0-7 観測者の告白
【観測者】
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むかしむかしあるところに、一人の気高い女性がいました。
吾が、彼女と出会ったのは鬼のいる島に囚われの身になっていた時だった。
目の前で鬼になり変わり果てる村の住人たち……その中には吾の父と母もいた。自分たちもああなるのかと恐怖に染まる地獄の様な日々から解放してくれたのが、当時『退魔師』をしていた『桃瀬紅葉』様だった。
あれよあれよと、鬼を退治し吾たちを救ってくれた女性。雨の降り続く中、人が鬼になる瞬間を目の当たりにしても気高く、そして美しかったその姿を忘れない。
感謝しかなかった……今度会えたらちゃんとお礼をしたいと思った——でも、それは叶わなかった。それどころか、吾は……最悪な形で再会を果たす事になってしまった。
大人たちには自分たちの家族を、鬼になったとしても許せない人たちが何人も居た。
その歪みは『道真』様の呼びかけで一瞬にして村人たちを人の姿をした『鬼』にした。
子供でしかなかった吾もその歪んだ大人たちに抗えず、事もあろうに吾の誘いで……毒を飲ませてしまった。
命の恩人が苦しむ中、喜び笑う大人たちを見ながら吾は手に持った脇差しで懺悔を胸に命を経とうと思った。が、弱かった吾にはそれも叶わなかった。
泣きながら、項垂れ何も出来ない吾の耳に聞こえていた大人たちの喜びの声が叫び声に変わった。
何事かと思い顔を上げると、そこには女鬼が次々と村人を惨殺している光景が映った——すぐに鬼が彼女だと分かった。
悲惨な状況だったが、吾は嘆くよりも当然の報いだと思った。自らは怖くて命を絶てなかったが、この状況を受け入れ吾の命が彼女の手によって無くなる瞬間を今か今かと待ち望んだが、その時は結局来ず、女鬼は吾の前からいつの間にか姿を消していた。
——あれから、吾は餓死寸前の所を助けられて『鍛冶師』の見習いとなる。運が良かったのだろう、何度も師匠にもお前は運がいいと言われたものだ。
吾はそこで必死に働き、いつか退魔の刀を作り女鬼に会いに行こうと思っていた。未だに聞こえる鬼の噂、場所は知っていたのでいつかは『鬼ヶ島』に行き……せめて吾の手で解放してあげれればと。
時は過ぎ、鍛冶屋として工房を任される様になる。これで自由な時間に、己の刀を打てると色々と準備をし始める。
——ある時、この状況を変える女性が吾の前に現れた。黒髪の肌の白い彼女は吾にこう告げる「繋がりのある其方にこの刀を預ける」と、なんの話かと尋ねた吾が聞いた話は、なんとも信じ難いものだった。
この刀に『桃瀬紅葉』が宿っていると……深く刻まれた怨念は人の善意によって癒される。其方が最初の一人を選ばれよと、急な申し出を頂いた。
なら、吾が最初の一人となろうと刀を抜こうとしたが抜けなかった……どうやら、吾はそれに値しないらしい。当然だと思った……これで鍛冶屋としての吾の存在意義は無くなった。
項垂れた吾を、気にかけてくれたのかは分からないが、女性が刀の名付けを吾に持ちかけて来た。急な申し出に吾は考えたが答えが中々出ずに、ただ鬼となり苦しむ彼女を慰められないかと思い『慈悲』と、せめて名前だけは苦しみを解いてほしいと願いを込めて彼女に伝えた。
彼女は少し微笑み「良い名ですね、では、この時を持ってこの刀を『クレメンティア』とする』名付けを受けた刀は光り輝くと、直ぐに収まり吾の手に収まった。
不思議な名だと思い、名付けの理由を聞いたら「何、単純ですよ『紅葉』から取り『慈悲』と掛け合わせただけよ」——
そして、付けられた『クレメンティア』は他の国の言葉で『慈悲』と言うらしい。なんとも奇天烈な言葉に吾は馴染めずにいると「名は其方が知っておれば良い、誰かに伝えるものでは無いのでな」と……では、吾はこの刀を信用できる誰かに渡せば良いのかと問うと、その通りだと答えが返って来た。
結局、吾は桃瀬紅葉様に何も返せない。突然無力感に囚われ、この償いはどこですれば良いのだと……何年も溜め込んだ想いを目の前の女性にぶちまけた——
支離滅裂になりながらも、吾の話を静かに最後まで聞いてくれた彼女は、少し考え呟く。「背負う覚悟はあるか?」と、吾にできる事があるのなら何でもしますと答えた。
「良いでしょう、では、其方は観測者となりなさい」
観測者とは……『クレメンティア』の行く末を見守る。そして、その想いが晴れるまで共に歩む。すぐに終わるかも知れないし、もしくは途方もない時が掛かるかも知れない。
「此方もその時が来るまで、永劫の檻に囚われる事になるぞ、一度契れば事が済むまで解放はされぬ。それでも良いか?」
願ってもない申し出だった……吾の答えは決まっていた。
「はい」
「そうか……強い子よ」と、彼女は吾に近寄り額に手を置く、ひんやりした手から何かが流れ込んで来た。「受け入れよ」彼女は静かにそう言った。吾は、無意識に抵抗していたらしい。
受け入れるつもりでも抵抗してしまう。中々に難しかったが、桃瀬様の事をただひたすらに願い続ける事で受け入れる事が出来た。
特に何が変わったのかは分からないが、冷たい手が額からゆっくりと離れて行く。
「さて、其方の命はこの世の楔から解かれた。後は刀の観測頼むぞ——」
その言葉で吾は助けられた命を今後『桃瀬紅葉』様の為に使えるのだと心の中で喜んだ。
全てが終わり少しの沈黙の中で、吾はずっと疑問に思っていた事を口に出した。
「貴方は一体誰なのですか? な、なぜそこまでしてくれるのです?」
彼女は躊躇なく話してくれた。
「此方はビブリナ。ただ理由を知りたい者よ……いつしか刀が解放された時、また会いに来る」
そのまま、姿が薄くなって行く「それまで、元気でな」と最後の言葉と同時に完全に姿は見えなくなった。
夢を見ている様な時だった。だが、目の前には『クレメンティア』がしっかりと存在している。
この刀をだれに渡すかは決めていた……あの方なら、この刀に相応しい。
——確か『摂津国』に居たはず、長旅になるな。せっかくここまで育ててくれた師匠にはちゃんと話さねばな。
そして、これを届けたら先ずは物語を……吾が今出来る唯一の供養だ。観測者の意味を聞いて初めて思った。言葉は残せるのだと……どれだけ小さくても良い、せめて吾の知っている桃瀬紅葉の物語を——
——気の遠くなる様な時は過ぎ去り、俺の工房の扉が開かれる。そして、黄金色に染まった『クレメンティア』を受け取った。
【ドワーフ王】
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あの時の姿で、喧嘩をしている姿を見ると身体の水分が全部流れ出てしまうのではと思うほど目から水が流れ出す。
「ぐぉ……ぐぅぅ……ごぁ」
必死で堪えるが止める事は出来ない……仕方ないではないか、どれほど今日という日を待ち望んだか。本物の桃瀬紅葉様はそのまま『クレメンティア』に、記憶の世界で生まれた桃瀬紅葉様はそのまま『桃瀬紅葉』様の姿に。
ただ、あの世界でも俺が鬼の引き金になっていた。
覚悟はしていたが、目の当たりにすると自分の弱さに吐き気が込み上げるくらいだった。
しかし、あの時本当の俺は、鬼となった桃瀬様に話しかけなぞしなかった。アメリアの介入は色々な者に変化を与えていたのかも知れない。
結果、桃瀬様は二人に分かれた。驚くべき事と同時に予想もしない事態に俺は焦った。そのまま解決の糸口も見えず、カイル殿に委ねる事になったが、こうやって全てがうまく行く事になった。
俺はあの時に言いたくても言えなかった事を時を超えた今、叶える事ができる喜びに打ち震えながら、いろんな感情が渦巻いて行動を起こせないもどかしさに嘆いていた。
未だに喧嘩している桃瀬様お二人。それを止める一つの方法を導き出すのは簡単だった。
カーン
この部屋と金槌は俺が長年研究し続けて来た。正に今世のアーティファクト、無限の命を与えられた俺にだから許された遺物。
部屋の中だけは奇跡も必然となる、音がこだまする部屋で俺の姿は見る見る縮み、あの時の姿へと変貌を遂げた。
特に問題なく身体が動く事を確認して、早速、二人とアメリアの前に立ちはだかった。
「あ、あの……俺の話を聞いてくれませんか?」
久方ぶりの子供の姿……中々に勝手が悪いな——だが、悪く無い……何年経とうと俺はあの時のままだと思い知らされた。
「お、お主は……なぜ、ここにおるんじゃ?」
「む……何処かで見覚えがあるが、思い出せぬな」
「んー、この子は誰ですか?」
話しかけた事でまた込み上げる……記憶に新しい分かれた方の桃瀬様は覚えてくれているが、それは実際の俺ではない。逆に本物の桃瀬様、今は剣の姿の『クレメンティア』様はすでに忘れてしまっていても、不思議ではない複雑な状況だが、二人に共通するのは、どちらの引き金も俺が引いたとこには変わりがない。
許されたい訳じゃなかった。ただ、あの時、助けてもらえた感謝があったのに、それなのに言われるままになった自分を許せなく……このままでは、また行動できぬと思い——
吾は……あの時の想いをぶちまけた。
「ずっと言いたかった……ごめん……なさい……何も、何も出来なくて……逆らえなくて……ずっと、ずっと謝りたかった……だから……だか——」
ただ、感情が溢れてチグハグになり、ずっと言いたかった事も分からなくなり、呻きと涙が次々に溢れて来た。そんな吾の気持ちをそっと桃瀬様は抱きしめてくれた。
「もう、良いのじゃ……子供に何が出来ようか、怨んでなどおらぬよ」
果てしなく続いた吾の罪は、時と共に大きくなり過ぎて、謝っても消えぬかも知れないと、それでいいとさえ思っていた……でも、言葉に出してこうやって温もりを感じる事が出来たら、嘘みたいに不思議と弱まっていく。
その恐怖に自然と言葉が漏れ出る。
「ゆ、許されて良いのでしょうか……」
「子供が何を言うとるのじゃ? お主に責任があるのなら、心に深い傷をつけてしまった妾の弱さの方が責任重大じゃよ」
「……その通りじゃ。しかし、あの時は危なかった。鬼の妾に話しかけるとか、そんな勇気誰も喜ばぬぞ」
「そんな事があったのか?」「じゃよ、必死で押さえ込むのに苦労したぞ」「ほう、やるのぅ」……なぜか、さっきまで喧嘩していたのも忘れて、吾の話に花を咲かせる二人。
「あ、あの……『クレメンティア』様は吾の事を?」
「おー、思い出しだぞ。今までよく背負ってくれた……感謝しかない。お主は既に許されておるよ」
「なんの話じゃ?」
「あー、強い子じゃと言う意味じゃよ」
「なんじゃ、よく分からんぞ!」
「知らん知らん、妾はこれ以上この件に関しては何も言わんぞ」
「ふざけるな!」……そして、また喧嘩が始まった。
——許されてしまったな……心のしこりも嘘の様に楽になってしまった。よかった反面背負うものも軽くなり過ぎてしまった様な気になる。
これから、どうするべきかを考えるまでもないな、『ビブリナ』様が来るまでどのくらい時間があるかも分からないが、吾の道はここからか……。
なら、立ち止まっているのも馬鹿らしい、喧嘩をしている二人にもう一度、割って入り、あの日から止まってしまっていた時間を少しずつ動かし始める事にした。




