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18.紫電の姫は夢を見る

「世界の……融合だって?」


 俺は、桔梗の発した現実離れした言葉をオウム返しする。寝耳に水とはまさにこのことだ。予想だにしていなかった単語の組み合わせ。

 その言葉に動揺をみせたのは俺だけで無く……ヤマネコも少し驚いている様子だった。


「……本当なんですか?」

「今更、嘘を伝えたところでどうにもならんだろう? それに……」


 桔梗は少し言い淀みながらも、続く言葉を紡いでいく。


「たとえこの世界を残すためだとしても……そのために犠牲を強いるのは忍びない」

「……桔梗」


 ヴィオレッタの側近でもある彼女は、複雑な表情をしながらそう言った。どこか遠くを見つめるような……そんな視線を虚空に向けながら。

 しかし、だ。もしヴィオレッタの推測が正しく、この世界がいずれ消える運命にあるなら……桔梗も消えてしまうことになるんじゃないか。


「……構わんさ。そこの元“ヘリオトロープ”にこの事を伝えられたときから覚悟はできている。それに……どうせ死ぬなら、見知らぬ世界では無く見慣れた世界で死にたいからな。例えそれが作り物だとしても……こちらにとっては、本物だ」


 桔梗の言葉は、俺の背中に重くのしかかる。世界がこうなった責任を取れ……そう言われているような気さえする。いや、あくまでも気がするだけだが……それで済ませてはいけないほどに……桔梗の言葉が脳内で反芻している。


「……本物、か」


 俺は……ある意味で当たり前のことを今更ながら思い起こす。そうだ──桔梗やレオン……いや、ヴィオレッタやミーシャにとって、この世界は紛れもない“現実”で、“本物”なんだ。

 例え外の世界の住人たる俺達が何を言うと、きっとそれは変わらない。彼女たちはここで生まれ、ここで過ごしてきた。それは紛れもない事実だ。


 ヴィオレッタはもしかしたら……ただ生きたいだけなのかもしれない。その願いを……俺のような未熟な人間が潰してしまって良いのだろうか? この世界に生きる人々の死を……俺は背負えるのか?


「おいおい、あんまり物騒に考えるなよ、“お客人”よ」

「……でも」

「でもも何もねぇよ。なに、まだヴィオレッタがあんたらと敵対すると決まったわけでもねぇ。決裂だけが道筋じゃないだろ?」


 ……和解、ということか。


「あるいは、それに準ずるものさ。心配しなさんな。君の覚悟は伝わってくる。少なくとも──ミーシャ嬢はそれに答えてくれるはずさ」

「……はい」


 そうだ。レオンの言葉で思い出した。ここまで桔梗の案内で来たのはいいが……これからどうするべきなのだろうか?

 一応、ヴィオレッタとミーシャ、二人とは話したいと思っているのだが……。


 あと、さらっと流したが……ヘリオトロープって何だよ。


「こちら側の“機関”のような組織、ですね」


 俺の小さなぼやきに対して、ヤマネコはこれまた小さな声で返したきた。“機関”と言われれば何と無く分かる。それこそ往年の名作スパイ映画のような組織なのだろう。

 ヴィオレッタが“現実”を探っていたとするなら、そうした諜報機関を設立していたとしても不思議では無い。


「……ひとつ忠告しておくが……」


 そう切り出したのは桔梗だ。東方風の装いをしている“武人”気質な女性は、俺達に諭すように話し始めた。


「流石にヴィオレッタと会うのは厳しいだろう。あれ以来、ヴァイオレット城の警備は増え……まるで要塞のような佇まいと化している」


 ……まぁ、それもそうだ。俺達のような部外者をやすやすとそう何度も通すわけにもいかないだろうし。


「じゃあ、ミーシャと……」

「残念だが……それも難しい」


 桔梗から帰ってきたのは、俺としては意外な言葉だった。てっきり、それこそメルクリウスにでも居るものかと。


「どうやら、お前達が向こう側へ帰って以来、行方をくらましたようでな。個人的に探してはいるが……なかなか見つからないのが現状だ」


 行方をくらました……ね。どちらにせよ……二人に会うのは難しそうだな。


「あぁ。それに──ウィスタリアも厄介だ。側近の片割れ、ヴァイオレットの内政を担当しているいけ好かないヤツだが……ヴィオレッタへの忠誠心は本物でな。女王が死ねと命じれば本当に死ぬような代物だ」


 なるほどね。ヴィオレッタから出た命令を忠実に遂行する執政とでも言うべき存在だな。それで、俺達を殺せ……そう言われれば殺すのだと、そう言いたいわけだ。


「いかにも。それほどまでに、ウィスタリアは危険な人物だ。あれを人と評して良いのかどうかは疑問だがな」


 桔梗の口ぶりから察するに、どうやら“ウィスタリア”とやらはなかなかに曲者のようだ。なるべくなら、何事も無くミーシャ達に会えるのが一番良かったのだが。


 とはいえ、エルフが行方をくらませているとなれば、消去法でヴィオレッタに会いに行く選択肢しか残らない。であれば、必然的にウィスタリアとも会うことになるだろう。


「こちらも手を貸す。お前達ならきっと、ヴィオレッタ様の計画を止めてくれるだろう。……あの、間違った計画を」

「……桔梗」


 この武人も、自分なりの責任を負っているらしい。おそらく、俺達に手を貸してくれるのもそれが理由だろう。

 仕えている主人が間違ったことをすれば……臣下といえどもそれを正す……そういうことか。


「つーわけだ。お前さん達、次に行くべき場所は決まったようだな? だがまぁ、全員少し休んでいくといい。一日休んだところで罰は当たらんだろうしな」

「あぁ……お前達はどうする?」


 桔梗がこちらに発言を促す。ヤマネコの方をちらりと見ると、小柄な少女の首は上下に振られており……俺も彼女と同じ気持ちだった。


「俺達も休んでいくよ。なにせ……」


 俺は、自分の拳をぐっと握りしめる。


「──明日は、ヴィオレッタに会うんだからな」

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