6-14 反転
【アメリア】
──────────
クレハの居合は初めてとは思えぬ軌道を描いてわたしの手を狙って飛んできた——
シュン
……とても綺麗で、とても純粋にわたしの手を狙う軌道……これほど、読みやすい攻撃はなかった。
クレハは、驚いているがなぜ避けられたのか理解できないのなら、貴方はわたしには勝てない。
ずっと思っていた。強さとは何なんだろうと、ただ勝ったものが強いと昔のわたしはすぐに答えただろう。今もその根本は変わらないだろう、結局は最後に勝ったものが強い。
クレハは気が動転して、今もわたしに襲いかかって来る……それをわたしは避けながら思考を巡らせる余裕があった。
強さとは何も力や能力が高い方が勝つわけじゃない……今ならわかる、師匠の強さが……あの時、戦って師匠の強さが分かった。あんなに強い師匠が普段はその力を振り翳さない、ずっと理解できなかった。
クレハは似ている。自分は強い、その強さを振るいたい、そして誰よりも強くなりたい。
覚えた力をただ振るう、その姿は過去のわたしだ。
「なんで……なんで、当たんないの——アメリア! 何したんだ!?」
頭に血が上り、ただ刀を降りまくる今の貴方は……楽しくないでしょうね。
きっと、クレハは強くなる……わたしなんてすぐに追い越して。でも、今、この時だけは貴方じゃわたしには勝てない。
(ティア、今助けるからね)
ドワーフ王に下手くそと、使うなと、まで言われた『居合』を貴方に見せてあげる。
ただ、わたしの自己流だけどね。
今にも振り抜かれるクレハの刀。私はそれを、あえて抜かぬままの『鞘』で迎え撃った。
ガギィン、と硬質な音が響く。凄まじい衝撃を体幹でいなし、その反動をそのまま抜刀の力へと変換する。
——光が弾けた。
認識すらさせない一瞬の交差。気づいた時には、クレハの右肩から斜め下に向けて、深い太刀筋が刻まれていた。
「あ……え……うそ——」
ごめんね、クレハ……ティアを返してもらうね。
チンッ
鞘に桃色の刀が納まった。
音と同時にゆっくりとクレハの胴体が斜めにずれていく「やだ……まだ、戦いたいのに……身体が、私の身体が……」泣きながら自分の身体を片手で押さえるがそんな事が許される筈もなかった。
ドサッ
「ねえ、助けてよ……アメリア! 私まだ死にたくない……よ」
貴方の想いは痛いほどわかるよ。でも、この世界は貴方を望んでいないみたい……さよなら、鬼のわたし——
バシュ
頭に刃を入れる。
そして今度こそ生まれるドス黒い闇と迎え撃つために、わたしは構える。
クレハの下半身が上半身も無いのに立ち上がり傷口を押し除けるように怨念が勢いよく溢れ出した。
ゆっくりと桃瀬紅葉の姿が目の前に形作られる。その前にもう一つ、わたしは殺らないといけない奴がいる。
どうみても、コイツとももを繋いでおいてはいけない……誰だか知らないけど多分あのデブね。
左胸を突き刺し身体から外に押し出す——ブシャ——案の定硬くそのまま出てきた。
退魔の力でも浄化に抗う恐ろしい邪悪さ……でもさよなら。
刀を振り切った勢いで飛んでいく肉片……本当は今のうちに消したかったけど、もう時間がない。ティアを助けた後、お前がまだ殺る気なら相手をしてあげる。
——デブを引き抜かれても、何事もなかったかの様に桃瀬紅葉が今度こそ私の前に現れた。
とても静かでとても綺麗でとても恐ろしいあの時のもも……一つ決定的に違うのは頭の真ん中に生えた一本角が決定的に鬼だと無理矢理わたしを知らしめた。
すぐに、わたしを見据え一言、声を出す。
「サア、死合オウゾ」
やはり、本物は余計な会話もない……余りの怒りに私まで飲み込まれそう。なぜ、ももがこんなことになったのか今度こそ分かる。そして、わたしが貴方の怒りを全部飲み込んであげる。
「ええ、もも、来なさい」
ゆっくり動き出すももを今回のわたしは待つこともなく先手を取った。
飛び出し横に一閃——ガキンッ、退魔の力をもろともせず腕で止められる……
(——人殺しの鬼め)
急に頭に飛び込んだ、誰だかも分からない気持ち悪い意識に刀を持った力がブレる。何故か目の前のももも苦しむ様に腕を振り抜いてきた——その反動によりわたしは抗えずに吹っ飛ぶしかなかった。
勢いを殺すために何回か空中で回るがそれでも衰えず地面に転がる——
ガザザザーーッ
土埃を巻き上げながらやっと止まり、体を気にするよりも頭を押さえた……
(今の何……ももの記憶なの?)
一瞬だけなのに吐き気がするほど気持ち悪かった……すぐに、ももが来ると思い起きあがろうとすると全身が重い事に気づく——(ぐっ、痛みはあるが……いける)
咄嗟の事で気が動転した。打ち身程度で済んで良かった。(攻撃が来ない?)不思議に思い、未だに動きのないももを見ると同じ様に苦しんでいた。
(もも……)
どういう事? これがももの記憶なら……まさかこれが原因——
ただももと戦うだけじゃ、ダメなんだ……
(——人殺しの鬼め)あの時の記憶……思い出すだけで不安が蘇る……
(師匠……わたしに力を貸してください——)
苦しむももを見て覚悟を決める。言葉通りその怨念も全てわたしが貰って……あげる。
【女鬼(桃瀬紅葉)】
──────────
妾の中で蠢きあっていたものがなくなりただ、憎悪を目の前の人間にぶつけるだけで良かった……なのに……なのに……
(アタマがワレル……)
「ガアァァ」
あの人間の……刀に、ふ、触れてからおかしい……(ティア……トハ、ダレダ……)
怒りが一瞬、途切れたせいだ……また頭の中が怒りと怨念で染まり始める……せっかく意識を手放せたのに余計な事を……おのれ……オノレ……ミチザネ……
(コロシテヤル……)
目の前の人間……ミチザネ……意識が真っ赤に染まり飛び掛かる——
両手を無我夢中で叩きつける、ガキンッガキンッと何度やっても防がれる……その度にティア……記憶が脳裏に叩きつけられる——
それは暖かく、優しい記憶だった……悍ましい……忌々しい……頭から出ていけ!
「デテイケーーーッ!!!」
ガギギギギッッ!
爪と刀が鬩ぎ合う——
「ティア……全部……わたしに……ぶつけて……」
妾の意識が、反転してくると同時に目の前の人間の苦しみが大きくなってくるのが分かる。
このままだと、妾はどうなる……お前はどうなる……思考なんて要らなかった——
「ガアァァ」
不安と恐怖を目の前の人間に向ける憎悪に変えぶつけ続ける……もはや、これは戦いとは呼べないものとなっていたが、そんな事はどうでも良かった……
想いを相手に一つずつぶつける度に火花となり脳裏に返ってくる。
逃げたい(逃げていいよ)
もう嫌だ(大丈夫だから)
帰りたい(帰っておいで)
うんざりだ(受け止めるから)
殺して(殺さない)
許さない(それでいいよ)
た……たす——
「助けて——」
振り下ろされた手は力無く目の前の人間の肩に落ちた。そのまま人間は妾に抱きつき。
「助けるよ……おかえり、もも」
年端もいかぬ妾より若い少女がまるで、忘れ掛けていた母親のように暖かく迎えてくれた……
(夢を見ている様じゃ……アメリアありがとう——)
なぜ、ここまでしてくれたのかは分からぬ。だが、アメリアのおかげで戻って来れたのは事実だった。
目に入る妾の手が見慣れた形に……
妾は人に戻っていた——
【アメリア】
──────────
(良かった……)
今までにない戦いだった。想いを受け止めるのがこんなに大変だとは思わなかった……だけど、上手くいったよ。
ももの角が無くなり、元の桃瀬紅葉に戻った様だ……(でも、ごめんね。もう目が霞んで見えない)
ちょっと、調子に乗り過ぎたみたい。
すぐにわたしの異変に気付いたのか、ももが叫ぶ。
「アメリア! どうしたのじゃ……おい!」
せっかくももが、戻ってティアに会いに行けると思ったのに……まだまだね。
さっきから心臓がうるさい……自ら止めてやろうかと思うくらいにドックンドックンと、脈打つ……
(身体が熱いよう……どうなっちゃうの?)
ドクン……ドクン……
何となくわかるけど、考えたくなかった……でも、もう駄目かも。ももだけでも逃げてもらわないと無駄になっちゃう。
「もも、に、逃げて……押さえられないよ……」
中からももの溜め込んだ怨念が、一気に溢れ出してくる。最初こそ気持ち悪さに嫌気がさしたが、途中からは慣れたのか、嫌気より助けたい気持ちの方が大きくなり、気にしなくなったけど……なんだこれ——
(に、ニンゲ……人間ッテ……みに……醜イ)
ももは、尽くした人たちに裏切られた……それは一人の人間がされて良い事じゃなかった。
悪の概念すら反転する……弱者の正義……ありえない……駄目だ、怒りに染まっちゃ駄目だ……せめて、ももが逃げるまで持たせないと。
「嫌じゃ……このまま、捨て置く訳にはいかぬ」
「ちが、わかるでしょ? このままだと……ももを殺しちゃう……の」
頑固者! どこまでティアとそっくりなのよ…………はは、そうだ、本人だった。
ドクンッ「ガハッ——」
気が緩んだせいで、今のはやばかった。どうにかしないとと思い、考えを巡らせたが答えは簡単だった。
私がももから離れればいいんだ。すぐに動き出す、ももの静止を振り切って——
「どこへ行く!?」
走り出してすぐに気がつく、脚が速い……自分の身体がすでに鬼になっている事にそこで初めて気づく。(不思議だ……自覚ないものなのね)
走りながら先の事を考えると、憂鬱になる。(あー、やだなぁ……師匠に嫌われそう)
みんなになんて言おう、「鬼でもいい?」とかじゃ引かれるよね……姉様はこんな姿でも妹として見てくれるかな?
もの凄い速度で、どこに向かうかも分からない森をひたすら走りながら一人になれる場所を探した。やがてももの気配も無くなり、自分の姿を隠す様にわたしは木陰にしゃがみ込んだ。
『鬼ヶ島』ここに来て、ももと会ってあんまり友達とは思ってもらえる時間は過ごしてないけど、繋がって分かったよ。貴方は何処までも人間が好きだという事が。
鬼になった村人を泣きながら斬ったももにもう悲しみは味合わせない。だから、貴方にわたしは殺させない、これでももの怨念も最後。
右手に握りしめたももの刀の写しを見る……これで斬ったら死ねるかな? 死んだら戻れるといいなぁ……あの時も戻れたから大丈夫だと思うけど、実際自分でやるとなると……
(怖いよ……ししょぅ……)
震える身体を両腕で抑えようとする。
わたしの意識が染まる前に殺らないとと分かっているが人のわたしがそれを止める……その想いを鬼のわたしが無理矢理動かす。両手で持って首に刃を当てる、手がガタガタ震えて上手く力が入らずに軽く首を切って驚いて手の力を抜いた。
カチャン——
(ほんと、いざという時は小心者ね……)
覚悟なら姉様はわたしより持っていると思う。
ここに来て、姉を改めて誇らしいと思うなんて不思議……もう、いい加減覚悟決めないと、ももに居場所を見つけられる恐れもある。もう一度逃げる余力はなさそう……
両手に再び力を入れて、落ちた刀を拾って持ち上げると何故か両手にももの刀を持っていた……
(え?)
「ナンデ? ア、ア……コエガ……」
自分の声を聞いて泣きそうになるけど、今は目の前の二振りの刀……偶然と呼ぶにはあまりにも出来過ぎた現象に驚きを隠せない……たまたまここに来たのに、その場所にあの時に斬ったクレハが握っていた刀が落ちてるなんて——
でも、その偶然も必然だという事にすぐ気づく……両手に持った刀がカタカタ引き寄せられる様にくっ付こうとしていた。
(……もう、これは運命ね……)
成り行きに任せてどうなるか分からないけど……このまま何もしなくても死ぬだけだ。わたしは二振りの刀を見つめる……そのまま抗うのを止めると少しずつ両手が近づいていき、二振りの刀が重なった。
——優しい桃色の光が放たれ、一振りの剣にその姿を変えた。
(ティアだ……嘘っ)
それは、紛れもなくティアだった。でも、それを見てわたしの心は複雑になる、ティアに最後に会えたのは嬉しい……でも、ティアで命を断ちたくない……
ぐちゃぐちゃな気持ちで剣を眺めていると何処からともなくティアの声が聞こえてきた。
(な……なんじゃお主は! 気がついたら目の前に鬼がおる……や、やめとくれ。妾はお主には似合わんぞ!)
ははは……久しぶりのティアの声に笑えてくる。
……ティアね。わたしだと気付かないとか、どうしようもないくらいのティアだ。
(でも、良かった……本当に良かった)
わたしは、ただ、久しぶりに……最後にティアに会えた事に涙を流した。
(な、なんじゃ……冗談も通じぬのか? アメリアよ、妾を侮るなよ。一瞬驚いたが、ちゃんと理解しておるよ)
ティアはわたしの状況を分かっているのだろうか? これだけ覚悟を決めているのに……普通に会話してくる。
(ねぇ、状況わかってる? わたし鬼になっちゃったんだよ?)
(そうじゃな、妾も鬼になった時はビックリしたが、記憶も戻ってスッキリじゃ)
……イラつく、話が噛み合ってないよ。今のわたしを怒らせるなんてティアも怖いもの知らずね。
(折るよ?)
(なぜじゃ!? お主……妾の事を忘れたのか?)
(何がよ……忘れる訳ないじゃない! 何のためにここまで来たと思ってるの!)
(まぁ、良い。完全に鬼になっておらんお主ならいくらでも戻せるわ!)
(は? え? も、戻れるの?)
(当たり前じゃ! 何処でも良いから刺してみよ、それで分かる、そんなことも——)
ティアがまだ何か言っているが、わたしは鬼となった自分の足をティアで刺した。
ザシュ——
(主人よ……話がまだ終わっとらんぞ……)
刺した瞬間からティアに怨念が流れていくのが分かる……これだと、逆に今度はティアが心配になる。
【クレメンティア】
──────────
あの時『ビブリナ』様に出会い、刀として長い時を人間の欲と共に歩みまた闇に落ちた。
いつしか呪いの剣として、持つ者すら傷つける武器として存在し、最後は誰の手にも渡らぬまま埃を被っておった。
それを救ってくれたのが『カイル』様。なんの因果じゃろうな……気づけば世界は妾のいた時代では無くなってしまったが、『アメリア』と出会い、共に歩む心地よさを初めて知ったかも知れぬ。
そして、アメリアよ……この世界の桃瀬紅葉として、お主に助けられた……最早運命だったのかもしれぬな。
お主のおかげで妾はもう大丈夫じゃ、もう二度と悪き心になど負けぬ。
この怨念は改めて妾が貰い受ける。
あの時の妾の怨み、この世界の桃瀬紅葉の怨みが二重になって妾に流れ込む。
やはりな……同じ怨みでも、二つの怨みは似て非なるものらしい。流れ込んでくる記憶が意識を侵食しだすが、時折り桃瀬紅葉の記憶にノイズの様にアメリアが入り込む。
それが救いとなって、妾の意識を繋ぎ止める。妾は確信した。
(今の妾には、なんの意味もないぞ……なにせ、怨みは繋がりによって消えると知ってしまったのでな!)
大切な妾の主人を返してもらうぞ——
【アメリア】
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(大丈夫なの?)
(うむ……気持ち悪かったのぅ)
(えっと、その程度なの?)
(うむ……まぁ、お主のおかげじゃよ——)
恥ずかしそうに言うティアの声を聞いて、何だかやっと解放された様に力が抜けていく……
(主人よ、そろそろ妾を抜かんと痛みで悶えても知らぬぞ!)
抜かんとって……確かに、なんだか身体が縮んで、というか視界も普通になってきてる。
(もしかして、身体も戻るの?)
わたしはすかさずティアを足から引き抜く。なんか、本当に身体が楽になった……
(はぁ……今回はほんと、疲れたよ)
(うむ、迷惑をかけたのぅ……まさか主人に妾の因果を断ち切ってもらえるとはな)
(ほんとだよ、少しでも言ってくれれば!)
(知らんかったんじゃから——)
ガサッ——急に草むらから人が飛び出してきた。
わたしはその姿を見て、ティアと交互に見比べた——
(あの……説明して!)




