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15.覚悟

「……」


 何となく、分かってはいた。あの世界が俺の作った“ゲーム”を元にしているのなら……そこに現れる人物も、同じくそうなんじゃないかと。

 昔の俺もやってくれたものだ。あの時は考えもしなかったがな。ただただ書き連ねただけの設定が……まさかこんな自体を引き起こすとは。


「……はぁ」


 息を吸ってけだるげに吐いてみせる。何気ない動作もついに板に付いてきたようだ。結局のところ──あの世界で起きている全ての事象が“俺の所為”であるなら。


 そう考えると胃がキリキリと痛んでくる。ミーシャは確かに生きていた。彼女はデータの塊なんかじゃない。だからこそ──余計に俺は責を感じる。

 異なる世界に生きる人々の運命を定め……あまつさえ、ヴィオレッタには人を殺める道筋さえ示してしまった。


 もう……関係ない、と逃げることはできない。俺はもう、過去から目を背けることができなくなってしまった。


 夕焼けに染まる橙色の自分の部屋を見ながら……俺は思い起こす。


 あの“世界”に触れたくなかった……自分の心を。


 ノスタルジー、とでも言えばいいのだろうか。“あの頃は良かった”──と表現した方が分かりやすいかもしれない。

 “ゲーム”を作っていた頃は、親も一緒に暮らしていた。おまけに、大層なモノを作ろうとするエネルギーと時間もあった。無限に沸いてくるように思えるアイデアも。


 だが──高等学校に進学し、俺にも“現実”というものが嫌でも見えてくるようになる。進路に就職、人生だのなんだの……そういった物事が、“あの頃”をいっそう輝かせる。


 俺にとって──あの“世界”はモラトリアムの象徴だった。それは今となっても変わらない。


 “あの頃”の情景は、俺にとって甘美な毒だった。離れようとしても離れられない。忘れようとしても忘れられない。

 俺は……逃げ続けていた。モラトリアムと向き合うことに。いずれ終わるこの時間を……少しでも、長引かせるために。


「……分かってるさ、俺。いつまでも逃げるわけにもいかない。そんなことは、分かってる。分かってるんだ」


 何度も自分に言い聞かせる。脳裏に浮かぶは……ミーシャの顔。

 俺は思考する。今まで使ったことがないほどに脳を用いて考える。


 あの世界を“産んだ”者としての──責任の取り方を。



「もう、大丈夫……なんですか?」


 数日後。体調が回復した俺は、あらかじめ渡されていたヤマネコの番号へ連絡をとった。

 すると、なぜか彼女は電話口で話すのではなく……わざわざ俺の家まですっ飛んできた。なんでだよ。


「だって、心配してましたから」

「……率直に言うんだな」

「本当のことですしね。九重(ここのえ)さんのことですから……」


 ヤマネコなりの心配の仕方、ということか。それなら素直に受け取らせてもらおう。流石の俺も、他人から向けられる憂慮の念を無視するほど、薄情では無いわけだ。


「──コンピュータウイルス。それが……あの世界を産んだ原因だと、私たち……いえ、機関は考えています」

「ウイルスだって?」


 ウイルスっていうと……あれか。マルウェアだとかアドウェアだとかいう。コンピュータに遠隔操作でロックが掛けられて、身代金が要求されるとかなんとか。


「そこまでではないです。というのも……その“ウイルス”自体はコンピュータに影響を及ぼすことはありませんから。おそらくそれは──ゼロとイチの世界に命を与えるものだと考えています」

「“命”、ね」


 もし、あの“世界”がプログラムによって動いていると想定するのであれば、確かにヴィオレッタやミーシャに命を与えた要因があるはずだ。

 そして“機関”はそれが“ウイルス”であると考えている……そういうことか?


「まさしく、です。というより……この“超常的な現象”に現実の尺度を当てはめようとするなら……そう結論づけるしかないんです。ある意味で──向こう側は“ファンタジー”そのもの」

「それが“こちら側”へ浸食してくると……その影響は計り知れない、か」


 なんだか話のスケールが大きくなってきたな。いや……実際に話のスケールが大きいことそのものは間違っていないのだが。


「……“機関”の中には……異世界そのものを消し去るべきだと主張する過激派も居ます。けれど……わたしは、それが正しいとは思いません」

「……ヤマネコ」


 今までに無い真っ直ぐな視線で訴える少女。相変わらず子供のような背丈だが、その背に負っているものは……俺にも計り知れないものがあるのだろう。


「ミーシャさんと話して……わたしは、向こう側の人々が“データ”であるとはとても思えませんでした。少なくとも……あの人達を消し去る権利なんて、わたし達には無い……と思います」


 なるほどね。確かに機関は……“人道的”だ。かくいう俺もヤマネコと同意見であり……その主張に異議を唱えるわけもなく。


「……行こう、ミーシャの所へ。きっと……ヴァイオレット城へ行けば会えるはずだ」

「……なぜ、分かるんですか? それに……会ってどうするつもりなんです?」


 俺は……深呼吸をした。真っ暗な瞼の裏には、今までの情景がフィルムのようになって浮かんでくる。

 ミーシャやヴィオレッタだけではない。あの世界すべて……風に揺れる草木までも──。


「──産み出した責任から生じる“勘”ってやつだ。ミーシャと会って話す。あいつが何を考えているのか……何を思って、俺達を案内していたのか……その全てを知って、全部受け止める」

「……なかなか、ですね」

「これが俺なりに考えた“責任の取り方”ってやつだ。あいにく……こんな方法しか思いつかなかったがな」


 そう言う俺に、ヤマネコはいつにない笑顔を見せる。なんだか……久しぶりに彼女のはにかむ表情を見た気がするな。


「じゃあ、行きましょう。わたしも、全力であなたをサポートします。あなたが──」


 ヤマネコは席を立つ。曇り無き表情で、窓から見える“ダンジョンの入り口”を見据えながら──。


「あなたが──ミーシャさんと、もういちど会えるように」

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