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23.エピローグ

 あれから──あれ”というのは“向こう側”の一件のことだが──日数にしてはそれほど時が経っていないはずなのに、かなり長い間“忙殺”されていたような気がする。

 高校生風情が“忙殺”という言葉を口にするのもなんだかな──そう思われるかもしれないが、実際に忙しくしていたのは事実なのだから他に言い様がない。八方塞がりというやつだ。あぁ、嫌になってくるね。


 今、俺は何をしているのかというと──ここ冬木市にある展望台に来ている。展望台と言ってもここは地方の寂れた自治体。そこら中が錆び付き、休日であるにも関わらず俺以外の客が居ない。まったくもってどうしようもないな。


「……まったく。自分の住む街をそんなに悪く言うものではない」


 ぐちぐちと愚痴を言っている俺に対して──隣に座っていた女性……もといエルフがそう告げた。

 ……ミーシャ。異世界の住人にして、優れた弓術を有するエルフの一人。だが、その声色は、以前よりもはるかに優しさを感じさせるものになっている。

 吹き付ける風が、エルフの頬を優しく撫でた。宝石のように美しい金色の髪が翻り、ミーシャはそれを抑える。


「……事実だろ? ……まぁ、“俺だけ”ってのは間違いかもな。一人じゃ無くて二人ってか」

「……屁理屈ばかりだな、本当に。一度その目を開いて見てみるがいい。ここから見える景色は綺麗じゃないか」


 ミーシャの目は輝いている。大して俺はそこまでだ。なにせ子供の頃から見ている景色なのだから……さして驚くこともなければ、なにか感動することもない。


「……ミーシャだって、向こう側の景色は飽きるほど見てるだろ? それと同じさ」

「そうか? 私は……何度見ても飽きないがな。特に、故郷の光景ともあればなおさらだ」


 ……ミーシャは自信ありげにそう言った。彼女から見れば、俺は故郷に興味の無い薄情な存在に見えているのだろう。だが実際そうなのだから仕方ない。


「……もう、例の“交流”が始まってからしばらく経つんだな」

「あぁ。喜ばしいことに──大きなトラブルもなく、こちらの世界と私たちの世界は交わっているようだ」

「“喜ばしいことに”……ね。確かに、今のお前の顔を見ればそう言いたくもなるな」


 安堵の表情を浮かべながら笑うミーシャの姿。彼女が──今のように笑みを浮かべるようになったのは──今から少し前のことだ。



 時間は少し巻き戻り、俺──俺達が“向こう側”から帰ってきた場面まで移る。


「……いやはや、お手柄でしたね、みなさん」


 リビング──ここは俺の家のはずなのだが──にある椅子にさも当然のように座り込んでいる男……ウルフ。

 ヤマネコのおかげで少し見慣れた全身スーツ姿だ。俺とヤマネコ、そしてミーシャの三人は……“機関”のお偉方に待ち構えられていた。


「……ヤマネコも、ご苦労でした」

「いえ……任務、でしたから」


 そう言うヤマネコの装いはボロボロだ。スーツにも所々穴が開いており、ぽつぽつと焦げたような痕が生地についていた。

 それもそのはず。ヴィオレッタと和解した俺とミーシャが止めるまで、ウィスタリアと戦っていたというのだから驚きだ。


 それについてヤマネコに土下座の勢いで謝ったのは……また別の話になる。



「その……ウルフさん。お願いしたいことが──」


 俺は……“向こう側”の世界について、ウルフに相談しようとしたのだが……その全身スーツ姿の男は、俺の言葉をあっさりと遮った。

 こちらが続く言葉を発する前に、目の前の男がこちらを制してきた。正直、温厚そうな物言いとは裏腹にウルフの纏う雰囲気はどこか重いものがある。


 そんな存在に──手とはいえ──言葉を止められたら黙らざるを得ない。そのはずだ。少なくとも、俺はそう判断した。俺は。


「あちらの世界の処遇について──でしょう?」「……は、はい。でも、なんで」


 ウルフは、こちらへ椅子に座るように促しつつ、長い足を組み始めた。


「あなた方が五体満足でこちらに帰ってきたということは──ヴィオレッタさんの説得に成功したと考えるべきですからね。それに……真実を知ったあなたなら、“向こう側”の世界の責を少し成りとも感じているはずです」

「……」


 一言一句違いないが、ここまでぴったりと自分の考えやらを当てられるとすごさの前に気味の悪さを感じるな。それこそまるで……見ていたんじゃ無いかと思いたくなるようなほどに。


「……さて? ご想像にお任せしますよ、詩朗(しろう)さん」


 笑みを浮かべながら“ウルフ”はそう告げる。知ってるとも知らないともどちらとも取れる言い方だな。相変わらずといったところか。


「結論から言いましょう」


 椅子に腰掛け、ウルフとテーブルを囲む、俺とエルフとネコ。誰しもが神妙な面持ちをしながら、その男の次の一声を待ちわびていると……。


「私たち──この世界の住人は──向こう側の世界……レーベ大陸とは“敵対”しないという方針になりました。まぁ……宇用曲折は、ありましたがね」


 そこでウルフはテレビをつけた。そこに映っているのは──何やら荘厳な……会見の場? だろうか。全てのチャンネルでその様子が中継されており、中継元の場所が海を挟んだ東の大国であることが示されている。


 しばらくすると──ニュースでしか見たことの無い……白い髭を生やした長身の男性が出てきた。彼は、壇上に置かれた無数のマイクの前で口を開く。


『──ダンジョン。我々は──公的にその存在を認めます。そして、そこに帰属する権利はすべて人類の共同財産とし──何人たりともそれを侵すことはなりません』


 淡々とした口調。それを同時通訳の人間が訳していく。ウルフは何も言わない。どうやら、この映像をまだ見る必要があるようだな。


『そして──ダンジョンの果てに存在する国家──ヴァイオレット王国は──今日より主権を擁する国家の一員として──我らが連合に加入することを、ここでお知らせいたします』


 静寂に包まれる海上。そんな中でも会見は切り上げられ、質疑応答は後回しにされた状態で映像が終わった。


「……国連。“戦勝国クラブ”のみなさま方は様々な考えをお持ちだ。しかし──我々の苦労の甲斐もあって、ようやく合意に至りましたよ」

「……合意って? まさか……“機関”が?」

「──我々だけではありません。それに……汚い手ではありますが……」


 ……と、そこまでウルフの言葉を聞いていたミーシャが、頬杖をつきながら口を開いた。


「資源、か?」

「……えぇ。ミーシャさんの仰るとおりだ」


 資源。要は──世界がヴィオレット王国に手を差し伸べたのは、何も騎士道精神やら武士道やらで純粋に“助ける”ためではないのだろう。

 国を動かすとなればきっと……お題目だけじゃ無く実利が必要だ。それが……“向こう側”……いや、ミーシャやヴィオレッタの世界に眠る資源というだろう。


「しかし──です」


 そう言って、ウルフは一言付け加える。


「幸いにも──これは“協力関係”の元で行われるという条件が付いています。あくまでも、平和的にね」

「……ヴァイオレット王国が不利になるようなことはない、と? そう言い切れるんですか?」

「……えぇ。仮に──あの世界に手を出そうとする者が居るなら──機関が動きます」


 ウルフは続ける。力強い、声色で。


「機関の任務は変わらない。こちらの任務は──あの世界を観測し、保全することです」



「ヴィオレッタが、これを渡せと」

「……?」


 ウルフとの会話を思い起こしていた俺に、ミーシャがあるもを差し出してきた。エルフの懐から出てきたその“紙”には……達筆な文字で何かが書かれている。


 ふと、その文書の文末を見ると……そこには確かにヴィオレッタの名前があった。なんだか仰々しいもんだな。俺なんかに渡して良い物なのか心配になるね。


「読まなければ殺されるかもしれないぞ? 紫電の姫様のことだ。何をしてもおかしくは──」

「──」


 足音。こんな寂れた展望台に誰が来るのだろうか──そんなことを思っていた俺の脳が、視界に映った人物の姿を飲み込むには少し時間がかかった。


 透き通るように長い紫色の髪に、質素でありながらどこか気品を感じさせる装い。背丈は俺より小さいのに……どことなく溢れている自信ありげなオーラ。


 そう──ヴィオレッタ。今や俺の世界との交渉で引っ張りだこのはずの彼女が目の前に居た。


「……ミーシャ。あとでお話が必要なようですね?」

「……冗談だ、冗談。エルフ流の“じょーく”というやつだ。ほら……そんな怖い顔をしたらシロが倒れるぞ?」


 おい。さりげなく俺にバトンタッチするな。どうやらエルフというのは弓術だけで無く、処世術にも長けているようだ。

 まんまとミーシャの言うとおりになった俺は、ヴィオレッタに詰め寄られる。


「……」

「……な、なんだよ」


 “紫電の姫”にそれこそ殴られるんじゃ無いかなんて思ってもいたが、その紫色の少女は、ただ俺の顔を至近距離で見つめるだけ。

 ……なんだか微かに……花のような香りがするなんて──いや自分が気色悪いことを言っているのは分かっている──ことを考えていると、ヴィオレッタは“街”の方へ向き直った。


「良い街ですわね」

「……ミーシャにも言われたが……あまり俺にはピンと来ないけどな」

「あらあら、罰当たりな方。生まれ育った土地には敬意を払うべきですわよ? 氏子に裏切られたと感じた嫉妬深い神様に絞められるやもしれませんわ」


 そうかい。そりゃ怖いな。その“神様”とやらが居ればの話だが。


「……あちらの世界、いえ──わたくしの世界にとっては……あなたが……九重詩朗(ここのえしろう)こそが神様ですのよ。まだおわかりでなくて?」

「……と、言われてもな」


 こちらを詰めるヴィオレッタ。だがその表情はどこか楽しそうだ。俺は彼女の険しい顔しか見たことが無いので……なぜかこの光景が新鮮に映る。いや、理由が明白なのだからなぜかも何も無いのだが。


「感謝、しておりますの。詩朗しろうさん?」

「感謝?」

「えぇ。本当は手紙で伝えようと思っていたのですが……それではあまりに薄情なような気がしましたので」


 なるほどね。つまりこの手紙は……。


「お貸しなさい」

「……お、おい」

「心変わりですわ。口頭で言うんですもの。これを読む必要は無いでしょう?」


 ……何か、隠したがっているような気がする。勘だけど。だが人間の第六感ってやつはたいてい当たる事の方が多いもんだ。


「……王女様にしては、かわいいことを書いていたじゃないか……くく」

「あ、あなたまさか──読みましたの、ミーシャ!?」

「読ませたくないなら封でもすべきだったな? いやはや──あのフレーズはいかにも──」

「お、お黙りなさい! 黙らないと許しませんわよっ!」


 ……随分賑やかなことで。そういえば……ミーシャとヴィオレッタは旧知の仲だったか。想像以上にフランクな関係のようだ……この二人は。


「……ヴィオレッタ……その」

「いいですわ、もう」

「……? いいって、何が──」


 俺が疑問形でそんなことを口にした瞬間──ヴィオレッタは……華奢な体の紫少女は、俺の手をおもむろに掴んできた。


「だから……つまり。もう、申し訳なさそうな顔をするのはやめてくださる? ……ということです」

「……だけど」

「“だけど”も“だって”もありませんわ。……あなたもそうでしょう? ミーシャ」


 エルフは、ばつの悪そうな顔をしながら俺の方へ向き直った。そして……小さな声でヴィオレッタに同意する。


「わたくしの願いは──あの世界を残すこと。あなたは……詩朗(しろう)は、その願いをかなえてくれた。それも……よりよい形で」

「……俺の力じゃない。ほとんどが“機関”のおかげだ」

「……一言言っておきますわ。わたくし、あなたのその謙遜の姿勢は好きだけど、過剰にへりくだるところは嫌いでしてよ」


 ……急に痛いところを突かれた。なんだろう、脇腹をナイフで刺されたような衝撃。いや、それは言い過ぎかもしれないが。

 とはいえ……ミーシャもヴィオレッタも……皮肉では無く、純粋に俺に感謝を示しているらしい。となれば……その好意をのらりくらりと躱すのも失礼というものかもしれない。


「……分かった。……ありがとう、ヴィオレッタ。それに……ミーシャも」

「ふふん。分かればよろしくてよ。まったく──“創造主”でありながら世話が焼けるお人ね」


 ……どちらかと言えばヴィオレッタが好きで世話を焼いている感があるが……それを口にしたら大変なことになりそうだったのでやめた。

 あいにく俺にもまだ理性というものがあるのでね。目の前が燃えていると分かっていながらそこに飛び込むのは虫だけさ。


「……これからわたくしは、“世界”のために為した事の責任を取らなければなりませんわ。どれだけ大義名分を掲げても、わたくしが指示していたことは罪。それは償うつもりです」


 ヴィオレッタは、それまで座っていた椅子から立ち上がった。長い紫色の髪が翻り……少女の体をより一層際立たせる。


「ですが今は──今だけは、喜ばせてください。あの世界が……私の生まれたあの故郷(ふるさと)が、存続したことを」


 ヴィオレッタは街の光景を見る。頬を伝う……絶え間ない雫などもろともせず、“王女”はただ、展望台から望む景色の前に立つ。


 ……俺は思う。こうして彼女たちと話しているからこそ、分かってくる。もう──“向こう側”の世界の人々はデータなどではない。

 確かに──脳で思考し、考える葦となる……確かな“生命”であるのだと……ヴィオレッタの横顔を見ながら、そう考えていた。


 まだ、全てが終わったわけではない。むしろ、まだまだこれから──やるべきことが残っている。この先も……あの世界を残す為に、俺に出来ることを為すつもりだ。


「……また、難しい顔をしているな」

「そりゃまぁ……色々あるしな、実際」

「……」


 俺の言葉を聞いたミーシャは……懐から何かを取り出した。彼女はそのまま……俺に“それ”を差し出してくる。


「……これは?」


 ミーシャの手の中にあるのは、美しい宝石のような……アクセサリーだろうか。ペンダントのような装飾の中に……透き通るような美しさの宝石が佇んでいる。


「エルフの宝物だ。シロにやろう」

「……宝物と聞いて素直に貰える性格だと?」

「……じゃあこうしよう。ほら……こっちにかがめ」


 ……言われるがままに、俺は前屈みになる。すると……ミーシャはその首飾り状のペンダントを俺の頭に通した。


「もういいぞ」


 ……なんというか。俺の身にはとても分相応でないものだ。


「いいんだ。私がやろうと思って渡したんだから。黙って受け取っておけ」

「……そうかい」


 ……ここで無理矢理返すのも憚られるので……俺はそのペンダントを受け取ることにした。なんだか、見ているこっちまで吸い込まれそうなほどに綺麗なものだな……と。


「……」


 俺の隣に座っていたエルフが……寝息を立てながら肩によりかかってきた。太陽のような……暖かい匂いが俺の嗅覚を包む。


「……あ……」


 記憶。記憶とは、匂いと結びつきが強いらしい。俺は──ようやく思い出した。手の中にあるペンダント。俺は──知っている。知っているんだ……これを。


「……そうか」


 俺は……思い出した。記憶の奥底にしまいこんでいたはずの思い出。決して思い出すことなど無かったはずの……遠い日の情景。


 エルフの懐かしい匂いが、俺に“あるもの”を思い起こさせる。脳内の記憶の引き出しが……少しずつ開いていく。


「……ずっと、忘れていた気がする。忘れているべきでは無かったのにな」

「……? 何をですの?」


 遠い日──受験やら進路やらで、俺の人生が八方塞がりになりそうだったとき──。


「……いいや、なんでもない」


 ミーシャとヴィオレッタという自由奔放なキャラに、俺は救われていた。俺の人生は、彼女たちのおかげですんでのところで持ち直した。


 ……ミーシャとヴィオレッタの顔を一瞥する。疲労から眠ってしまったミーシャの顔からは、いつの間にか厳めしさが消えていた。対する王女も同様だ。


 あぁ──。そうだった。俺はずっと──。


 俺はずっと──彼女たちの物語に焦がれていたんだ──と。

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