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17.桔梗

「……こりゃまた、珍しい組み合わせの“お客さん”方だな」


 メルクリウス。以前ミーシャと訪れたこの街に……今は“桔梗”と来ている。といっても、ヴィオレッタの執政であることを悟られまいと、桔梗は深々と外套に付いているフードを被っているのだが。


 それでも──俺の姿を見たこの宿屋……ダンデライオンの主人である“レオン”は、どうやらこちらの隣に居るのが“桔梗”だと分かっているような声色で俺達へ声を掛ける。

 宿の中はたいそう繁盛しており……それが功を奏しているのか、俺達へ目を向ける人はまったくと言って良いほど居ない。というより、気に掛ける余裕が無いのだと思う。現に俺もそうだし。


「……お久しぶりです、レオンさん」

「確か……“シロウ”と言ったか。それで──そちらは“機関”のエージェント、と言ったところか」

「……はい。その節は、お世話になりました」


 ……ヤマネコ。まさか……この大男と旧知の仲だったのかよ? だったらあの時言ってくれれば──。


「あの時はミーシャさんも居ましたし……明かすメリットも無いでしょう? まぁ……隠していたのは申し訳ないですけど……」


 まぁ、考えてみたらそうだな。今更どうとは言わないさ。俺は心の広さだけが取り柄なんだ。


「で──ここに来たって事は、“ワケあり”なんだろ?」

「……お察しの通り、って感じですかね」


 俺は──今までの出来事をかいつまみながらレオンへと説明した。ヤマネコは俺の話を止める様子も無く、であれば問題ないと思い……エルフとの出会いから今の状況までを簡単に。

 ただ……この世界が作り物であるということだけは伏せている。あるいは、機関の“協力者”ならば既に知っているかもしれないが……俺なりの配慮というやつだ。


「なるほど──なにやら、“王宮”の方はきなくせぇことになってるみたいだな」

「きな臭い……とは?」


 思わず俺は聞き返した。あぁ、しまった。これは“やり過ぎか”──なんて俺が思っていると、レオンは特に気にもしていないと言いたげな表情をする。

 しかし──俺の疑問に対して答えを投げかけたのはレオンではなく──。


「それは──こちらから説明しよう」


 今まで沈黙を守っていた、“こちら側”……異世界の住人たる桔梗。確かに彼女は“王宮”に出入りできる人物であり、それにヴィオレッタの側近でもある。俺が尋ねる人としてはなかなかどうして適任だ。


「頼む……桔梗」

「……どこから話せば良いのか……長くなっても構わないか?」


 桔梗は、窓の外……落ちかけている陽を見ながらそう口にする。


「心配しなさんな。ここは“兵士”も入って来れない“お得意様”用の部屋だ。ま、前回の教訓ってやつだな」

「そうか。お前達はどうだ?」


 ヤマネコはこちらを見ている。俺が答えろってか。

 まぁ……なにせ現実を出発してからというもの、休息無しでここまで来たんだ。休みたい気持ちが無いと言えば嘘になるが……。


 とはいえ、先日まで“敵対”していた桔梗がこうして目の前にいて、あまつさえ自らの陣営の事情を語ろうとしている。勘の鈍い俺でも分かるほど……貴重な機会であるというのは自明の理だろう。


「こっちのことなら大丈夫だ」

「分かった。では──最初から話そう。全てのはじまり──王女が“あれ”を見つけた日から」



 桔梗は語る。かつて──“異世界”では数年前のことになる──王女としての務めを果たし始めていた頃のヴィオレッタは、郊外で“あるもの”を見つけた。


 ヴィオレッタ領内に存在するとある山。その何の変哲もない野山の中には……ある“鉱石”があったのだという。

 ヴィオレッタによって“マギア”と名付けられたその石は、この世界に飛躍的な技術革新をもたらした。


 “マギア”は、一言で表すなら万能な物質だった。何でも変質し、あらゆるものに形を変えることが出来るような……夢の物質。

 異世界は発展の一途をたどり、このまま……夢のような世界へと変貌を遂げると……そう思われていた。


 だが。ある日、ヴィオレッタや桔梗……この世界に存在するいくつかの人々が“あること”に気がつく。

 どれだけ発展した技術をもってしても……ヴァイオレットが現状よりも発展しないこと。どれだけ革新的な技術をもってしても……文明のレベルが上がらないこと。


 ヴィオレッタがその“歪み”に気づいてから……王女はおかしくなったという。と言っても、なにか狂気にさいなまれたとか……そういうことではない。


 ヴィオレッタは、そのマギアに触れた最初の人物だ。だからこそ、彼女は知ってしまった。“意思”があるゆえに……察してしまったのだ。


 自分の居る世界が“虚構”であり──“本物”の世界があるのだと。



「ヴィオレッタ様が“遺跡”の存在に気づいたのは、それからすぐ後のことだった」


 遺跡、とは……こちらで言うところのダンジョンだろう。現実世界の存在を察した彼女が、そこと繋がる遺跡に気づかないとは考えがたい。


「昔と比べて……ヴィオレッタ様は遙かに冷酷になられてしまった。その証拠が……お前達も見た“アレ”だ」

「アレ?」

「以前私がお話した“死体”の件ですね」


 あの“ダンジョン”の中に異世界の人々の亡骸があったとかいう。だが……それとヴィオレッタがどう繋がるんだ。


「ウィスタリア。王女の“目的”に賛同する急進派の頭目なのだが……あやつがヴィオレッタの命を受けて、民を殺している」

「……は?」


 何だって? 民を殺しているだと? ヴィオレッタはこの国の姫だ。何かの間違いじゃ無いのか。

「そうであってほしいとは思うがな。残念ながら事実だ。その理由は……そちらの小さなお嬢さんから聞いた方が早いだろう」

「……わ、分かりました」


 ヤマネコは、俺の方へ向き直る。


「この世界がデータである──それはレオンさんも桔梗さんも知っていることです。ですが──いわばノンプレイヤーキャラクターが無限に増えることで、この世界の“容量”を超えてしまう可能性が出てきた……んです」


 なるほどね。レオンもこのことを知っていたのか。どうりであまり動揺していないと思った。

 だが……容量どうこうの話は気になるな。街道を通じて……“商人”のような人が訪れるのが泊まらない、ってことか?


「はい。メルクリウスやヴァイオレットの城下町は問題ないんですが……どこに伸びているかも分からない街道から来る人々たちが少し……問題の原因になっている感じです」


 世界の存続か。大義があってもあまり気持ちの良い話では無いな。


「そうか。であれば──ヴィオレッタの“目的”を知れば嘔吐するやもしれんな」

「……なんだって?」


 あいにく、人前で吐くような痴態を晒す趣味は無いぞ。


「ふん……。ヴィオレッタ姫様……彼女の目的は──」


 次に桔梗の口から発せられた言葉。そのワードによって、場の空気が固まる。固着した空気の中で……淡々と、その言葉が響く。


「この世界と“現実”を、融合させることだ」

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