16.再出発
暗闇の中を進む。俺の目の前にあるのは、小さな少女の背中。ライトを持つ彼女の後ろ姿を……なんとか俺は追いかけていた。
ダンジョン。俺の人生には……まったく縁もゆかりもないものだとばかり思っていた。だがまさか……一度ならず二度までもダンジョンに潜ることになるとは、一週間前の俺に言っても信じまい。 まぁ……まったくもって楽観視できるような状況でも無いのが現実なのだが。
てっきりダンジョンの中には罠だのなんだのが仕掛けられているとばかり思っていたし、ヤマネコもそう考えて色々な道具を準備していたようだが……何ら障害もなく、俺達は進んでいる。
「……変じゃないか?」
暗闇の中に俺の声が反響する。
「はい……。わたしがヴィオレッタだとしたら、このダンジョンに大量にトラップを仕掛けますね」
さりげなく物騒なことを言ってくれるな。まぁ俺も全く同じ意見だが。あの後ヴィオレッタの身に何かあったのか……あるいは別の思惑があるのか。
しかし……ヴィオレッタが玉座の間で俺達へ向けてきた“殺意”は本物だった。それこそ、全身が身震いしてしまいそうなほどに。
「私たちを招き入れているのかもしれませんね。けれど……」
「あぁ」
分かってる。ここまで来たらもう進むしか無い。どっちにしても、ヴィオレッタとも会うことにはなるだろうし、俺としても彼女と一度話をしてみたい。この世界が……どういうものかについて、だ。
やがて、何事も無く俺達の視界に光が差す。出口だ。冷たい風と太陽の光が、俺とヤマネコの頬を撫でた。
「……よっと」
俺達はようやくダンジョンを抜けた。最後までこれといった障害はなく……正直拍子抜けな部分が強い。
相変わらず、ここから見える景色は壮観だな。とても現実世界じゃお目にかかれないような幻想的な景色だ。
「……“作り物”だなんて、言われなきゃ分からないぐらいだ」
「だからこそ、です。ヴィオレッタさんも……ミーシャさんも……“それ”を知っているかのような素振りでした。“箱庭の住人”であるにも関わらず、です」
本人に聞いてみるしかないだろうな。素直に答えてくれる性格ではないだろうが。
……と。そんなことを言いながら街道の前にまで来た俺は……以前の出来事を思い出す。
相変わらずといってはなんだが……俺達の服装は目立ちすぎるだろう。異なる文化圏の装束ともなればなおさらだ。
なにか策はないか──いっそメルクリウスまで走って服を買うか──足りない頭を巡らせている俺に、ヤマネコは小さな“ボール”を差し出してきた。
その球体状の物体には小さな穴が空いており……そこにストラップのようにカラビナが付けられている。ヤマネコは、腰のベルトにそれを着けて見せた。
「……説明はないのか?」
「ひとことで言えば……カモフラージュ用の装置です。機関は工作任務も行うので……その際の変装用のものなんですが……」
変装ね。なるほど、いよいよスパイ映画じみてきたな。“機関”という組織名もそれらしい──と。
「ちょ……ヤマネコ」
俺よりも少し小さな背丈の少女は、おもむろに街道へと駆り出していく。こちらへ手で静止するような姿勢をとりつつ……彼女は衆目の下へ自らの身体を差し出す。
「……」
一体どうなるのか──ヤマネコの大胆な行動に驚きつつもその様子を見守っていたが……以前のように騒ぎになるような事は無かった。
俺から見た彼女の姿は全身真っ黒のスーツ姿だが……“この世界”の住人達にはそう見えていないようだ。
ヤマネコの手招きを合図に、俺も腰のベルトにカラビナを取り付ける。サイズにしてキーホルダーレベルの小さなものなので……着けていて特に違和感はない。
強いて言うなら……今のシャツにズボンにネクタイに合わせるには微妙なデザインだということだけだ。まぁ、別にいいんだが。
少女の後を追うようにして街道に出る。前と同じように商人やら旅人やらで凄い列だ。だが──ヴァイオレット領から外へ行く人々は……どうなるのだろうか? そんな疑問が脳内に浮かぶ。
ヴィオレッタが言うには、ヴァイオレット領の外側には何も無いという。であれば……彼らは何なのだろう?
「……ゲームで言うNPC、かもしれませんね」「NPC?」
小声で言うヤマネコに、俺も小声で返す。
「はい。ヴィオレッタやミーシャさん、そして……あとはレオンさんぐらいですか。いわば“物語”の中で……自立的な思考を持つキャラクター以外の存在……」
“舞台装置”。そう言い換えることも出来るだろうな。
俺とヤマネコは街道を歩きながら話す。そういえば……こうして彼女と話すのは初めてな気がするな。なんだかんだいつも時間が無かったし。
「はい。なにせ……わたしも以前は、機関の特命を受けていましたから。ダンジョン内の“死体”を……誰が送り込んでいるのかについて」
「……そういえば……そんなことを言ってたな」
可能性が一番高いのはヴィオレッタだろう。けれども……彼女に民衆を殺す理由があるのだろうか?
「──あるとも」
──瞬間。ヤマネコは腰のホルスターから銃を抜き出し、“聞き覚え”のある声がした方へそれを向ける。
俺も……邪魔にならないよう、ヤマネコの後ろへと後ずさりした。
「……ずいぶんと手荒いな」
「その言葉、そっくりそのままお返しするぞ。こちとら、そちらのお姫様に“手厚く”歓迎してもらったんでな」
「……そうか」
──と。桔梗はおもむろに……その場に膝をついて見せた。その光景に、周りの人々も困惑している。結局、以前と同じように注目を集める状況になってしまった。
「非礼は詫びる。すまなかった。“向こう側”の客人方よ」
「……どういう魂胆だ?」
彼女……桔梗は王女に近しい宰相だ。そんな彼女が、何の考えも無く、俺達へ接触してくるわけがない。
しかし。彼女の答えは……更に俺の予想を上回るものだった。
「力を──貸してはくれないだろうか。ヴィオレッタ姫の……“計画”を、止めるために」




