19.再度、紡がれし運命
ヴァイオレット城。その煌びやかで荘厳な城の……下。城下町の文化遺産のような美しさとは裏腹に……今俺達が進んでいる“道”はどうにも……汚い印象を受ける。
生えたいように生えている無数の苔に、どこからか水分が出ているのか……むわっとした肌にまとわりつくような湿度の高い空気。
ここは──王都から見ると地下にあたる場所だ。とはいえ、とても“王都”と呼べるような場所で無いことだけは確かだろう。
そして、なぜこんな……ネズミの巣窟となっていそうな場所に来ているのかというと……桔梗の案内に着いてきたためだ。
「……暑いな、ここは」
「ここはもう数十年使われていない“避難路”だ。風の一つも入らないと来れば、少なくとも過ごしやすくはない状態にもなるだろう」
使われていない、ね。そう言われると、なんとなく使われなくなった理由を邪推したくなるのが人間というものだ。だよな、俺?
「残念だが、お前の思っているような“特別な”事情があるわけではない。単なる老朽化だ。まぁ……本来なら、城に繋がる道は埋めるべきなのだろうが」
「……その……なんだ。マギアとかいう物質を使えばすぐなんじゃないのか?」
桔梗は、暗がりの中を松明を持って進みながら続ける。
「マギアを用いることができるのは……実質的にヴィオレッタ様だけだ。神ならぬ、王女のみぞ知るところ、とでも言っておこう」
ずいぶんと洒落た言い回しじゃないか。桔梗に対するイメージが変わりそうだね。役人のようなお堅い印象があるが、ずいぶんと軽口も叩くんだな。
「……機械か何かだと思っているのか? こちらもそれぐらいは言うさ。“人間”、だからな」
「……まぁ……そうか」
俺の言葉で、そんな他愛ない会話は終了した。意外なことに──いや意外では無いかもしれないが──ヤマネコは一切会話に入ってこず……ただただ神妙な面持ちで俺の後ろを着いてくるだけだった。
そのまま、会話が無いままに俺達は進んでいく。そして──。
「……ヤマネコ、シロウ……止まれ」
前を歩いていた桔梗が、手でおもむろに俺とヤマネコを静止した。唐突なこともあり、ヤマネコは俺の背にこつんと頭を当てる。
「ど、どうしたんですか?」
何が何だか分からない、といった表情で彼女は桔梗へ問いかける。かくいう俺も同様で……“武人”たる彼女からの返答を待っていたところだったのだが……。
桔梗の返答を待つこともなく、俺はすぐに“異常”な状況を理解した。
前方。古びて廃棄された“避難路”の奥に……うっすらとだが明かりが見える。そう……本来ならば“封鎖”されているはずなのだが。
「……一手先をとられたようだ」
そして──警戒する桔梗の声色の次に聞こえてきたのは……避難路の中に響く“拍手”の音。むろん、俺もヤマネコもこんな状況で拍手などできるはずもなく、当然桔梗もそうだ。
となれば、必然的に……音がするのは前方の“明かり”からになる。
「いやはや──大したものですねぇ」
ねっとりとまとわりつくような声。相手の姿は未だ見えないが、桔梗は一気に警戒を強める。東方風の装いの武人は、腰に帯刀している刃の柄に手を掛けた。
その様子を見て、ヤマネコも──どこに隠していたのやら──ホルスターから拳銃を抜いた。シリンダー式のリボルバーだ。
「放棄された避難経路を用いて城へ侵入しようとする──そのアイデアだけは褒めて差し上げましょう。なるほど確かに、これならば気づかれない──ですがッ!」
芝居めいた口調の“男”は、更に語気を強める。
「我が主君──ヴィオレッタ様は──国を脅かす賊の行動などお見通しなのですよッ! 現に私が──」
ここまで来て、ようやくその“声”を発している人物の姿が見えた。少し高めの背丈と、濃い青色の長髪。その装いは……どこか貴族が纏う高貴な印象を受けながらも、しかし戦う雰囲気を纏っていて──。
「この私──ウィスタリアがここに居ることが、その証明なのですよッ!」
「……なんだか暑苦しいヤツだな……」
俺はそんなことを口にする。対して桔梗は……ゆっくりと俺の前に立ちはだかるように身体を動かした。
「油断するな。あやつは──腐っても諜報機関であるヘリオトロープの“指揮官”。……見てくれは奇怪だが……ヴィオレッタへの忠誠心は本物だぞ」
「……ほう? “忠誠心”ですか」
ウィスタリアは怪訝な表情をしながら桔梗へ問いかける。その男のする訝しげな顔は、先ほどまでの奇術師めいた作り笑いのようなものとは全く異なる……表情だった。
「賊に与するあなたが“忠誠心”を口にすると。いやはや──これは何とも片腹が痛い。痛くて痛くて──」
──瞬間。ウィスタリアはこちらへ向けて──どこからともなくその手に現れた“マスケット銃”のようなものを──。
「少々──虫の居所が悪くなってしまいました」「ッ──二人とも、下がれッ!」
桔梗が一瞬の判断で刀を抜き、ウィスタリアの“奇襲”とも言える弾丸をその刃ではじき返した。きぃん、という耳障りな甲高い金属音が避難路の中で強く反響する。
「……銃口を向けるか、ウィスタリア」
「面白いことを言う。裏切り者であるあなたを粛正するのは、私の務め。あなたもお分かりでしょう? 桔梗さん」
ピリピリとした空気。まさに一触即発。そんな──重苦しい雰囲気を壊す人が一人。
「……何のつもりです? “賊”」
「……こちらも急いでいるので。……あなたの相手は、私がします」
ヤマネコ。小柄な少女が俺達の前に出て……拳銃を構えた。
「九重……いや、詩朗さん。ミーシャさんを……この世界を──お願いします」
そして続く銃撃音。考える暇も無く、俺は桔梗に手を引かれてウィスタリアの横を一瞬で駆け抜ける。
対して、青髪の男はこちらを追ってくることはなく──。
「……“機関”とやらの人間ですか」
「はい。あなたのように“隠し球”を持っている方には──私が相手をするのが一番良い。逆の立場ならそうするでしょう?」
背後から聞こえる銃撃音を聞きながら俺は──避難路の“終着点”から覗く光を──視界の端に捉えていた。




