6-10 鬼退治2
【桃瀬紅葉】
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アメリアの提案は理にかなっていたので直ぐに乗った。妾が戦って子供を任せていたら、気になって戦いに集中出来なかったかもしれぬ。それを瞬時に見抜くとはあやつも中々やる。
それにしても、アメリアのあの動きは何じゃ? 言っている側から思考が移るが思った以上に異常だ。妾の剣術より数段、集団戦に向いとるな……あれは今までそんな状況で培われた事の証明、中々に凄まじい道を通ってきたのか。
二匹、三匹……アメリアのおかげで、上手いこと鬼の意識が殆どこちらに来ぬ。
(有難い——) 刀で鬼の首を落とす。
ザスッ……後、三匹……なるべく視界に入らぬよう背を低くく最短で子供の元に向かう。
(後少しじゃが、そうも言っとれんか)
目の端でアメリアが巨大な赤鬼と戦いを始めた。ダゴーンッ、物凄い音と共に妾の所にまで土煙が舞う、そのせいで視界が奪われてしまった……これでは子供までの最短が閉ざされて……!? なっ、ブォンッ、ダン。
(ちっ、鬼がこっちに気づいた?)
金棒がいきなり妾目掛けて振り下ろされて来るとは、仕方ない。土煙を逆に利用するか……じゃが、今の鬼の攻撃を避けた為に方向が更に正確ではなくなってしまった。これ以上惑わされる訳にはいかぬ。
微かに残る感覚に従い、更に最短で突っ切るほかないと駆け出す。
——走り続けると苦痛の声と共に妙な違和感に気づく……
(なんじゃ? 鬼の気配が増えた……)
ガシャン、ガシャンと何かが壊されるような音に直ぐ檻が壊される事と結びつけ、音の方に急ぐと視界が土煙から解放された……妾の目に映った光景は悍ましい血の跡と、人が鬼になるその瞬間が目に焼きつく映像として視界に入って来た。
「こ、これは一体どういうことじゃ……」
「があぁぁぁぁーー」
数日閉じ込められていたのが一目でわかるくらい、汚れた姿の村人が身体中から血を撒き散らす。顔を掻きむしり肉の禿げる中から真っ赤な違う皮膚が膨張しだし、それが体の至る所で起こる。最後に赤鬼となる光景は、妾に鬼の真実を想像させるには十分だった。
(いつも躊躇わずに斬っていた鬼が……元は人じゃと? 嘘だ……たまたまじゃ、たまたま鬼に憑依されたんじゃ、妾は人を斬った訳じゃない……あ、あり得ない)
混乱に悶える妾を子供の声が現実に引き戻した。
「た、助けて……ここから出してーー」
声の方に視線を向けると、一塊になった檻が複数、しかも中の人間はまだちゃんと人の形をしていた。
(今、助けねばここまで何をしに来たのか分からぬ。アメリアはちゃんとやってくれている、妾がこんな無様を晒す訳には……いかん)
「ま、待っておれ! 今助ける」
すでに、どれが人が鬼になったのか分からん……分かった所で戻るのかもわからん、全てやるしかない。見える鬼を全て殺るしか。
(す……まぬ——)
一匹斬る。今までの様にすんなり刃が通らない……二匹目、斬るたびに頭が狂いそうになる……三匹目、何を斬っているのかわからなくなる……四匹、五匹、飛び散る血が身体にこびりつく……六匹、見える鬼はあと一匹になる……これで終わると刀を振り上げた時、目の前の鬼が喋った。
「ヤ、ヤメテクレ……」
いつもの鬼の声なのに、人間の悲痛の叫びに聞こえた……が、振り下ろした手が止まらず無慈悲に鬼が縦に割れた。
ザシュ……七人目。
(何故じゃ……)
突然、頬が濡れた……空を見上げるといつの間にか雨が降っていた。
【アメリア】
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(この無駄に馬鹿力が——)
あっちこっち、力任せに棍棒みたいな武器を振り回されたせいで、土埃だらけで視界が悪くなった。ただ、そんな悪条件もあの修行のおかげか、そこまで苦ではなく冷静に対処できた。
殺気を頼りにだけしていたら、直ぐに潰されて終わっていた。ブンッ——咄嗟にしゃがむ。
今もいきなり殺気のない所から、長い棍棒が一文字にわたしの上半身があった所を通り過ぎていった。
(あんなの当たったら即、終わりね)
デカい鬼は鬼のくせに攻撃が多彩だった。そのせいで時間稼ぎも命懸けになっていた。けどそれも、ももの状況がわからないんじゃ倒すに切り替えた方が良さそうね。
デカ鬼がぶん回すせいで周りの鬼も吹っ飛ばすんだもん、馬鹿なのか気にしないのかわからない。さて、行きますか。
とにかく定石通り足を斬って反応を見てからにしよう。また、左からの軌道だと思って安心していたらピタッと止まりドスンドスン音が聞こえる。
(え……まさか突進?)
想像どおり、すぐに目の前の土煙が割れ中から赤鬼が突っ込んできた。いきなりの事と地面が小刻みに揺れるせいで足が踏ん張れずに体制を崩し急にピンチを迎える。
(待って……何とか策を……)
わたしの焦りとは関係なく目の前に鬼が迫る、そんな時、あの時の記憶が蘇る。
ミノタウロスの時と重なるが、前とは少し違う……地面の揺れで踏ん張れない、それなら。
わたしはあの時の様に剣を前に構え、鬼の突進に合わせて飛んだ——ザシュ(良かった)剣が鬼の突進の威力をそのまま飲み込んで深く胸に刺さり鬼と一緒に進む。
成功はしたが次の問題に直面した。このままだと鬼の攻撃に晒される、そう思い剣を直ぐに抜こうとするが……
(ぬ、抜けない——コイツわざと筋肉で抜けないように……)
そうこうしているうちに、棍棒を持っていない左手がわたしを掴みかかって来た……咄嗟に剣を蹴って鬼を飛び越える。
ドシンドシンと走り去って行く。
……やってしまった、完全に失敗だった。とっさだったとはいえ剣を手放してしまうとは……これではもう、あのデカ鬼とはまともに戦えない。取り戻す事はできないわけじゃないが危険が伴う。
ここは、ももと合流して剣を借りるか……貸してくれるかな?
なら、倒してもらうか……結構頑張ったから、あっちはもう終わってるよね?
早く決めないと、デカいの来ちゃう……
ピチャピチャ——(うん?)
あ、雨だ……こんな所にも雨が降るのか、土煙が晴れるのは今は悪手かも、迷ってられない急がないと。
場所は確か……え……鬼が増えた?
ももが向かった場所に近い、なら逆に注意して急がないと鬼を引き連れちゃう。わたしは鬼が増えた場所を目安にももを探すことにして走り出す。
——デカ鬼のせいで、最初に比べて鬼が減ったからか、一気に複数同時に増えた事の違和感、急に殺気が膨れたからわかりやすい。
まだまばらだが雨のせいで少し土煙が晴れてきて焦っていたら、また違和感……と、いうより今回はももかな? 増えた鬼が消えた。これは、どう考えればいいだろう、でも私が感じる範囲では居なくなった。
逆に後ろのデカ鬼の気配が強く感じる。わたしを探しているのだろう。突然居なくなったから怒りでからか大地が揺れているので分かりやすい。
でも、ここまで来れば結構距離は稼げたので直ぐには見つからないだろう。
それでも、急がないと……わたしがせっかく助かった人たちを危険に晒してしまう。
——見えてきた光景はわたしが考えていたものとは異質な感じだった。
ももは数多の鬼の屍の上に立っていた。
その姿は上を向き降り注ぐ雨のせいでまるで鬼の死を悲しんでいるかの様な錯覚にわたしは感じた。
「ももーー!」
わたしはその静寂を危険が迫っている為に瞬時に切り替えるしかなかった。
わたしの声が伝わったのかゆっくり赤い目がわたしを射抜く。一瞬、恐怖を感じたが、気のせいだったのか直ぐに今までのももに戻り、わたしの方に駆け寄ってきた。
「アメリア。鬼を抑えてくれて……すまぬな」
「ううん、違うのまだデカ鬼が残っていて、剣が……」
わたしの言いたいことを一瞬で理解したももは、わたしに助けた人たちを任せて、すでに雨で土埃が晴れた大地でただ、わたしを見失い暴れているデカ鬼の方に走り出した。
「あちらの人たちを任せる」
「あ、待って!」
わたしが倒したかったけどしょうがないか、武器を手放してしまったわたしが悪いわけだし。
ももによって助かった人たちが固まって怯えている……八人、それだけでも命が助かって良かった。
近づくとガタガタ震える大人たちの言葉が聞こえてくる。
「ひ、人殺しだ……」
「あいつは鬼だ」
「私の夫を……許さない」
相当、酷い目に遭ったみたいね。
無理もないと思っていると、遠くでデカ鬼の絶叫と共にまたあの音が聞こえてきた。
カーン
(うそ、ここでなの? わたしの武器はどうなるのよ……この人たちもまだ——)
わたしの意思とは関係なしに意識は音と共に吸い出されていった。
【桃瀬紅葉】
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デカい鬼が崩れて行く……
気持ちを途切れさせないように念じ続ける。
鬼は殺す。
鬼は殺す。
鬼は殺す。
もう、殺す鬼はいないが……気持ちが収まらない……このままあの人たちの所へ戻って大丈夫なのか。
この現実を直視できない、血に染まった手を見るたびに震えが蘇る。
(妾はどうしたら良いのじゃ……)
不安が大きくなると共に雨が強くなる、それが今は少しだけ、救いになっていた。
カランッ
鬼が消えて一本の剣が落ちる。
見覚えのある剣を見て、アメリアの言葉を思い出す。(まだまだ、詰めが甘いのぅ……)命懸けの戦いで何をやっているのかと思ったが、頼光様の従者……捨ておけないと思い拾おうとした。
すると、剣が淡く光だし少しずつ消えていく、その光景に焦り掴もうと握った瞬間に消失した……
(まさか……晴明殿?)
陰陽術は特殊なものが多い、アメリアの傷を無かったことにした依代による身代わり、依代に式神を降ろして戦わせるなど多彩だ。
妾は剣に退魔を宿す事しか出来なかった……
話が逸れたが、きっと呼び戻された……ならまた何らかの理由で怪我を負った? まさかと思い、急いで檻があった所に戻る。
他の懸念は消えないが、先ずは生存確認が最優先だった。
大きな鬼がやられたからなのか、道中に新たな鬼は居なかった。そして、檻のあった場所に戻りほっと胸を撫で下ろした。
助けた人たちはそのまま存在していた。だか、やはりアメリアの姿は消えていた。
(アメリアの事を一応……)
妾は村人たちにアメリアの事を聞いてみた。
「あの、黄金色の髪をした子がどこに行ったか分かる方はおるか?」
全員が露骨に顔を背ける。助かったとはいえ恐怖があるから仕方ない事だが、少しは状況を説明して欲しかった……その時大人に隠れていた子供が話しかけて来た。
「きゅ、きゅにいなぐなった……」
妾は一言、ありがとうとお礼を言って考える。やはり強制的に戻されたとみて間違いない。何とも陰陽道は奥が深いだけに、習得したかったと後悔の念が込み上がるが今はいい。
懸念は多少あるが……助けられたのは事実、今は無事この人たちを村に連れて行かねば。そして、鬼の真実を……思い出したくないが、ちゃんと伝えないと駄目だという気持ちを強く持つ。
(後は菅原道真公に委ねるとしよう)
これで、引き受けた依頼もここまでだ——
海岸まで鬼も出ずにすんなり移動できたのはよかったが、最後まで村人たちの表情は晴れなかったようだ。
それは、帰る船の上も、そして自分たちの村についても変わらなかった。
「ここまで来ればもう大丈夫じゃろ」
最後まで、反応が無いことに少し悲しくもあったが、鬼の恐怖がそうさせたんだと思うことにし、妾は報告に向かうことにした。
「おねちゃん! ありがどーー!」
おぼつかない言葉だが、心のこもった子供の声が心に染み渡る。
その言葉に振り向き右手を振って答えた。
「またのーーぅ!」
無駄ではなかった。それだけが嬉しかった。
妾の想いと呼応したかのようにいつの間にか雨も上がっていた——
【アメリア】
──────────
カーン
わたしは何度目かの強制退去に少し苛立ちながら現実に帰って来た。
「ドワーフ王! なんてタイミングで戻すんですか!」
ドワーフ王は相変わらず寡黙だった……戦闘面でお世話になってしまったので中々強く出れないのは悲しい。
「ほら——」
ドワーフ王からティアの中に置いて来た剣を渡される。その状況に理解が追いつかないが、返って来て良かった。どうやったのか聞きたかったが、そのままドワーフ王が話を続けた。
「名は?」
エルみたいに短いドワーフ王の言葉にエルとは違い普通に話せるんだから話せよ、と思うが仕方ない……(あれ? 自己紹介まだだっけ?)
「アメリアよ」
しまったと思った。なぜなら立場を完全に忘れていた事を思い出したからだ。一応国の建前がある……しかも相手は王だ。国家間の問題がちらつくが、私は一つの事を思い出した。
(今更か?)
そんな身体中に汗が滲むわたしに王は言った。
「違う、この剣の名前だ」
心でズッコケた。それで伝わると思ったことに驚いた。王だからか、ドワーフだからか、デカいからか、そのどれもが威厳という衣をまとって言葉を短くするのか……そういうのは嫌いだ。
聞きたいことは分かっているが、ちゃんと詳細に言わない王様が悪い。
「ティアよ」
(反省をしなさい!)
わたしがどれだけ威厳が嫌いか、理由がエルみたいな仕方のない理由なら許すけど……
(あれ、師匠は? あ、いた)
振り向いて気づいたけど、今回は待っていてくれた事に喜びを感じる。そして、困っている王様に少しほくそ笑んでいると、ゆっくり立ち上がり私の前に来て目をじっと見ながら力強く話しかけてくる。
「すまぬな、剣の中で出会った女性の名を教えてほしい」
そして、深々と頭を下げてきた。その恥もなく堂々とした姿を見て、わたしは小さい嫌がらせをした自分を恥じ自然と言葉が出ていった。
「……ももって、桃瀬紅葉って言ってました」
その名前を聞いて、王は「そうか」と一言だけ呟いた声はわたしの胸に重くのしかかってくる程で、懐かしむ様な慈しむ様な感じだったが、聞ける雰囲気でもなかった。
重い沈黙に居た堪れなくなり、少し離れた所にある柱の側で静かに座って聞いていた師匠の所に駆け寄った。
「師匠! 今回は見守ってくれてありがとうございます」
「ううん、どうだったの?」
「おっかえりー!」
急に目の前に飛び出して来たヒアちゃんに驚きながらも、答えた。
「鬼退治をして来ました! ヒアちゃんただいま!」
あの、デカ鬼を倒せなかったのは残念だけど、前よりも戦えるようになってて良かった。
よく見ると師匠の横にエルもいた。わたしを凝視しながら何も言わずにいるので不思議に思った。
「エル、どうしたの?」
「呪い」
呪い? エルの突然の言葉に驚いた。呪いの意味はわかるが、わたしを見て言ったという事は私が呪われてるの?
「ほんとだ、よく分かったねエル」
ブイ
師匠の言葉も肯定と受け取るべきだ。呪いに気持ち悪くなり、手を見たり自分の身体を確認するがおかしな所はない、それすらも不気味に思った。
「安心して、この程度なら大丈夫」
パチンッ
師匠の力で身体から微かに何かが消えていくのを感じた……ということはわたしの呪いを解いてくれたんだ。さすが師匠だ、そのまま師匠は立ち上がってドワーフ王のところに歩いて行った。
「説明ちょうだいよ」
「……剣を手放したからだ」
ドワーフ王は、わたしの剣の退魔効果は持ち主を守る、その剣を一次的にでも手放した為に呪いに侵されたと言った。
毎回何で説明をくれないのかは疑問だが、もう一つ疑問が出た。
「呪いを放っておくとどうなるの?」
何気ない一言を王は言いづらそうに口籠る。
やがてゆっくりそれこそ呪いを吐き出すかのように一言だけ言葉にした。
「鬼になる——」
その言葉に私のあたまは真っ白になった。




