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元社畜神様はコミュ症すぎて異世界でも逃げ出したい  作者: 片白
6章 怨念編

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6-12 怨念2



藤原時平ふじわらのときひら

──────────


 とうとう、彼奴を左遷させた。


 やつも、私が全てを動かしたとは気づくはずもないだろう……菅原道真の居なくなった屋敷で、月を見ながら酒を飲む。


「ささ、もう一杯——」


 家司けいしが中身の無くなった盃に酒を注ぐ。こいつも、既に用済みだ……裏を知っている者は少ないほどいい。だが、今じゃない……残り少ない時間を欲という夢を見ながら過ごすといい。


「すまぬな。お前にはこれからも期待している」


 私の言葉をそのまま受け取り、喜ぶ家司を無視し、月を眺めながら今後を考えほくそ笑む。


(いい夜だ……)

 程よく屋敷の女房や下部たちの動く音を聞くと上に居ると自覚できる。


 長かった——空の星を見上げながら今までを振り返る。


 怨念というものは実に面白い……

 人は、少し条件を整えてやれば簡単に壊れる。あとはそれを“鬼”と呼んでやればいい。


 ……鬼ヶ島は実にいい隠れ蓑となった。


 だが、菅原道真に情報が流れ余計な手を出し始め……退魔師など雇いおって……なんと忌々しい。


「ど、どうされたので?」


 私の変化を注視しおって……欲まみれの小物が、しかし此奴がいたお陰で罠を張りやすかったのも事実か……途中から、この家司けいしを引き込み、退魔師と道真の繋がりを切ってやった。


 その事で、私が退魔師を家司経由で動かす事に成功。鬼ヶ島の実験も上手く運び実用まで漕ぎつけた。元から道真は潰すつもりだった、天皇に虚偽を流す仕込みは既に済んでいた。

 

 後は時間の問題だったが、そこに来てまさか雇われの退魔師が鬼の真実に気づくとはな。


 何も知らなければ少しは長生きも出来ただろうに。そこで家司を使い、道真に最後まで悪を貫いてもらった。何も知らない村人は道真の『退魔師が鬼の元凶だ、直ぐにお前たちを皆殺しに来るぞ』と言う与太話と兵糧という飴を鵜呑みにして、勝手に正義に酔いしれた。


 最後に村に火を放つ。退魔師がこの街を出て村に戻ったと知らせは直ぐに入り時間的にも数時私の息の掛かった家司の部下が村に火を放つ。


 何も知らぬ道真は先程、左遷先に旅立った。


 最後に退魔師の死の知らせが入れば終わりだ……情報の正しさなど、信じさせた者が作り出すのだ。


 私はこれからも情報を使いこの世を意のままに操ってやる。先ずは鬼だ、恐怖は簡単に人をまとめる事ができる。


(楽しみだ……)


 瞼が重くなる……少し飲みすぎたようだ。

 悦に浸るのはこのくらいにして今日はもう終いにするか。


「さて……帰るぞ」


 ん? 変だな……人の気配がせぬぞ……

 先程までは、幾人かの動く音が聞こえていたのに……


「家司よ、見て来い」


「はっ!」


 そそくさと、廊下にでて奥に消えていく。

 上手くいっている時に限って脇が甘くなる……今後は下の者の教育も厳しく——




「ば、化け物ぉぉーーーっ!!」


 突然の劈く絶叫が静寂を破る。



「知らない、ここには居ない、助けてくれ!」


ガタンッ——ズガンッ


「ぎゃあぁぁぁぁぁーーーー」


 け、家司の叫び声? 化け物とは何だ……まさかここに……そんな筈は……どうなっている。


 に、逃げなければ、せっかくここまで来たのに……ふざけるなよ。


 すぐに、簀子すのこから庭園に裸足で駆け出す、ここを直接抜けてしまえば早い。

 もう、他などどうでも良い、ここから逃げさえすれば化け物だろうが何だろうが私の力でどうとでもなる。


 雲が掛かり暗くなりそれが私の姿を闇に消してくれる、私は道真の屋敷の広さに苛立ちを感じながら壁伝いに門の方に向かう。


 ここまで来れば大丈夫だ。足早に門に向かう。

 化け物め、もぬけの殻になった屋敷でいつまでも私を探していろ。


 ——門が近づくにつれ暗がりに不自然な人影が見えた……


(……待たれていただと?)


 だが、頭を切り替え先に気づけた事を幸運と思い……後退りし始めた私を、人影の血に飢えた様な真っ赤な瞳が私を射抜いた。


「ひぃぃぃ……」

 (さ、最初から、ばれていたのか?)


 ゆっくり人影が私の方に向かってくる。

 暗がりで分かりづらいがこの人ならぬ頭の角……完全に鬼だ。何故こんな所にいるんだ。


ジャシュン……ズルズル……

ジャシュン……ズルズル……


「あがぁがぁ……」


 だ、誰か引きずっている……雲が晴れ月明かりがその光景を映し出した。


「け、家司けいし!?」


「だ、だずけで、ください……」


 女鬼に頭を掴まれ必死で手を外そうと、もがく家司——くそっ、役立たずが! 足止めも出来ぬとは……


「ミチ……ザネ」


「ミチザ……ネ」


 何だと……道真だと? まさか彼奴の差金……左遷され馬に乗った時の全てを受け入れたような道真の態度……嵌められたのは私だったというのか?


「ひ、控えろ! 私はこの国の要、日の本の主柱ぞ! 私を殺せばこの国は道連れに滅びる……それで良いのか!」


 一歩、また一歩と近づいてくる。


「待て、早まるな! 欲しいものを言え、地位か? 金か? 何でも与えてやる、私の力があればこの世の全てがお前の自由だ!」


 何故、何も答えん……今までの鬼は怨念と欲望に従っていた筈だ……

 あんな分かりやすい欲を聞いて揺らぎ一つ見せぬなど、ある筈が……


「こいつ……には、何も……効果がありません……」


 家司……まだ生きていたか……制御が効かぬなら、もう逃げるしかない。最後に私の為に働け!


「家司! 意地で女鬼を抑えろ——」


 私は屋敷の方に走り出した。鬼が屋敷に居ると思い外に出たが、屋敷に居ない今なら隠し通路が使える。最後まで諦められるか!


「な……なぜで……あがっ……」


 転けそうになる体を必死で立て直し、無我夢中で屋敷の中に入る。

 入った途端、ベチャっという音と共に滑って転げた——バチャ……な、この生暖かいものは、まさか……まさか……なんの音もしなかった筈だ。


 いつの間に『皆殺し』にしたんだ……

 後ろを振り向くと、外の月明かりに家司を持ち上げ今にも握り潰そうといわんばかりの女鬼が立っていた。


「や、やべで……おね——」


 ブチャ——家司の頭が爆ぜる……血でぐちゃぐちゃの玄関から必死で逃げようとするが、滑って上手くいかない……


「ジュウブン……恐怖ヲカンジタカ?」


 ははは……なるほどな、私なぞ、はなからすぐ殺せたのか……道真の怨みがここまでとはな……因果応報か。


「くそ、くそ、くそ!」


 これからだったのに……これから私の国を作る筈だったのに……ここで終わりたくはない——



【女鬼(桃瀬紅葉)】

──────────


 目の前で必死にもがき逃げようとしている道真……こんな奴にいいようにされ、妾ににんげんを散々殺させた挙句、信じていた人間に裏切らせた……生きる価値もない屑。


 滑稽だな……妾はすぐ鬼に呑まれると怯えたが、何故か意識は断ち切れなかった。

 だが、人を見るともう今までの様には接する事が出来なくなってしまった。

 この屋敷に居た人間は見た瞬間一瞬で肉塊と化した……殺るつもりもなにも、考える前に動いた結果だった。


 だから、この男だけは、直ぐに殺さない為に……さっきの奴で試した。

 今でも精神を強く持たないと殺してしまいそうになる。


 そう簡単にこの怒りが消えると思うな。


「オマエにオニアイノ死ヲ……」


 妾は道真の頭を掴み、屋敷を飛び出した。


「は、離せーー」



【アメリア】

──────────


 最後だと聞いたけど……ここはまた『鬼ヶ島』だ。


「あの時、倒したのが最後じゃなかったの?」


 ももがデカ鬼を倒して、鬼の気配が確かに消えたと思ったのに、あの時より明らかに禍々しい気配が……島の中心から感じる。


 多少は、明るさもあった島が今じゃ全体が怒りで支配された様な雰囲気をただ寄せている。


「ここにももが?」


 ティアが赤く染まり始めてから、もしかしたらを考えた。でも、ももに会って鬼と戦ううちに勝手に物語を良い方に考えていたのかも知れない……あの時の雨の中のももはやっぱり泣いていたんだ。


 ずっと最悪を考え続けていた。人の鬼化……ももも気づいていたんだ……最悪だ……知らずに斬るのと知ってて斬るのとでは訳が違う。


 ずっとももの事を考えながら、鬼ヶ島の中心部に足を運ぶ……鬼に出会う事もなく、不気味に聳え立つ山が見えてくると共に、雄叫びの様な声が聞こえだす。


「ガァァァァァーーーッ!!!」


 もも? 足が速くなる——

 覚悟を決めなきゃ……目に入る真実を受け入れる覚悟を……直ぐに戦いになっても大丈夫なように。命をかけて、ティアを……



「え? 鬼が二匹……戦ってる?」


 わたしの覚悟はその光景を見て速くも混乱により崩れ去る……今まで見た事のない黒髪、赤目の、女性型の鬼。大きさはわたしより少し高い位だ……もう一匹は鬼とは名ばかりの全身が膨れ上がったデブ型の鬼? ももの四倍はある。大きいがそれよりも丸々と肥太った姿は見た目以上の大きさに感じる。


 わたしが来た事をどちらも気付いたのか、激しい戦いが一旦止む。

 それに伴い、女性型の鬼がわたしに話しかけて来た。


「来るトハ、思っテいたゾ……ダガ少しマテ」


 声で、ももだと分かった……鬼になっても人の意識があるのにも驚いたけど、何を待つの?


 そんなわたしの疑問は、すぐに経ち消える。

 

 デブ鬼が雄叫びを上げ出し、ももに向かって行く。


 鬼同士の壮絶な戦いが始まった——

 


【女鬼(桃瀬紅葉)】

──────────


 ただ殺すのは生温い……

 お前にもこちら側に来てもらうぞ道真!


 

——鬼ヶ島に来て数日、よく持った方なんだろう……ずっと、金、物、人、命乞い……よく喋る顎だけは先に砕いてやった。そこからは獣の様に転げ回りながら、自分自身と戦うかの様に悶え出し、徐々に膨張しだす身体。


「ガァァァァァーーーッ!!!」


 そして、とうとう鬼になりおった。

 何とも屑に相応しい醜い姿じゃのう。

 この島がそうさせるのか、憎悪なのか苦痛なのか、そんな事はどうでも良い。


 同じ場所に立って初めて対等だ——


 妾はもう、鬼を理解した。ただ外に溢れる憎悪をそのまま他者にぶつけるだけの存在……そこには何もない。

 妾にはもう何もない、彼奴が来る前に最後の望み……蹴りをつけられそうだ。


「サア、来い!」


 醜いデブ鬼が叫びながら突進して来る。

 見た目を無視した速さだが、妾には何の意味も持たんがな。

 軽く避けたつもりだが、制御が出来ず思った以上に横に飛んでしまった。


(妾を見失っておるわ……滑稽じゃの、頭空っぽか?)


 少し憎悪を捻り出すと、それを感じ取ったのか、デブ鬼がまた妾目掛けて突進して来る。

 それしか、芸がない事に落胆したが、妾の怨念も限界じゃ……殺らせてもらうぞ。


 脚に力を込め鬼の顔目掛けて飛ぶ、体とは違いまだ面影の残る道真の顔目掛けて、そのまま拳を叩きつけた。


 ドゴーンッと音と共に転がる鬼を見て、少し気が晴れるがまた黒く染まり始める。

 転がり仰向けに倒れた腹に何度も何度も拳を叩き込む……(これは、いい……妾の怒りを何度も叩き込める)


 やはり、鬼にして正解じゃったな。一撃ではお主に受けた痛みを返せぬ。

 この憎悪、消えゆくまで付き合って貰うぞ。


 何度も叩きつけ、凹んだところから回復しだすデブ鬼、身体から何か飛び出そうがすぐ元に戻る。ただ、力を振るうだけの妾と同じ存在。


「忌々シイ——」


 おかしい……憎悪は消えるどころか増すばかりじゃ、解消したのは初めだけ……

 疑問が微かに匂う懐かしい気配でかき消える。

 目を向けたそこにいたのは、アメリアだった。


 いずれ来るとは思っておったが、あと数日待って欲しかった。アメリアの顔は妾がこうなっているのが分かっていたかの様な覚悟を持った目だったが……今の状況は想像していなかった様だ。


「来るトハ、思っテいたゾ……ダガ少しマテ」


 妾にはやる事がある、その後は好きにするがいい。再び、ゲフゲフ言っている目の前のデブに向かい合う。


 早めに決着をつけるべきか迷う……殴りつける度にまた憎悪が内から増え出してくる。

 このままだと、此奴を殺っても……いや、アメリアを信じよう。人としての最後の願いだ……勝手な事は分かっているが、きっと殺ってくれるはず。


 もう、此奴をただ叩き潰す事だけを考えよう。

 内に溜めておくのも辛くなってきた。ここからは鬼としてお前と戦おう。


「ガアァァァァァーーー!!」


 後は頼むぞ、アメリア。



【アメリア】

──────────

 

 二匹の戦いは、熾烈を極めた。

 一方的だったももの攻撃を途中からデブ鬼が受け止め出し、互いに削り合う……何度か助けに入ろうとしたが、割って入る隙がない。


 余りの膨れ上がった憎悪に、気分がおかしくなって来そうになった。自然と刀に手が行く……きっとこの刀がなかったらわたしも——


 冷や汗とどす黒い憎悪と目の前の戦いで頭がぐちゃぐちゃになるなか、一つの変化が生まれた。


 ももの攻撃を受けたデブ鬼が急に動かなくなり、そのまま一方的に受ける様になった。そして、二匹から黒いモヤが溢れ出し立ち昇り一つに混ざり出した。


 その後、ももの殴る音にも変化が”ドゴン”という音が”ベチャ、ベチャ”と変わりだしてから……殴るももの拳にデブの肉が張り付き始めた。


「な……何これ——」


 このままじゃ、ももが危ないと思い咄嗟に向かい刀を振るった。


ズシャー!

 混じり合った腕だか腹だかどちらとも言えない肉が斬られた事により裂け血が飛び出す。

 そのまま、切り離されたももがあろう事かまたデブ鬼に向かっていく。


「ももーーー! もう攻撃しないで!」


 わたしの叫びはももに届かず虚しくこだまする……片腕の落ちたももは構わずもう片方の腕で殴り始めたが、当然の如くまた混ざり始める。

 わたしは必死にそれを止めようとするが、もうどちらの身体かもわからない状況に躊躇い始めた事で、同化を止める事が出来なくなった。


 見る見る二匹は混ざり合い、一匹の鬼へと変化を遂げた。



「アハ……アハハハハハハハハハ」



(何が生まれたの? ティア——)

 






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