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13.帰還

「……」


 網膜が焼けそうなほどに眩しい光が俺の視界を占領した。その光によって半ば強制的に目覚めさせられた脳みそが……今の状況を理解しようとフル回転している。


 まず、俺が居るのは自分の部屋だ。いつも通りのベッドに、いつも通りの机。棚にはいろいろな本が並べられている。いたって普通の──俺の部屋がそこにはあった。


「……くそっ」


 現実への帰還。ずっと心の奥底で待ち望んでいた瞬間を迎えた俺の心は──かつての予想と反して……どこか煮え切らない思いを抱いていたのだ。脳裏に浮かぶのは……こちらを見る、険しいエルフの顔。


 ふらふらと、脱水状態のようになりながらも……俺は何とかベッドを離れる。ふと鏡を見ると……俺の左の頬に一文字に描かれた傷がある。そしてそれは──今まで俺が体験した“異世界”のすべてが、夢や嘘ではなくリアルなものであったことを証明する傷だ。

 皮肉にも……ミーシャにつけられた傷が、俺の体験を裏付けていた。


「──おはようございます、詩朗(しろう)さん」

「……ヤマネコ」


 ひとりで物思いにふける俺は、部屋に入ってきたヤマネコ……背丈の小さな彼女の姿に少し遅れて気がついた。

 ヤマネコは……いつになく神妙な面持ちをしながら……俺に告げる。


「行きましょう。ウルフ室長が……お話をしたいそうです」



「どこまでが、本当なんですか」


 俺は、自分の中にある率直な疑問をぶつけた。目の前に居る男……全身スーツに身を包む、英国紳士のような装いをした“ウルフ”。


「全て、ですよ。彼女……ヴィオレッタの話も、あなたが体験したことも、その全てがね」

「……」


 ヴィオレッタ。彼女が言うには……あの世界の創造主は俺であり……過去に作成していたゲームの世界そのままだという。

 俺は……もっと疑問を抱くべきだったのだろう。最初にミーシャに出会ったとき……双方ともに互いの言葉を正しく理解していることに。異なる異世界にも関わらず、まったく現実と同じ言語を用いていることに。


「彼女たちの世界がどのようにして作られたのか……そこまで我々は特定できていません。しかし──あなたがその原因となっている。そこまでは分かっていました」

「……ここに来たのは必然だと?」

「そうとも言えますが……だからといって無闇に一般人に接触するほど“機関”も節操がないわけではないですから。今の状況が“イレギュラー”であることは本当です」


 ……“室長”と呼ばれるウルフは、いつもの飄々とした態度では無く、真剣な眼差しでそう告げた。その鋭い視線に囚われると……心なしか背筋が伸びる。冷や汗が出そうだ。


「あの世界は確かに、何らかの“プログラム”で動いている。それは確かです。だからこそ──あなた方を救うことができた」


 プログラム。あの場にこの人が現れたのも、その後に脱出するために現れた“虚空”もその仕業ってわけか。言ってしまえば……世界そのものを書き換えたことになるのか?


「えぇ。ですが──それは我々……現実世界の人間だけが使える技術というわけではない。あの世界──ヴァイオレット王国においても“プログラム”の改変は行われている」


 ……だが。俺が見てきた異世界には、少なくとも“作られた”印象は無かった。それに、“プログラム”なんていう現実めいた要素があのファンタジー世界にあったとは思えない。


「えぇ。だからこそ、あの世界で“プログラムの改変”を発見した人物は、世界そのものを書き換えることで……あたかもその“力”が元から存在していたかのようにした」

「……そんな力……って……」


 あるわけがない。そう続くはずの言葉は、脳裏に浮かんだある光景のせいで詰まる。


「……エーテル……ですか」

「さすが、察しの悪い詩朗(しろう)さんにも分かるようですねぇ」


 ミーシャから聞いたエーテルという物質。超常的な力。人知を超えた力。その力を垣間見たのは……メルクリウスの宿屋、ダンデライオンの扉だ。 まるで魔法のような技術ではあったが……しかし、確かにどこか“不自然”な印象を受ける。


 いや──“技術”という括りで考えるのならば、あの世界そのものが“不自然”とも言えるだろう。ひとえに──ヴァイオレット王国やメルクリウスの発展具合が異常だからだ。


 建物の造り自体はやたら古風だが、技術は現実と同じレベル。それも……エーテルという“超常的な力”を用いたと考えるならつじつまが合う。


「プログラムの改変を行い……彼らが発展した。面白い推察です。ですがまだ、そこまで断定できる証拠が無い。我々“機関”にも」

「……“機関”はそもそも……どうやって向こう側の世界を知ったんだ? ……俺が作った世界、ということも」


 俺がそう言うと、ウルフはリビングの入り口の前に立っていたヤマネコを手招きして呼び寄せた。 ヤマネコは、ぴょこぴょこと小さな身体を動かしながら、俺とウルフの座る机へやってくる。


「お呼びでしょうか、室長」

「ここからは任せるよ。こちらよりも……君の方が話しやすいだろう。それに、“機関”としてもやる事が増えたのでね」


 いつかの光景。ダンジョンから出発したあの日のように……俺とヤマネコを残してウルフが部屋を出て行く。

 スーツ姿の男が軽く礼をする姿を見ながら……俺は向かいの空席を見る。


 そうだ。“いつかの光景”とは違う。決定的に違うんだ。驚きだね。自分でも……ミーシャの姿が無いことにこれだけ驚いているとは。


「まず……どこからお話ししましょうか」

「……そうだな」


 知りたいことは山ほどあるが……まずは一つずつ疑問を解消していきたいところだ。少なくとも……時間はあるし、俺も状況を理解しておきたい。

「では……“機関”が異世界と接触しようとした理由をお話ししましょう」


 ヤマネコは俺の隣の椅子に腰掛けた。その顔は上を見上げていて……何かの様子を思い起こそうとしているように見受けられる。


「あの日──私たち“機関”が初めてダンジョンを調査した日のことです」


 ヤマネコは言う。いつもと違う、虚ろな目で。


「ダンジョンの中。そこにあったのは──」


「大量の、人々の亡骸でした」

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