クレハは見た目は楽しそうだが、見た目だけ……内側は恐ろしい憎悪に溢れてる。わかっているけど、惑わされない様にしないと。
「ねぇ、なんで話してくれないの? せっかく言葉を覚えたのに」
覚えた……ももの記憶からと考えるのが自然だ、やはり内にももが存在している。嬉しい情報だがどうやって連れ戻せるのか……全てが最初から誤算の連続だった。
仕方ない、向こうの真意を探るのもありか……
「ももは……今どこにいるの?」
クレハは目を閉じて、思い出すかの様に考え始めた。
「……もも……桃瀬……桃瀬紅葉——あれ? あれあれ……私の中に……凄い……」
冷や汗ってこんな感じなんだね……もう何が起きているのかわからない——急に殺気が消え鋭さが増してくる……まるでももと対峙した時の様に。
「まさかとは思うけど、わたしのせい?」
ギロっとこっちに目線を向けて、少し微笑む。
「ありがとう、色々考えてたけど……もう関係なくなっちゃった」
クレハは両腕を広げて、隙だらけになる……次から次へと今度は何が起こるの?
——すぐに変化が起き出した。周りから何体もの人型が現れその一体がクレハへと変わる、更に二体目、三体目と増えだした。
理解が及ばない状況だったが、近くの肉片が動きだし膨らんだことで理解できた。
(あの時の……肉片——)
全くもってふざけてる。あの爆発がこんな結果をもたらすなんて思うわけがないじゃないか……この後の展開を考えると迷っている場合じゃないと思い、すぐに数を減らす為に動き出す。
今のクレハなら数で来なくても強そうだけど、冷静に確実性をとるなら当然よね。わたしの近くで大きくなりだした肉片を斬る——ザシュ、縦に真っ二つになり消える。
退魔の効果で切れば再生はやはりしないらしい、それだけは本当に良かった、なら——
一気に攻める為に動き出すが、もちろんそれを許してくれるはずもなく、クレハも動き出す。殺気を抑えていても目端でしっかり抑えていたので油断はしていなかった、想定済みだ。意識をクレハに向けたがあろう事かわたしを無視して自分で作り出した分身に向かって行った。
そして——ザシュ……”刀”で分身を切り伏せた。(あの刀は……ももの? いつの間に……何処から取り出した)
手元にあるわたしの刀を見るがちゃんとある。当たり前だ。なら、あの刀は本物のももの刀という事になる。退魔の力がある筈だけど鬼がなぜ持てる……知らないだけで持つのは問題ないのだろうか。
そんな事を考えている内に次々と自分の分身体を斬っていく——何を見せられているのか分からないが楽しそうだ。
初めて覚えた剣技を試したくてうずうずした子供の様に……
(子供か……)しっくりきた。わたしにもあった、寧ろ今もある。
産まれたてか……ももとデブがくっ付いて新たな鬼……子が産まれた。(……嫌な現象だ)
そして、斬るほどにどんどん太刀筋のよくなるクレハ……ももの太刀筋に似てきている。
恐ろしい怪物が目の前で誕生する瞬間を今まさに、目の当たりにしていた——
【クレハ】
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私の中でずっと誰かが叫んでいる……一人は桃瀬紅葉——アメリアの『もも』のおかげで理解できた存在。もう一人いるけど誰かはわからない、感じるけど見えない。ももと同じように名前が必要なのかも……でも、二人の声のおかげで私の意思が生まれた。
思考もどんどん桃瀬に引っ張られてたけど、もう一人がいるおかげで私は私でいられる。
この不安定な私は強さを渇望している、それだけは分かる。成長するのがこんなに楽しいんですもの——分身体を斬りながら、それでも気になる私の大切な存在アメリア……
不思議、会ったことなんて数える程なのに。
その命を奪えればきっと私は本当の私になれそう。
(だって……こんなに殺したいんですもの——)
最後の一匹を切り裂く——
あーあ、もういなくなっちゃった。
でも、だいぶ刀も馴染んできた。桃瀬が鬼に落ちた時に身体に一緒に取り込んだみたいだけど、余程大切だったのね。内と刀から想いが伝わるけど、今後は私が大切に使ってあげる。
そして、アメリアに向き直る。
「お待たせ。楽しくてつい……アメリアの獲物取っちゃった」
静かに、私からずっと意識を外さず佇むアメリア。この子は強い……けど、私には勝てない。桃瀬も『やめて』と言っている。私に殺されるのを阻止したいみたいね。
(無駄なのに……)
やっぱり不思議、もう一人は私とアメリアを戦わせたいみたい、なぜ? でも、私も戦いたいのでこれは私の意思。
「何も言わずに死にたいのならそれでいいけど、手加減なんてしないよ?」
先ずは桃瀬……貴方の剣技でアメリアの手を落としてあげるね。
(記憶にあったあれを再現してみよう——)
『居合』って名前だっけ? 私は記憶の桃瀬の居合を見よう見まねで再現してみた。
距離は桃瀬がアメリアを斬った時より長いけど当たる気がする。腰の肉に鞘を刺し固定する腰を少し落として、構える。
「本当に残念、間合いを見誤るなんて——」
シュン——




