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22/23

22.すべてが終わり、そして世界はまた廻りだす

「……え」


 予想に反して──俺の意識が潰えることは無かった。それどころか、以前感じたような体に穴が開くような感覚も無ければ、傷口が熱くなるような感じもない。


 俺は恐る恐る目を開く。一体どんな光景が広がっているのか──そんな事を思っていると……次第に“それ”が視界に入ってくる。

 紫色の髪を持つ少女、ヴィオレッタ。彼女の持つ剣の鋒は……俺の頬を掠めるだけで、ついぞ俺の額を貫くことは無かったようだ。


 彼女は……紫電の姫は……ただ俯いたまま……何も言葉を発さない。対してエルフであるミーシャも、何かを察したかのようにその場に留まり続けている。


「……」


 口は開けても、続く言葉が出てこない。


「……ヴィオレッタ?」


 俺は何とか声帯から声を絞り出す。消え入りそうなほどに小さな声だが、この静寂な雰囲気が漂う場の中では大した支障ではない。

 しかし、少女は未だに俯いたまま。かといって剣を降ろすわけでもない。どうするべきか──。何をするべきか──そんなことを悩んでいると──。


「わたしは、わたくしは──」


 “紫電の姫”が……顔を上げる。頬を伝う涙などかまいもせずに──少女は俺を見ていた。


「頭ではあなたを憎んでいる。殺めてしまいたいほどに憎んでいるはずなのに……」


 震えるヴィオレッタの体。静寂が支配する玉座の間に、ただただ少女のか細い声が響いていた。


「……殺せない。……殺したいのに、殺せない……っ」

「……ヴィオレッタ」


 カシャン、という音とともに、少女が持っていた武器が床に落ちる。それと同時に──その華奢な体は、糸が切れたマリオネットのようにその場に座り込む。


「……どうして……どうして、この世界を見捨てたのですか」

「……それは」


 俺が続く言葉を発する前に、ヴィオレッタはそれを“叫び”で遮る。喉がただれてしまいそうなほどに力強い叫びは、どこか空しく、自分に何かを言い聞かせるような声色を帯びていた。少なくとも──俺はそう感じた。感じていた。


「……分かっています。あなたはこの世界を……きっと望んで捨てたわけじゃない。何か理由があった。そうなのでしょう。けれど──」


 再度、紫色の髪を持つ少女は俺の方を向いて言う。途切れ途切れのことばを繋ぎながら。ただ──自分の思いを吐露するかのように。


「けれど──あなたには、あなたにだけは……もっと早く、この世界を見つけて欲しかった……。あなたが……わたくしは、詩朗(しろう)に助けて欲しかった……」


 今までヴィオレッタが見せたことも無いような姿。それを見ながら俺は、あることを思い出していた。

 この世界の真実を知ってからというもの、蘇りつつあった“記憶の底”の思い出。引き出しの奥深くにしまっていたはずの“それ”が……俺の脳を活性化させる。


『──ヴィオレッタ。ヴァイオレット城の女王にして、威厳ある為政者。厳格な性格でありながら──心優しい一面を持つ少女』


 俺は知っている。俺だからこそ知っている。彼女が……ヴィオレッタが、人一倍強く、人一倍優しく、人一倍……脆いことを。


「……殺せるわけない……ここまで来たのに。とんだ臆病もの……そう思うでしょう? 詩朗(しろう)──」


 ……考えるよりも先に体が動いた。俺は──座り込むヴィオレッタの体を強く抱きしめる。今にも消えてしまいそうな……そんな儚さを見せる彼女の体をしっかりと支える。


「……馬鹿な人。自分を殺そうとした相手に……優しさを見せるつもり?」

「……優しさ、じゃないさ。ただ……こうしないといけない……そう思っただけだ」

「……なんなの……なんですの、それ。ぜんぜん……全く論理的じゃありませんわね……。本当に……」


「……本当に、嫌なひと」


 声を震わせながらそう告げるヴィオレッタ。だが……どこかその声色は……嬉しそうなものだった。



「……眠ったのか」


 玉座の間。その床に寝そべる少女の姿を見て、俺はそう呟いた。さきほどの──“アレ”から少し経ったあと。

 俺は疲労で気を失いかけていたヴィオレッタを横にして……ミーシャと共にその場に居た。


「……ミーシャは、どこまで予想していたんだ」「さてな。だが……“紫電の姫”とて人間だ。無論私もそれに連なる存在だが……。それでも、彼女にお前は殺せない。そう確信していた」

「……なぜだ?」


 なんというか、殺されないと信じるに足る根拠が無いと思うんだが。


「……経過はどうあれ、シロ……お前が私たちを産んだことに変わりは無い。この世界の人間が……少なからずとも命を持って……“生きている”のは、お前のおかげだ」

「……そんなことは」

「……いいや、“そんなこと”だ。少なくとも──ただの“データ”でしか無かった私たちが今息をして……大地に立っているのは、シロのおかげだ。それだけは間違いない……と思っている」


 過大評価だ……とでも言ったらぶっ飛ばされそうな雰囲気だったのでやめた。


 ……少なくとも、俺は自分がした……していた事が罪で無いとは思っていないし、それは今も変わっていない。

 けれど、ミーシャやヴィオレッタのような“異世界”の人々にとっては、そう簡単に割り切れる問題では無い……という視点が俺には欠けていたようだ。


「……これから、どうするつもりだ?」


 ミーシャが俺に問いかける。これからのこと……か。正直、あまり考えてはいなかった。なぜなら……俺自身、ここで死ぬものだと思い込んでいたためだ。


 ……生き残ったのは、ヴィオレッタなりに“責任”を取れということなのだろう。少なくとも──俺はそう解釈した。


「……そうだな」


 足りない頭で考えを巡らす。少なくとも──最初にやることは決まっている……はずだ。


「……機関の……ウルフにかけあってみる。まずはそれからだ」

「……案外堅実だな。だがまぁ……」


 ミーシャは言う。今まで見せたことの無い──微笑んだ顔を見せながら。


「だからこそ、気に入る甲斐もあったということか」

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