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21.世に仇なすかつての友へ

「……今更この宮殿に姿を現すなんて……厚顔無恥とはあなたの為にできた言葉のようね。ミーシャ」

「……」

「何? 言葉が出ないとでも言うつもり? いい気味ね。あなたはこの世界の運命から逃げた。今庇っている──“人間”を殺すという運命(さだめ)から」


 ミーシャは……俺を庇うようにして立つエルフは、一言も発さないままにただ“紫電の姫”を見つめ続けている。

 俺は……ヴィオレッタの言うように、この世界の人間からして見れば殺されてもおかしくないことをした存在だ。面白半分で作った世界に命が吹き込まれ……彼らは“終わらない日常”をずっと演じ続けている。


 常人ならば発狂してしまいそうな時間を過ごしたのだろう──しかしヴィオレッタは、ずっと正気を保ち続け……ただ、俺への復讐を望んだ。それを心の依り代として……この世界を生きてきたのかもしれない……そんなことをふと思う。


 そんなことを考えている俺に、ミーシャが小声で話しかけてくる。

 

「……傷は」

「……え?」

「痛みは引いたか」


 ヴィオレッタに悟られないように……ぼそぼそと小声で喋るエルフ。俺も……腹部の痛みに耐えつつ、その言葉に返した。


 痛み。と言っても、ヴィオレッタに“穴”を開けられた時と比べたら遙かにマシな状態になった。 この場にエルフが現れた後、彼女が俺の傍を通った時に渡された包帯。特殊な薬でも塗られているのだろうか……不思議と痛みは引いてきている。

「……ならいい。少し休んでいろ」


 どことなく、ミーシャの声色が優しげに聞こえた。俺の耳がどうかしているのでなければ、だが。

「……ふん。相変わらずだな、お前は」

「褒め言葉として受け取っておくよ」


 ミーシャは息を吐いて、ヴィオレッタの方へ視線を戻す。眉をひそめ、険しい表情をした王女は……こちらを訝しげに見ながらも口を開く。


「……それで? 私の前に立つということは、覚悟はできているのでしょう?」

「……さてな」

「……“さてな”? ……あぁ……ふふ。思い出しましたわ。わたくし──」


 ヴィオレッタは、ミーシャへ剣の鋒を向ける。


「あなたの──その曖昧なところがすごく嫌いでしたの」



 圧巻。その言葉に尽きる。筆舌に尽くしがたい、とはまさにこの事を言うのだろう。とても自分の語彙では表すことができない戦い。

 達人同士の戦いでは相手の動きがスローに見えるのだと言う。戦いの境地に達した人々のみが見ることの出来る景色。大して今俺が見ているのは、それと対極に位置するものだ。


 単純に言って、速すぎる。速すぎて何も見えないし、見えたもんじゃない。いや……彼女たち……ミーシャとヴィオレッタの体自体は見えている。問題は、彼女たちが何をしているのかが分からないってことだ。


 早業。そう表現した方が正しいのだろう。ヴィオレッタもミーシャも、どちらも全く譲ることがない。


「なぜ抵抗するのです……ミーシャっ! あなたは──この世界を救いたくはないのですかっ!」

「……私は、彼を殺さない。この世界を“救う”のなら、誰の犠牲も出すべきじゃない」

「……詭弁ですわ。そこに居る“人間”はわたくし達をこのような状況に陥れた張本人ですのよっ!」


 ヴィオレッタは、俺を睨み付けながらそう告げた。その声色には……特大の恨みが籠もっているのが分かるほど、華奢な少女から発せられるとは到底思えない力強い“気”が込められていた。


 俺は……そんなヴィオレッタの抱える“想い”を前に……立つ。二本の脚を使い、この玉座の間のカーペットの上にしっかりと立つ。


「……何のつもりです? “部外者”の分際で」

「……」


 ミーシャも手を止めた。俺は──ヴィオレッタの方へ向き直り──。


「俺は──あんたのその気持ちを受け止める為にここまで来た。その背負ってる責任を……少しでも、和らげるために」

「……傲慢。その言葉に尽きますわ。“世界”を壊した原因にそう言われて、簡単に首を縦に振るとお思い?」

「……だろうな」


 分かっている。俺にとって、あの“ゲーム”を作ったことは記憶の彼方に葬り去られていたほどに遠いことだ。遠くしたかったことだ。

 しかし、この世界を生きる彼女──いや彼女たち──にとって、その生は紛れもなく本物で……その“本物”を壊したのは、他でもない俺だ。俺なんだ。


 自分の産んだ世界が、今は自分を苦しめている。いや、その世界に生きる全ての人や──現実に生きる人々まで、危険にさらそうとしている。

 だからこそ、俺は選ぶ。これが……ガキなりの“責任”の取り方だ。


「……俺を殺してくれ、ヴィオレッタ。君の望む通りに」

「……なんですって?」


 流石の王女も耳を疑っているようだ。しかし──俺はふざけているわけでもなければ、冗談を言っているわけでもない。至極本気。

 真っ直ぐな眼差しで、ヴィオレッタを見る。


「なっ、シロ──」

「……いいんだ、ミーシャ。頼む」


 黙りこくる“王女”を、俺はただ見つめる。


「……はっ。それがあなたの“覚悟”とでもおっしゃるつもり? 舐めないでくださる?」

「……これが俺なりの責任の取り方だ。あいにく──こんな手段しか考えつかなかったんでな」


 ヴィオレッタは──瞬時に俺の目前まで移動した。目に見えないほどの速さ。だがもう慣れた。慣れてしまった。


「……あなたはただ“逃げ”ているだけ。逃げようとしているだけ。負うべき責任から、死を持ってして解放されようとしているだけ。わたくしには分かります」

「……かもな。でも──それで世界が助かるなら、いいんだ。これがきっと、最善の方法だ」

「……笑わせないで」


 ヴィオレッタは剣を構える。細身の剣の鋒が……俺の姿を捉えている。額を伝う大量の冷や汗と心臓が縮まるような感覚。

 脚が……手が震える。止まらない震えと襲いかかる恐怖に狂いそうになる。


 死。だが不思議と──それから逃れようと思う気持ちは沸かなかった。俺一人が死ぬことで──世界が救われるのなら、それでいい。


 世界が救われるのなら……。いや。違う。


「……ヴィオレッタ……どうか、元気で」

「──っ!」


 目を閉じる。死の瞬間が訪れるまで。ただ──。


 ただ、彼女たちの──自分が産んだ世界の幸せを、願いながら。

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