20.再度まみえる、因縁と慟哭
光。無限にも思えるほどに長く続いたヴィオレッタ城の避難道も、ようやく終点が見えてきた。そこから漏れ出す光はさながら救世主がもたらす暖かな光のようで、俺にとっては救いにさえ感じる。
とはいえ、状況は決して楽観できるような状態ではない。ヤマネコがいつまでウィスタリアを抑えることができるのかも分からず、おまけにミーシャは行方不明ときた。
だが、とはいえ……ヴィオレッタもそうやすやすと話をしてくれるとは思えない。正直八方塞がり感は否めないが……。
それでも、せっかくヤマネコが作ってくれたチャンスを無碍にすることなどできるはずもない。それに……ここまで来て逃げるわけにもいかない。 自分の産み出した“もの”から逃げないこと──それが俺の唯一の……責任の取り方だ。
「……着いたぞ」
桔梗の言葉と同時に、俺もその光景を視界に捉える。かつて目にした……ヴァイオレット城の内装。その煌びやかな姿とは裏腹に、俺にはそれがどこか重く苦しいものに映る。
金色のシャンデリアに、真っ赤なカーペット。俺のような学のない人間にも分かるぐらいには“豪華”な装飾が施されていることは分かる。
「……変だな」
俺は場内を見渡す中である事に気がついた。あまりにも……人が少なすぎる。外の時間が既に陽が落ちている刻であることを加味しても……巨大な城に人っ子一人居ないなんてことが……考えられるだろうか?
ヴィオレッタのことだ。警戒心も強そうだし、なんとなく……大量の兵士で護りを固めていそうな気がする。……とはいえ、現実にこの城がもぬけの殻の状態なのだから、何をどう言っても説得力は無いのだが。
「……桔梗はどう思う?」
「……こちらに聞くのか? まぁ……そうだな」
桔梗は少し目を閉じる。まるで精神を統一しているような様相だが、それは彼女の東方風の装いがそう見せるのだろう。
少し……と言っても一分ほどだが、しばらくして桔梗は目を開けて俺に対して口を開く。
「……どうやら……お前の予想通りに人の気配は無さそうだ。……ただ不用心なだけに見えるが……」
「そこに罠がある、ってことか」
ヴィオレッタ。彼女は明らかに……こちらを誘い込もうとしている。しかし迷う時間もなし。虎穴には入らずんば虎児を得ず……とも言うように、とにかく当たって砕けてみるしか無い。
「……」
俺は、身長に歩みを進める桔梗の後ろをついて歩く。今こうしている間にもヤマネコが敵と戦っていると思うと……心なしか胃がキリキリと痛んでくるような。
「……開けるぞ」
桔梗が言葉を紡ぐその場所は──以前俺達が訪れた“玉座の間”の扉の前だ。人間の背丈の数倍ほどはありそうな高さの大扉を……桔梗は少しずつ開いていく。
ぎぎっ、という木材の擦れる音とともに……“向こう側”の様子が少しずつ明らかになっていく。眩しいほどの光に、仰々しいと感じるほどの装飾の数々。
「……」
そして──目前に映る、一人の影。紫色の髪に丈の短いドレスを着た……“紫電の姫”の姿が──そこにはあった。
「──お待ちしておりましたわ──“異邦人”の方と……あら」
「……直接顔を合わせるのは久しぶりですね。……ヴィオレッタ姫」
「……ふぅん? あなたが──ヴァイオレット王国の執政ともある人間が……“侵入者”という敵と共に居ること。納得の出来る説明をいただけると考えて良いのかしら?」
玉座の椅子に腰を掛けながら、ヴィオレッタはこちらへ“圧”をかける。見た目はなんとなく年相応な感じだが……彼女の纏う“オーラ”は……まさしく国を動かす王のそれだろう。現に……。
「……」
ヴィオレッタと桔梗の簡単なやり取りを見るだけで、俺が圧倒されているのだから。
「……説明ですか。このお人ならば──あなたの“野望”を砕くことが出来る。そう思い手を貸しているだけです」
「主君の望みに、従えないとでも?」
「……我々が生き残る為とはいえ、その為に他の世界を犠牲にするなど、歪んでいるとは思いませんか。ヴィオレッタ様──」
──桔梗がそこまで告げると──突如その“武人”の体がはるか後方へと吹き飛ばされた。そのまま……東方風の装いは玉座の間の外へと消えていく。
「な──」
俺は続く言葉を発しようとするが──。
「……」
……先ほどまで離れた場所……玉座に座していたはずの“少女”の姿が、俺のすぐ隣にある。こちらの喉元に……まるで刃のように手を突きつけながら。
「動いたら無事では済みませんわよ? ……九重……詩朗」
「……へぇ。そうかい。だがまだ俺のことを殺していないってことは──話し合う余地ぐらいはあると思っていいんだろ──」
宙に舞う。何がと問われれば俺の視界が──平衡感覚を失って──地面に激突した。
「……痛てぇ……」
ごきっ、という明らかに体にとって良く無さそうな擬音を聞きながらも、俺は立ち上がる。
「……そのような口を聞けるのも今だけ……きっと、一分後のあなたはそう感じているでしょうね」
「……だろうな。だけど──俺は“そのような口”から言葉を発するためだけにここまで来たんだ。おいそれと逃げ帰るわけにはいかない」
「……愚かな人。お分かりで無いようなら再度申し上げましょう──」
ヴィオレッタが──レイピアのような鋭く細身の剣をこちらへ向ける。先ほどまで何も無かった手には、光に包まれながら現れたその刀剣が握られていた。
「……あなたはここで死ぬ。わたくしがあなたを殺す。話す余地など、ありませんよ」
憎しみ。俺は、彼女の放つ強烈な憎しみのオーラに圧倒される。まさしく報復だ。彼女にとって“九重詩朗”は仇敵そのもの。
「ほら、この通り──」
ヴィオレッタは──俺の方へ向けて剣を突くような動作をしてみせた。
「……え」
思わず俺は……自分の体を見る。すると──下腹部に、“穴”が空いていた。……くり抜かれたと言っても信じてしまいそうなほどに、綺麗な……穴がそこにあった。
「……」
痛みは無い。だが、体に力が入らない。体が熱く感じる。立って……居られない。
「……所詮、この程度ですか」
「……ヴィオレッタ……」
俺は思わず……その場に尻餅をつくようにして座り込む。熱い。体中のあらゆる痛覚が……あらゆる神経が、下腹部の熱さに上書きされていく。
少女に向けて伸ばす手は、その紫電の姫によって振り払われてしまった。
「……さようなら、最低最悪の……“創造神”さん」
彼女──王女ヴィオレッタが、俺に向けて件を振り下ろそうとする。まずい。ここまで来て。ここまで来て……こんなところで終わるのか。
こんなんじゃヤマネコに会わせる顔が無い。それに……決めたんだ。必ず──。
必ず、ヴィオレッタを説得すると。彼女の負う責任を代わりに背負う。そう決めたんだ──。
「──ッ」
──一筋のまばゆい光。その光の一閃は──玉座の間の空間を切り裂いたかと思うと──。
「……この矢は……っ!」
ヴィオレッタは慟哭したような表情で──玉座の間の椅子……先ほどまで自分が居たその場所を見る。
「……」
その女性は、俺を一瞥すると……玉座の下へと……舞台へと降りてくる。眩しいほどの金髪に、白い肌と高い背。その手に構えるのは……百発百中の弓矢。
「……久しぶり……ヴィオレッタ」
「……ミーシャ……っ!」
間一髪の所で“致死”を免れた俺は──そのまま──二人の間に挟まったまま……どうにか止血を試みる。
再会した旧友同士の……複雑な視線に絡まれながら。




